第2話


 角ばった車に揺られ、無事に私はこの黒光りする傲慢な施設へと着くことができた。

 入口に立つと、私は据え置きの「保安形状・指紋照合装置」に手を初々しく押し付け、レーザーが擬似的に私の体を細切れにし、数秒でそれに満足したように大扉が裂けた。

 この冗長な名前をした装置とレーザーこそ、この国が人力で、幾度とない闘争経験から学習した結果であった。国の官吏と無限に排出される「書類記録」、それらが作り出した仮想敵といつまでも戦い続ける、そんな時代が事実として残っている。我々の仮想敵の一つであった国、ヒルリック、もとい旧ヴィーゲの反乱分子が起こした連続的な核弾頭投下により、紙面に上書きされていく偽りは全て滅却され、焼け野原と放射能という紛れもない真実のみが残った。少数の大国はジグソーパズルのように分割され、3つ数える間もなく、果てしない情報化競争が繰り広げられた。そこからはぐれた鈍重な国々はみるみるうちに差をつけられ、そこに住む人々は宗教に活路を見出した。が、同時にそれは内戦への橋頭保となり得、事実なった。二度目の闘争は今も止め処なく続いていて、私たちのような大国の小市民は、それらに首を突っ込み、誘発して発現する利潤をかっさらうのが暗黙の目標として定められていた。その点、この認証装置は大衆が大衆として守られていることへの安心材料としても働いているのかもしれない。が、今までの負の歴史を鑑みてみれば、この装置たちの大きな欠陥、つまり官僚の目的に民衆が気づくのは、まだずっと遠く先の話であるだろうと思う。

 私は顔面に装着した品々を外し、辺りに目を配る。

 内部は黒と灰色がふんだんに用いられた、冷たい金属を余すことなく使った、目も当てられないようなデザインであった。正面の階段を上った先に鎮座する、見るからに貧弱そうな受付を無視し、鉄製の彫像を目印にエレベータの眼前へと立つと、再び例の台に手を置く。またも無数の線が私の体を微塵切りにした。重苦しい灰色の扉が開き、威圧的に巨大な文字盤の数列を押していく。私を誘う小さな箱の床には、古ぼけた赤い布が四隅を隠し切れずに敷かれていたが、その理由は実のところ不明である。

 チン、と小馬鹿にしたふうのチャイムが鳴り、扉が横に動いた。見上げると、エレベータの上部に据え付けられた濃紺のパネルは「十四階」を示していた。エレベータから踏み出、左を向くと、何やらを被り顔の見えない保安隊員が廊下の左右に微動だにせず林立していて、滑稽というほかなかった。三度目の細切れレーザーと手形取りを味わった後、私は懐からIDカードを取り出し、おもむろに自らの額へと掲げた。

 ここに見える負の産物は、私の生前から世界を支配していたようだ。この薄っぺらな板の奥に、自分の行きつけのバーから遺伝情報まで、ありとあらゆるプライベートが記憶されていると信じて疑わない者が、今も昔にも一定数存在していたからだ。それは星を渡ろうが変わることはないだろう。それらの情報が規則正しく統制・管理されているという妄想に取り憑かれていて、手の付けようがない。裏付けとして、ここ数年のAI産業はまるっきり進歩が見えない。現在、情報を保管し動かしているのは紛う事なき人間だ。彼らが正しく情報を操作できているのであれば、私のような技術者が存在するはずがないのである。

 扉の上方向に目を向けると、深い紅色のバナーに「030」との数字が静的に浮かんでいた。私はこの曰くを知ろうとしなかったし、知る由もなかった。

 扉が開くと、胸に風穴が開いているような錯覚を覚える、私には不明な芸術性を持った閑散すぎる部屋に出た。おあつらえ向きの円卓が中央に置かれ、取り囲む椅子に9割の男性とその他少数が座っていた。見知った顔が多いように感じるが、私は同時にそれを嫌悪した。

「遅かったじゃないか」見知った顔の一人、トマス・ウィンが真っ先に口を開いた。この男が招集されていることからして、禄でもない、代わり映えしない任務を押し付けられることは明らかだった。

 私はトマスの横に腰掛け、円卓を見回した。<子蛙>、<血小板>、<枝>…あれ、あのオールバックは誰だったかな?思い出す気力は、とうに失われていた。

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川岸にて サム @pakankisam

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