川岸にて

サム

第1話

 脳天を叩く雨は一向に止む気配を見せず、私はむしろ軽快とすら言える大きな振動に揺られながら、巨大な石柱の隙を縫うようにして進み続けていた。ふと下を見やると、その揺れはファンタジーを体現したような巨体を持つ赤色の象のものであることがはっきりとした。

 私は石柱の陰に当てられいまにもその場から逃げ去りたいとしていたが、依然象は大地を闊歩していて、この私ではその毅然とした歩みを止めることはできないと察した。

 こうして私が唐突かつ不安定な余暇を費やしていると、前方から何かに追われるように直進する白煙が迫り来た。その煙は焦るように乾いた大地と無数の石柱を呑みこんでいったが、私は恐怖などまるで感じなかった。 私と、私を乗せた一時の友はその煙にすべてを委ねるようにして突き進んでいった…



「…」

 かろうじて、という表現は正確でない。私の意志に従わず開いた瞼は、見飽きた灰色のユニットバスに溶け込んだ、灰色の靄を二つ認識した。またも私の意志に反してその靄たちが鮮明になっていくにつれ、おそらく重要であろうことに気づくことができた。それも二つ。

 一つは、私が裸であるということ。二つは、私の頭頂部が何か冷たいものを弾いているということ。言うのが憚られるほど直接的に形容すれば、それはシャワーからの冷水であった。銀色の奇妙な形状をした花の先の円にぽっかりと開いた、間抜けでありながら能動的な無数の口から吐き出される、到底恵みとも言えないような水に打ち付けられた私の頭が、哀れでならなかった。

「お目覚めですか?」

 靄はもうはっきりとしていて、私の目前にいる男たちが保安隊の者であることに疑いの余地はなかった。

「お陰様で」私は言った。「使い走りか?」

「そんなところです」と、何故か不機嫌そうに左の、不躾に目を開ききった隊員がつぶやいた。「至急本部まで来ていただきたく…」

 そのためだけに私の身包みを賊のように剥ぎ取り、浴槽に放り込んだのち冷水を浴びせる必要はあるのか、と問いたいところであったが、相手の立場を尊重したうえで、おぞましいほど丁重にその質問は引っ込んでいった。



 私が穏やかに体の水と汗を拭きとっていると、哀れな保安隊の二人は神妙な顔で私を見つめていた。

「どんな任務だ?」との一言を聞きたいのか知らないが、私としては一刻も早く退出してくれ、と願うばかりだった。無論のこと、彼らの制服と紋章は少なからず私の気に障るし、大の男に似つかわしくも無い妖しい視線を送られることに耐えがたかったからである。

「いつまで私の神聖なリビングに居座るつもりだ?」私の口は素直になれない。「すぐにでも出て行ってくれ」

「まだ説明が終っておりませんので…」もごもごと糸目の者が言った。「それに、また横になられては困ります」

 後者は全くもって正当、至極当たり前の理由と感じられたが、前者には反駁せざるを得なかった。

「君たちが説明したら、お偉方の役目と被るじゃないか」

 私が言い放つと、彼らは黙り込み、互いを見つめあい、私を見つめ、もう一度互いを見つめあった。

 私が土気色のリビングに上がると、昨日のデリバリー・ピザの食べかけを発見した。私は信じがたい勢いでそれを口に放り込み、ありとあらゆる味覚を総動員して食を楽しんだ。隊員の視線を避けつつ窓に向かう。相も変わらず、黒い霧の中、か弱い光がぽつ、ぽつと行き場を失くしたように佇んでいた。私は目を閉じ、その光を瞳の奥に刻み込んだ。

 愉快なまでに脂ぎったピザがようやく喉を通過したとき、私の体は静かに、それでいて外向的に醒めていた。

 アルミニウム製のポールハンガーからゴーグルと防塵マスクをもぎ取ると、それらをアルミニウム製の机上に放り投げる。アルミニウム製のクロゼットに向かったところで、急降下するような睡魔に襲われた。意識が飛びそうになるが、私の視界の中に構える二人の男の顔が横切り、焦りつつ立ち上がる。奴らに二度介抱されるなど、こちらから願い下げである。私は窓を開け、充満した黒い霧を至って厳格に吸入する。目が無数の刃を突き立てられたように泣き叫び、喉に焼けるような痛みが迸り、胸が熱を感じ取りながら悶える。再び私は目醒め、窓を閉じ、クロゼットの扉を勢いよく開いた。服を数点ひったくると、下着姿の私は数秒で着替えることに成功した。

「送迎車付きです。行きましょうか」気づくと灰色の男二名が目と鼻の先に立ち並んでいて、不愉快この上なかった。

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