文化祭の終わり

スパイシー

寂しさと思い出と

「寂しいなぁ」


 教室にある自分の机に腰掛けてそう呟くと、一緒に溜息がこぼれた。

 でも溜息を吐くと寂しさが増す気がして、かき集めるように大きく息を吸い込む。


 文化祭の一般公開終了まで後五分。

 校舎からはゆっくりと喧騒が去り、静かに夕日に照らされ始めている。

 教室を見回せば、人影の一つも見当たらない。橙色に染め上げられた見慣れた机や椅子が並んでいるだけ。


 ついさっきまでこの教室はお客さんでいっぱいだったのに、もぬけの殻となった教室は普段よりも心細く思える。

 やっぱり高校最後の文化祭だからって張り切って、クラスメイト全員の全力を込めたから、寂しさがひとまわりもふたまわりも大きくなったみたい。


「はぁ~」


 吐いた息をかき集められないまま大きく息を吐き出して深呼吸。

 普段とは違ういろんな人の香りがして、また寂しさが一段と強くなった。

 どうやら息を吸っても吐いても結局寂しさは増すらしい。


 私はこの寂しい気持ちが嫌いだ。

 積み上げたものが意味も無く崩れ去っていくみたいで、心が孤独感や虚無感に苛まれる。せめて形に残せればよかったのだけど、私のクラスの出し物は生憎そういう類のものじゃなかった。


「サキー!」


 廊下のほうから、私を呼ぶ声が聞こえた。


「最後のお客さん帰ったってー! もう校庭に行っても良いんだってー!」

「わかったー!」


 親友の間延びした声に、私も間延びした声で返して立ち上がった。一般公開が終わったら、次は後夜祭が待ってる。

 用意を済ませて直ぐに廊下で待つ親友の元へ向かった。


「ねえアサリ。文化祭終わっちゃうね」

「うん? そうだねー」

「寂しくない?」


 階段を下りながら親友に問う。

 正直私は、もう少しだけ感傷に浸っていたかったんだ。だからアサリにもこの気持ちを共感して欲しかった。

 けど――


「うーむ……寂しいかと聞かれたら、まぁ寂しいかな」

「……だよね」

「でもさ、寂しいだけじゃないじゃん」

「え?」

「だって、いっぱい思い出できたからさ。皆で試行錯誤したの面白かったし、お客さんいっぱい来て大成功だったし、何よりすごく楽しかった!」


 私の想像と違った答えが返ってきた。

 でも、不思議と心の中に暖かい何かが生まれた気がする。


「……そっか、私達の心の中に思い出って言う形で残ってたんだ」


 呟くと、さっきまで心に穴を開けてた寂しさが無くなった。私達の今日と言う時間は無駄なんかじゃなかったとわかった。

 いつもは調子のいいことばかり言うアサリだけど、こういうところは尊敬する。


「それに、隣の男子校から来たイケメンの連絡先ゲットしたしね~。うしし」


 アサリはそう言って、階段を一段飛ばしで駆け下りて行く。

 後に続いた言葉でがっかりしたけど元気が出た。私も気をつけながら、アサリに続いて階段を駆け下りる。


「待てー! その連絡先私にも教えろー!」

「ヤダよー! あははは!」


 こうして文化祭が終わり、私の心には今も暖かい思い出が残っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

文化祭の終わり スパイシー @Spicy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ