夏味センテンス

四季 雅

君と僕だけがいる世界

「影村裕太!ちゃんと勉強してんのか?お前だけ明後日再テストだぞ」

「はい……」

 夏休み中の高校。自分含めて数名だけの教室。今は補講中だ。

 今日は確認テストの日なのだが見事に赤点を取ってしまいこっぴどく先生に叱られた。






「裕太、この後カラオケいかね?」

「悪い。用事あるからパス」

 補講が終わると一緒に受けていた友人が遊びに誘ってきたが僕はそれを断った。

「夏休みに入った途端に付き合い悪くないか?昨日も用事あるとか言いながら1人で遊園地行ってたじゃん」

「あれは光峰が―」

 僕がつい出してしまったその名前に友人は訝しげな顔をした。



「は?光峰って……1ヶ月前に事故で死んだ光峰夏海のことか?」


 友人の視線は僕の隣席に移る。花瓶が置かれた、今は亡き僕の幼馴染だった少女の席へ。

「とにかく用事あるから」

「おいっ!」

 僕は逃げ出すように教室を出た。








「ただいま」

 学生寮の自分の部屋に帰る。誰もいないはずのその部屋で

「おかえり」

 鈴の音のような声が返る。目の前には原稿用紙を持った少女。

「裕太、読んで」

「……」

 僕は用紙を受け取り適当な所に寝転がって内容に目を通す。少女はそれを確認すると新たな用紙を手に取りペンを走らせる。

 少女の名は光峰夏海。決して監禁しているわけではなく、正確に言うと『光峰の霊』で夏休みになってから僕に取り憑いているのだ。

 自分に霊感があったこともだが僕に取り憑くのも驚きだった。僕に対して何か未練があるということなのか。


 生前の光峰は中学で本を出すほどの天才小説家だった。そのせいかこの光峰の霊はいつも短編を書いては僕に読めと言ってくるのだ。

 一緒に遊んでいた子供の頃も度々彼女が書いた短編を読まされた。

 けど、中学になると急に難しい文章になったせいで僕が断るようになりそれから話さなくもなったんだっけ。……それが彼女の未練かな?





(やっぱり難しいな)

 読む、というより文字の海で溺れかけている。まさにそんな感じである。

 しかし、どんな話かはわかる。今日は幼馴染の少年少女が海に行く話。昨日はこの2人が遊園地で遊ぶ話だった。

「……もしかして光峰、海に行きたい?」

「……」

「この後プールにでも行く?」

「行く」

 幽霊って水に濡れたりしないのかな、とか考えながら僕は文章に目を戻す。

 (ん?そういえば……)

 たとえ文章が難しくなっても昔から変わらないものもあった。



 光峰が書く小説はどれもが幼馴染に恋をした少女が主人公の、甘酸っぱい恋愛小説なのだ。





 どうすれば彼女は成仏してくれるのか。

 いや、きっと……これから彼女が書いていく短編を全て読み終えた時に彼女の未練は無くなるのかもしれない。

 彼女が伝えたかったこと。彼女がしたかったこと。

 不器用な彼女が形にしたそれを全て読んだ時に。


 (光峰とこんなに一緒なのは小学校以来だな)


 夏は長い。ゆっくり読もう。

 昔は苦しかったけど、今は文字の海に溺れるのも悪くない。




 今日も僕は勉強を忘れて海の中の君に会いに行く。

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夏味センテンス 四季 雅 @quatresaisons

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