ゆるしと手紙

綾上すみ

第1話

 先生へ


 手紙の書き方なんてぜんぜんわからないし文章もぐちゃぐちゃになってしまうかもしれない。でも先生。おれはこれ、先生に知ってほしい。今までどれだけ、おれがばかなことをしたのか、それについていま思ってることを書いてみたくなったんだよ。おれ、字もきたないし漢字もよく知らないから、読みづらいものになっちゃうかもしれないけど、さい後まで読んでくれたらうれしい。おれらしくないことなんて、自分でよくわかってる。でもさ、先生はおれにとって恩人なんだよ。照れくさいな、こんな言葉を使うのって。


 神さまが、おれには何も与えてくれなかったからぬすんだ。ぜいたくぐらしで有名なばあさんをナイフでおどして、前もってしらべておいたたんすから札の入ったふうとうを取った。悪いことをしたなんてぜんぜん思ってなかった。おれは、なんというか、神さまが平等にしそこねた現実を、自分でぬりかえることは正義だと思ってた。


 じぶんの金は、全部ぬすみであつめてた。うちはびんぼうだ。家族のことをあまり考えたくなかった。父親の顔を見たことはないし、母親もおれにかまわず、風ぞくで夜かせいだ金をほとんどパチンコにつぎこんた。おれはめぐまれない子だ。だから犯ざいを犯すことも許される、と本気で思ってた。ぜいたくなばあさんをおそうのも、悪いことだと思ってなかった。


 おれが家をに後にしようとしたその時、たまたまおばあさんの息子が家に入ってきた。深夜だったし油だんしていた。おれはその息子にはい後からナイフをうばわれたとき、ていこうはしなかった。かんねんしたなんて、そんなり口な気持ちからじゃない。これで、おれも保ごされて、安定したくらしができるんだな、と思ってた。


 金がなかったんだ。おれはそのとき、同い年の彼女を妊しんさせちまってて。おれは彼女に、子どもをおろす手術をうけさせることにした。彼女は泣いていやがったけど、金がないから幸せにできないのはわかりきってた。めぐまれない子どもに育てたくなかった。


 手術代のためにあるていど大きな金がいるようになったし、ちょうど金がなくなってきていたところだったから、おれはばあさんの家に入った。


 おれは、生きるためにぬすんだ。当時中学生のおれにははたらき口なんてなかった。いや、必死でたのみこめば、はたらくことはできたかもしれないけど、その前にぬすみをおぼえてしまった。


 たいほされて取りしらべをうけてる間、おれは反せいの意志を見せつづけた。強とうだから、しょ分をうけないことはないとはじめから分かってた。おれはできるだけおれはあたまを低くしてあやまった。思ってもないことを言いつづけた。それもこれも、少年院に送られて安定したくらしをするため、ただそれだけだった。そこに行くまでの、留ち所やかん別所のくらしもつらくはなかった。それよりもっと苦しい生活をしていたし、少年院での生活にあこがれてたからだ。おれの仲間に、少年院あがりのやつがいた。俺よりふたつ年上だから、今は十八だ。そいつが、あそこのくらしは、ここにくらべちゃ天国だぞ、と教えてくれたんだ。そいつはおれがこれを書いてるちょっと前ぐらいに人を殺して、今度は起そされた。


 たしかおれが少年院に入った次の年に先生はやってきたんだっておぼえてる。それまでの生活について、先生には言ってなかったよな。


 少年院に入ったのは十五才の春だった。おれはその年の冬までの収ようがきまって、学科の勉強をすることになった。まともに中学に通ってなかったから、勉強なんてできなかった。やる必要性もわからなかった。どうやったら金と、安定したくらしが手に入るかしか考えてなかった。収ようの期間をのばすために、おれは思いつく悪いことをいくらでもやった。教室のまどを割ったり、となりの十六才以上用のりょうの女の子と、教官の目をぬすんでエッチをしたり。それらを全部、自分がやったとわかるようにやった。そして叱られるとき、取りしらべのときとは打ってかわって、反せいのたいどを示さなかった。三か月するうちには、俺の収よう期間がのびることはかく定した。後で先生に教えてもらったけど、○○少年院ではい例のことだったらしいな。結局そのあとも収よう期間はのびつづけて、おれはけっきょくその来年の冬に出院したんだよな。ああ、おれはこのときの自分を、クズだったと思ってるよ。もちろん。


 おれはまわりからこ立していた。まわりのやつらは、だんだんと更生してきていたし、かい級もちょっとずつあがって、かく実に院を出る道を歩いていた。おれはひとりだったけど、そんなことは気にしなかったし、なによりここで食える一日三回の食事がさい高だった。むしろいごこちはよかったんだ。一年間、その気分にひたったまま過ごした。体重が、五キロもふえた。




 つぎの年になっても教官たちからのひょうばんは、すごく悪かった。おれに対するおそれを示す教官も、中にはいた。特に女の教官はそうだった。法む教官の仕事につく人は、ほとんどが大卒だって、聞いたことがあった。ゆたかな生活をしてきた教官たちは、みんなてきだと思ってた。


 先生はそんなおれにも、やさしく笑いかけてくれた。大学を出て一年目の先生をおれはなめてた。おれがどれだけつっぱねて、つくえをけったりしても、いつも笑っていた。どうせ、新人がはりきってるだけだろうと思ってた。しびれをきらしておれは先生に言ったよな。


「なんでおれにやさしくすんの。おれ、ここを出る気、ないよ」


 って。そしたら、先生はまず、


「やっと話、してくれたね。ありがとう」


 そう言って笑ったな。その後、


「きみが、私のことをやさしいと思ってるからだよ。私はきみに、やさしくしているつもりはないよ」


 おれは、ま顔でそういう先生が、なんだかおかしく思えて笑ってしまった。おもしろい人だな、と思った。


 それから先生の持つじゅぎょうは、まじめに受けるようになった。これまできらいだった勉強が、とても楽しく思えた。けど、それをおれはだれとも共有できなかった。友だちがいなかった。


 それで、じゅぎょうが終わったあとに先生におれは言ったんだ。


「おれ、なんか勉強楽しくなってきた。先生のおかげかもしれない」

「私、うれしい。それは私のおかげなんかじゃなくて、きみが自分で見つけた楽しみだよ。その気持ち、大切にしてあげてね」


 先生らしいなと思った。おれはそのとき、更生してもいいかな、という気持ちになった。てれくさくて、そのときは言えなかったけどな。


 それから一か月後、見ちがえるようだ、って主任の教官に言われた。おれはたいどを改めるよう努力したし、そうじとかもそっ先してやった。そうしてじゅぎょうが終わってから、消灯まで、自分で勉強したりもした。そうして分からないところが出てきたりすると、先生の他の教官にもしつ問した。すごく喜んでくれた。


 人間、何かにむ中になっていると、時間がたつのなんてあっという間なんだな。すぐに時間はすぎて、気づけば出院は二か月後。おれが出院じゅんび生として、別のりょうに入れられるようになる前の日、先生はおれを呼び出したよな。おれは、なんか悪いことしたかな、と不安だった。


 先生は、誰もいない教室に一人ですわっていた。おれが教室に入るなり、


「あ、来てくれたんだ! よかった。私のわがままで呼んじゃってごめんね?」


 だなんていうもんだから、おれはちょっと笑ってしまった。


「さて、私がきみを呼んだのは、がんばったね、ということを言いたかったからです。それと、ちょっとしたお礼かな。きみは、本当にがんばったと思う。きみは自分の可能性に、これまでふたをしていたんだよ。それは、すぐにわかっちゃった。ちょっとはきみにかんする資料も参考にしたけど、きみはほんとうは、やさしい子なんだって、わかった。そのことに、自分で気づけたね」


 おれは、うなずいた。まさに思っていたことだからだ。


「つみを犯すことは決してゆるされない。もうこんなこと、きみに言う必要はないと思うけどね。――だから、きみはきみなりに、正しいやり方で人にやさしさを向けてあげてください。やさしいって、ゆるすってことだよ。気づくってことだよ」


 心の中に、そのときの言葉を今もきざみ付けてる。


「そしてこれは、お礼。私も新人で不安だったけど、立派に更生してくれてありがとう。私、安心したよ」


 これまでとちがって、少し照れくさそうに先生は笑ったな。その時ほんのちょっとだけ、かわいいとおもってしまった。ゆるしてください。


 ちょっと話がそれたな。


 おれを神さまは見放したんだって、ずっと思ってた。


 だから、おれは神さまのやりそこねたことをやろうと思ってた。平等のために、ぬすみをしてもいいと思ってた。


 それはちがうって、先生は教えてくれた。


 神さまは、おれのそばにいるんだなって。おれが、目をそむけていただけなんだなって。そう思わせてくれてありがとう。


そして、早くつみをつぐなおうとしなかったこと、後かいしてる。おれは本来、先生に会う予定じゃなかった。会えてうれしいとは思うけれど、おれたちは会わないほうがよかったんだよな。


 おれは、先生みたいな人になりたいよ。おれをてきとうに育てた母さんに、かんしゃはまだできない。だから、先生を母さんだと思って、大切な人だと思って、まずは社会にこうけんしたいと思う。いまは工場で、しっかりはたらいてます。もう少し自分で勉強をした後(特に漢字が苦手なんだよな)高校にも通いたいな。


 きたない字でごめんなさい。先生から、手紙をくれるとうれしいです。では。

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