XX. 騒がしい奴等の青春謳歌



 ◇ ◇ ◇



 ヨウが学校に登校してきたのは、昼休み終わりかけ。

 体育館裏でたむろってたら晴れ晴れとした顔でやって来て、こう仲間内に言ったんだ。「ヤマト達と協定継続、停戦を結んだ」と。

 あらかた提案をしていたし、近々するんだろうなっと分かっていたから告げられても驚きはしない。寧ろ、やっと向こうチームと停戦したのか、と思ってしまう。肩の荷が下りた気がした。

 個々人で思うことはあるだろうけど、俺的には一安心。もうあいつ等とドンチャンしなくて済むのだから。向こうの戦法は俺たちと違ってすこぶる巧みで、すこぶる卑怯。生傷絶えなかった。


 嗚呼、やっと終わったんだ。傷付け合う喧嘩が。

 まあ蛇足として、「またぶつかるかもしれないけどな」ヨウに苦笑いはされたけど、それは今後の俺達次第だろう。


 このことは改めて放課後にメンバーを集めて報告するとヨウは説明し、言葉どおり学校が終わると喧嘩に関わったメンバー全員に声掛けして面子を集めた。

 残念なことに利二はバイトで顔を出せないと辞退しちまったけど、他の面子はちゃーんといつものスーパー近くの倉庫(たむろ場)に顔を出すみたいだ。タコ沢だけは「もう終わりだろうが。俺様が行く意味が分からん」と文句を垂れ、鼻を鳴らしていたけど。

 それどころか俺とヨウに勝負を挑んできたんだけど……おいおい、タコ沢。まーだ雪辱を晴らそうとしてるのかよ。もう忘れようぜ? お互い喧嘩を乗り越えた仲じゃんかよー。

 そりゃタコ沢の名前は俺とヨウのせいだけど(正確には俺のせいだけど)、プリティなネームだと思うよ? これからもタコ沢元気として仲良くしていきまっしょい! そうしまっしょい! ついでに喧嘩はごめんなんだぜ! 今しばらく喧嘩の「け」も見たくねぇやい!



 こうして面子を揃えて、俺達はたむろ場へ。

 その前に俺達は正門でばったりと待ち人に出くわした。私服姿プラス松葉杖をついて俺達を待ち伏せていたのは、謂わずもハジメ。サプライズ登場に俺達はびっくりしちまった。

 だってハジメの奴、まだ暫くは通学できないと聞いていたからさ。祖父母の家で体を療養すると思っていた、そのハジメが待ち伏せ攻撃とか、どんな奇襲だよ。


 「やっ」片手を挙げて挨拶してくるハジメは、覚束ない足取りで俺達に歩み寄って来た。

 来るや否や、「遅いって」待ちくたびれたと盛大に文句を浴びせてくる。


「このまま待ちぼうけして寝るところだったよ。もう少し早く来てくれると、怪我人にとっても嬉しいんだけど?」


 小生意気を言うハジメに俺達は笑声を漏らした。

 相変わらずだよな、ハジメ。口だけは達者、元気も元気だな。会えて嬉しいよ。

 あ、ハジメと弥生の仲なんだけど、お互いに愛の宣戦布告しているからか何なのか、顔を合わせた途端照れ笑い。「はよっ」ハジメの挨拶に、「こんにちはでしょ」弥生があどけなく笑って、二人はラブラブな雰囲気を醸し出した


「あーあーあ、見せつけてくれちゃって。おい、行くぞ。ヘタレハジメと弥生嬢さんのお時間を邪魔しちゃなんねぇよ」


 ヨウがからかい口調で肩を竦め、俺達を誘導。

 「ちょっ?! 初っ端からその扱い?!」素っ頓狂な声を上げるハジメと、照れ笑いを浮かべている弥生を置いて、俺達は一足先にたむろ場へ。

 ヨウは誰よりも微笑ましそうに「ゆっくり来いよ」、去り際にハジメの脇腹を小突いて笑っていた。随分と年上の兄貴顔に見えたのは、うん、あいつにも色々あったからだろう。

 あいつからこっそりと帆奈美さんのことは聞いている。ヨウは悔いのない顔をしていた。気持ちを知っているだけに、舎弟としては寂しいような悲しいような気持ちに駆られたけれど、舎兄が出した答えなんだ。俺がとやかく言う権利はない。

 なにより舎兄が吹っ切れたように笑っていた。それは自棄じゃない。素の顔だ。話し合いで前進したみたいだ。

 だからなのか、ヨウが一回りも二回りも器の大きい奴に見えた。今のヨウならどんな恋人ができても上手くいくだろう。その時は全力で応援したいと思う。 



 さて、たむろ場に着くと既に他の仲間達が集結していた。

 そこでそわそわ、うろうろ、ちょこまかちょこまかとたむろ場を往復している少女を発見。手には数枚の袋。何を持っているのか知らないけど、我が彼女はいつも通り落ち着きがない。ああいう一面を見せる時は大抵何かをしようと行動を起こす前兆だ。

 苦笑いを浮かべていると、ココロが俺達の姿に気付いて全力疾走。立ち止まるや否や、俺達の人数を確認して手に持っている袋を一人ひとりに手渡し始めた。


「ん? これは?」


 受け取ったヨウが袋の中身を確認。

 透明な袋に入っているのは星型のクッキーのようだ。

 「お、お礼です」ココロはモゴモゴと口ごもって手遊び。皆に助けてもらったから、何かお礼をしたかったのだと告げてくる。


「皆さんが一生懸命、私を助けてくださったので。お一人ずつ渡そうって。皆さん、私にとって大事なお友達です」


 はにかむ彼女は、前よりずっと明るさを増した。

 過去を忘れたわけじゃないけど、古渡というトラウマを乗り越えたからだろう。照れ照れに照れながら皆にクッキーを渡していた。全員分ちゃーんと用意するところがココロらしいな。ほんとうに名前の通り心優しいよ。

 「はい」次々に手渡していくココロだったけど、俺の前に立った途端、サッと持っていた袋を両手に隠した。


 ……え? 何それ? いじめ? ちょ……いじめ? 俺も当然貰えるよなという気持ちで待っていたんだけど!


 軽く瞠目する俺に、「あ、あのぉお!」全力でココロがキョドってきた。

 お、俺の心境も「あ、あのぉお!」だよ! クッキーを恵んでくださいな! 悲しいじゃないか、出しかけたこの右手! 手ぇ! 俺、彼氏なのにぃ!


「け、ケイさん! あー……あっ、あのですね!」


「お、おう! な、なに?!」


「うー……う゛ー」


「えー……えー?」


 「う゛ー」唸るココロ、「えー?」訳が分からず声を上げる俺、ニヤニヤニヤニヤっと多数の意味深な眼。

 おいおいおい、超注目度が高いんだけど! な、な、何?! この俺いじめ! ハジメに次いで俺が弄られるってどーゆこと?!

 こ、ココロ! 早くしてくれ。このままだと俺は野郎共のイイネタにされちまうからぁ! 女性群はともかく、野郎共は危ないんだぞ! ホラ見ろ、ヨウやワタルさんのあの悪そうな顔! 今か今かと俺を待ち構えてやんの!

 慌てる俺に感化されたのか、ココロも慌て始めた。


 「あのですね!」「おう!」 「そのですね!」「なんでい!」 「えっとですね!」 「そろそろ会話、ココロ!」「会話ですね!」「そう会話ですよ!」「こんにちは!」「そら単なる挨拶でい!」


 この落ち着きの無いカップルといったらぁ、もうカップルっつーより漫才コンビだぞ。

 揃って慌てる俺等に助け舟を渡してくれたのは我等が姉御の響子さん。

 「向こうに行って来い」俺とココロの背中を押してくるもんだから、ますます疑問符を頭に浮かべる。なんで向こうで会話をしないといけないの? クッキーを渡してくれるだけじゃねえの? どうせチャリを倉庫裏に置きたかったから、丁度良かったっちゃ良かったけど。


 疑問を脳裏一杯に浮かべながら、ココロと倉庫裏に回る。

 誰もいないことを十二分に確認する彼女は俺がチャリを止めることを目にした後、そっと隠していたクッキーを袋を差し出してきてくれた。中身は星型のクッキーに交じってハートがチラホラ。皆のものには確かお星さんだけだった。

 わぁ、だからココロは手渡すのを躊躇っていたのか、俺ってば愛されてるぅ。

 「サンキュ」俺は頬を掻きながら、彼女から袋を受け取って、受けと……うけ……ココロさん、手を放してくれないのは何故ですか?


「ココロ?」


「渡したいんですけど、実はこれ割れちゃって」


 ん? クッキーが割れている?

 「何処?」俺は袋に目を落とした。美味しそうな手作りバタークッキーに割れている姿は見えない。ハートもお星さんも綺麗な形を作って顔をこっちに向けてくれている。

 首を傾げる俺は、「割れていないよ?」彼女に大丈夫だと返す。割れているのだとココロは強調し、もっと近くで見るように言ってくる。近くで見ろって言ってもなぁ。ココロが手を放してくれないじゃんか。「んー?」首を傾げながら、屈んで袋を見る。


 刹那、クッキーの袋を掴んでいた両手が俺の頬を包んだ。

 柔らかく弾力のあるものが唇を塞ぎ、サラッとした黒上が視界を覆う。


「う、嘘です。この前、で、できなかったんで……したかっただけです。お、お、お礼もかねてみたりしちゃって……」


 赤面する彼女が見上げてくる。俺は間抜けなことに呆然と佇んだ。

 今、何をされた? 何を……なんで唇に柔らかい唇がっ、がー……がぁ……あああああナッシングだぜココロさんっ! それナシ! 絶対の絶対のナシナシナシ! どーしてくれるんだよっ、俺、見事に動揺の顔が真っ赤っかだよ! これを不意打ちと言わず、なんと言えばぁあああ?!

 カッチンコッチン固まっている俺に、「す、好きですから!」フンッと意気込むココロ。


「ぜ、ぜ、絶対に他の人を見ちゃヤですからね! ヤですからね!」


 動揺に動揺を重ねる告白をしてBダッシュ。ココロは戦闘から逃げようとした。

 咄嗟に彼女の手首を掴んでその行為を阻止するけれど、思考回路が回らない。愛され過ぎて田山圭太、只今機能停止。機能停止。機能停止。

 すぐには皆のところに戻れない俺がいる! 今戻ったら顔の赤さが、赤さが! キスをする側で慣れているわけじゃないけど、俺からする流れが自然だったから、まさか彼女からされるとは想定外! 不意打ちは卑怯!

 でもやられっぱなしなんて悔しい。彼女にも同じ気持ちを味わって欲しい。


「全然お礼が足りない」


 首まで赤くしている彼女に目尻を下げ、貪欲な男はもう一度唇を味わうべく、自分のそれと重ねた。

 すべてが終わった今、もう恋人の時間に遠慮をする必要もない。



 ココロと共に皆の下へ戻る。

 妙にニヤついた顔を野郎どもに向けられたのは、双方の顔色が真っ赤だったせいだろう。しょ、しょうがないだろう。恋人の時間を堪能すると自然と顔が熱くなるんだよ。俺達だってラブラブしたいんだ! 開き直り? おう開き直りだ馬鹿野郎!

 閑話休題、置いて行った弥生とハジメが来たところで、ヨウは全員が揃ったことを確認。利二は残念なことにバイトで来れなかったけど、他の皆が揃ったことにリーダーはご満悦な様子だった。


 そして停戦を報告。

 終止符、ではないけれど抗争に一区切りが打たれたことを皆に告げていた。改めて言われると、「嗚呼終わったんだな」じわりじわりと実感する。

 ありきたりな物語みたいに正義が悪を討ち滅ぼす・勝つ、そんな王道展開じゃないけど、これで良かったんだと思う。

 だってどっちの言い分も正しかったんだ。お互いに信念として貫いていた考えは各々間違っちゃない。肌に合わなかっただけで、お互いの言い分は正しかったんだ。それを受け入れられるか、受け入れられないか、それだけのことだった。そうだろ?


 そりゃ一旦は亀裂が入った仲だ。簡単に復縁できると思わないし、本当の意味で受け入れるには時間が掛かる。

 それでも、一抹程度でも、相手を受け入れる契機は手にした。大きな進歩だと思う。

 これからもヨウ達と日賀野達は考え方、価値観の違いで対峙をするかもしれない。でも今までみたいに互いを突っぱねた反応はしないと思う。俺達は相手のチームの凄さを受け入れたんだ きっと大丈夫、大丈夫だ。


「んー、なんかしっくりこないけどねぇ」


 そう、ぼやいたのはワタルさん。

 ニヤリニヤリしながら、ちゃんと決着を付けたかったという顔をしている。

 まあ、ワタルさんの場合、チームとは個別の事情を抱えているからな。不服不満はないだろうけれど、曖昧な気持ちになっても腑に落ちないのだろう。ちゃんと決着を付けて魚住との関係のあり方を考えようと思っていたんじゃないかな。


 いや、俺の思い過ごしかもしれない。

 ワタルさんの表情を見ていたら、わりと納得した気持ちを顔に貼り付けている。

 後々俺はワタルさんから耳打ちをされた。そして教えてもらったんだ。二人が大喧嘩した理由。ワタルさん自身も忘れていた、馬鹿らしい喧嘩の理由。


「僕ちゃーんとアキラさ。いっつも馬が合って意見も合っていたから、意見が割れることなんてなかったわけよんさま。で、どっちが正しいかで口論になった末、『お前を謝らせる!』になって大喧嘩しちゃーったわけ。あの時は若かったよねずみ。まさかこんなクダラナイことで喧嘩も喧嘩しちゃうなんて! だけど、ま。刺激にはなったかなぁ。退屈しのぎにもなったしねんころり」


 語り部は俺に向かってウィンクした。

 ワタルさんは言う。これからも個別に喧嘩して意地を張り合うと思う。だけど、前みたいに無意味に意地を張るなんてことはしないだろう。そう思うのはどこかで相手をまだ“親友”だと思っているからかもしれない。

 「笑う?」ワタルさんの問い掛けに、「ええ」俺は一笑した。呆れの笑いじゃない。微笑ましい気持ちが形になって表れただけ。


 いいじゃないですか、ワタルさん。

 そういう風に前進する気持ちを持っただけでも意味はあると思いますよ。



 一通りの集会を終えた俺は、グルッとたむろ場を見渡した。

 喧嘩以外で集まっている皆の顔は凄く穏やかで楽しそう。喧嘩に明け暮れていた当時は険しい顔が多かったしな。

 こういう風に時間を過ごすのは皆にとっても、俺にとっても久しぶりで、心が落ち着く時間でもある。

 なにより、皆の顔が吹っ切れている。相手チームのことをどうこう考えることがなくなったからなのか、晴れ渡った顔を作っていた。前進した顔つきと言っても過言じゃない。


 前進、か。


 グッと関係が縮まったハジメや弥生、トラウマを乗り越えたココロ、親友のことを想うワタルさん、午前中欠席したヨウ。因縁を持つメンバーも、持っていないメンバーも前進した。本当の意味で前進した。躊躇いと一抹の諦めを持って前進しようとしていないのは俺だけ、か。

 それってすっごくカッコ悪いよな。

 早く俺も前進する一歩を掴まないと。折角平和になったのに、このままじゃココロとデートの打ち合わせもできないや。


「あれ? ケイさん。何処かに行くんですか?」


 倉庫裏に回ってチャリのカギを解除する俺に声を掛けてきたのはキヨタ。


「今からヨウさんがゲーセン行こうって言ってますよ? もし、どこかに行くなら自分も自分も!」


 見えない尾を振ってくるキヨタに、「ちょーっと野暮用」俺は曖昧に笑みを浮かべてチャリに跨る。

 皆に声を掛けて、先にゲーセンに行っておいて欲しいと笑みを向けた。「後から絶対に行くから」約束を取り付けてチャリを漕ぐ俺に、ヨウがこう声を掛けてきた。


「絶対だぞ。待っているからな。ケイ!」


 ケイ、か。

 そういえばヨウと出逢って俺、田山圭太は“ケイ”と呼ばれるようになったんだっけな。

 懐かしいな、あいつにあだ名を付けられた日のこと。あの日の俺はヨウに呼び出され、成り行きで舎弟にされちまったんだよな。あの時は心中絶賛大号泣の嵐だったっけ。今も不良に泣かされることはあるけど、当時ほど泣かされた出来事はなかったよな。家に帰って半泣きだったもん、俺。

 今では笑い話になる思い出のページを捲りながら、チャリを颯爽と漕ぐ。


 何処へ行くか?

 んー、そうだな。何となくあいつはあそこにいると思うから、あそこに行ってみることにするよ。

 あそこって何処か? そりゃ勿論、俺が川にドッボーンした場所。川に落とされた場所。一つの関係に終わりを告げた場所。


 ごみごみした街中を通り過ぎ、片側二車線の路面ギリギリを横切って、長いながい坂を下る。

 ふわっと追い風が俺の背中を押し、晴天、いや快晴の空が暖かくチャリを漕ぐ地味くんを見守ってくれる。その暖かさが緊張を抱く俺に勇気を与えた。次第にペダルを漕ぐ足が軽くなる気がする。声援を送ってくれる風と一緒にチャリに乗って辿り着いた先は、鉄道橋下の川のほとり。

 青く染まっているキラキラした川面の反射を浴びて、ゆったりと喫煙している不良を見つける。不良にしては目立たない髪の色をしている、その真面目不良に俺は軽く口角を緩めた。チャリをその場に止め、鍵も掛けっ放しで相手に歩む。


 「健太」名前を呼べば、「圭太」振り返って紫煙を吐く不良ひとり。


 絶交宣言を交わしたそいつの耳にも両チームの今までの関係の終わり、そしてこれからの関係のことを聞かされたみたい。俺の顔を見ても敵意一つ滲ませなかった。見慣れた素顔がそこにはある。

 少し距離を置いて立つ俺と健太だったけど、立ち止まった俺に今度は健太が歩んできてくれた。

 至近距離に立って、目尻を下げてくる。


「なんとなく此処に来ればお前に会えると思っていたよ。圭太」


「あ、俺の台詞を取ったな? それは俺が言おうと思っていたのに」


 早い者勝ち、ニッと笑みを浮かべる健太は灰を地に落として煙草を銜えなおす。

 「これからどっかに行く予定は?」健太の問いに、「ゲーセンにこれから行くつもり」勿論用事を終わらせてからだけど、言葉をしっかり重ねて返す。健太もこれから日賀野が入院している病院に行くみたいだ。仲間をたむろ場で待たせているらしい。

 そうまでして此処に足を運んで来てくれたということは、俺と同じ気持ちなのだろう。そう思って良いだろう? 健太。


 ダークブラウンの髪を風に靡かせて、健太は川面の方に視線を投げた。


「いつか、またお前等と対峙する時が来たら……おれは迷うことなくチームを取ると思う。今のチームはおれの居場所だから」


 俺もだよ。

 対峙する時がまた来るなら、俺はヨウ達の味方に付く。だって今の俺にとって彼等は居場所で大事仲間だから。

 健太もそうなんだろうな。分かっている、分かっているよ。俺達はあの頃には戻れない。あの頃とは別に守りたい奴等、大事な仲間、心地よい居場所を作っちまったんだからな。それを非難することはお互いに出来ないんだ。


 だけど俺はお前を切り捨てるなんてこともできない。あの頃に戻れなくても、俺はあの頃に作り上げた関係。大切だから。

 俺、いつかこう思った。思いが通じ合えば、何度でもやり直せる。元通りになる、と。

 でも悲しきかな、修復できない部分もある。完全に元通り、は無理だ。環境も過ごしている時間も違うのだから。

 じゃあどうするか? 利二の言ったとおり、補えば良いんだよ。修復できない部分は、また作り直せば良い。どういう身の上にいるのか重々に理解と覚悟を決めて、さ。


「俺は荒川庸一の舎弟だ。いつかが来たら、真っ先に舎兄を支える。チームを優先して、俺はまたお前を傷付けるかもしれない。覚悟はしている。でもその時は、その時。そうだろ?」


「絶交宣言のままの方がお互い、本当は良いんだろうけどな。こういうのって理屈じゃないよな」


「ああ、理屈じゃない」


「だよな。理屈で人生上手くいくなら、おれは今頃モテモテのイケメン男だろうし」


 互いに視線を交わらせて一瞬の間、直後に砕けた笑みを浮かべる。

 俺と健太は携帯を取り出した。実は絶交宣言の時にアドレス消しちゃってさ、赤外線で送ってもらって良い? 実はおれもなんだよ。そんな簡単なやり取りを交わして、俺達は赤外線でアドレスを交換し合った。

 そして携帯を閉じると、俺達はまた視線を交わらせて目で笑う。


「そろそろ行かないと。皆でヤマトさんの見舞い品を買う予定なんだ」 


「俺も行かないと。今日はゲーセンでドンチャンする予定」


 またな、今度ゆっくり話そう。

 話す時はチーム同士じゃなくて友達同士で。対峙したあの日々も、話すことで笑い話にしよう。長期休暇に入ったら一緒に遊ぼう。

 軽く会話を交わして俺達は鉄道橋下の川のほとりを後にする。これから各々居場所に向かうんだ。俺はヨウ達、健太は日賀野達、それぞれの場所に戻る。それでいいんだ。チームが今の俺達にとって一番の居場所なんだから。


 だけど健太との仲、これからも大事にしていきたい。

 例えばこの先、今までのように傷付け合う日が来ても、やっぱり友達だと主張し続けたい。綺麗事だけどさ、俺は健太をいつまでも友達だと思いたい。きっとあいつもそう思ってくれている。何も言わないけれど、アドレスを再交換し合ったんだ。それで十分じゃないか。

 小っ恥ずかしいじゃん? 言葉に表すだけ、さ。



「圭太ー―!」



 背を向けた健太から声を掛けられる。

 振り返る前にあいつ、笑声を含みながらハッキリ言いやがった。


「おれ達の喧嘩はお前の勝ちだ! お前の諦めの悪さが、おれの考えを変えちまったんだからな!」


 ばかやろう、努力をしたと言え。

 すっげぇ努力したんだよ、俺も、そして苦悶したお前も……じゃないと、こうやって仲直りするかよ。なあ? 俺達は二人で乗り越えたんだよ。

 俺は振り返って健太に手を振った。「じゃあな!」サヨナラじゃなくて、今までありがとう、でもなくて、また会おうの意味合いを込めて強く手を振った。


 そして、背中を向けてチャリに跨る。

 向かうは行きつけのゲームセンター、大事な俺の居場所に急いで向かわないと。

 皆が待っている。面子は不良ばかりだけど、俺にとって大事なだいじな居場所に行かないと――。




 ◇ ◇ ◇




 季節は巡って春。

 桜の蕾が花咲く頃、俺は高校二年に無事進級し、始業式を迎えていた。

 進級できてホッとしている。自業自得というのはこのことで、付き合いでサボりにサボりまくっていた俺は(あくまで“付き合い”のせいだと言い張る!)、進級できるかどうかの瀬戸際に立たされ、高一の冬に壮絶な地獄を見たんだ。

 まさか補習組に入れられるなんて思いもしなかった!


 奉仕活動までして、どうにかこうにか進級させてもらったんだけど……サボりは良くないよ。

 担任と二者面やら、学年主任の嫌味やら、保護者の呼び出しやら、色んな地獄を見る羽目になる。上辺だけでも真面目に授業に出て、テストもそれなりに点数とって、風紀検査も適当にクリアーしないとクソ面倒なこと極まりない。


 だから俺、今年はヨウ達に流されないよう“マイペース”に過ごすと腹に決めているんだ。

 それなりの仲になったんだ。言いたいこともある程度は言えるまでになったし、今年は俺のペースで行かせてもらう。不良達に振り回されない。真面目に過ごしてやる! 仲間に地味不良と呼ばれているけれど、絶対にヨウ達には流されない!

 例え今年からモトやキヨタがこの学校に入学してくると知っていても、俺は俺のペースを保ち続ける! 強い意思を持て、俺!


 うんうん頷きながら廊下を大股で歩き、強く意気込んでいた俺は、颯爽と自分の教室に入る。自分の机に直行はせず、生徒達が群がっている黒板に足を向けた。

 皆のお目当てはクラス表一覧だ。黒板に自分の新しいクラスと教室が割り当てられた紙が貼られている。進級するに伴い、クラス替えをされるんだ。ヤだな。正直、今のクラスは居心地が良かった。弥生やハジメ、ジミニャーノがいてくれるから俺の心のオアシスになっているのに。


 そして申し訳ないけどヨウやワタルさんと一緒にはなりたくないな。

 勿論、あいつ等のことは友達だと思っているけれど、同じクラスになったら世話が大変なんだよ。十中八九、面倒事を運んでくるだろうし。本人達の前では言えないけど。


「えーっと俺は普通科の五組か。あ、利二達は……一緒、良かった!」


 俺の愛しのオアシス達が一緒、二年の学校生活も安泰だ!

 でもハジメや弥生とは別々になっちまった。貼り出されている模造紙によるとあいつ等は四組だそうな。

 羨ましいことに彼等は同じクラスだ。いいよなぁ、俺とココロは順風満帆な関係は築き上げているけど他校同士。一緒のクラスになることは絶対にない。他校カップルのつらいところだよな。


 おっと、そろそろ教室に行かないと、もうすぐチャイムが鳴る! 駆け足で教室を飛び出した俺は、急いで割り当てられた教室に向かう



「えーっと……五組は」



 二年の教室フロアにやって来た俺は、自分の教室を目で探す。

 三組、四組……あった五組だ! 利二達はもういるかな? あいつ等のことだから、早く登校していると思うんだけど。

 気の置けない奴等が一緒、それだけで軽快な足取りになる。鼻歌を歌いつつ五組の教室に入ろうとした時、「どうしよう」何処からとも無く暗い声が聞こえた。軽く声の主を流し目にする。ある男子生徒が重々しく友達に愚痴を零していた。


「五組の中に……いるんだけど」


「どれどれ? ……うーわぁ。マジだ。どんまい。あ、しかも」


 あ、しかも、で会話している二人が俺を見てくる。

 ……何? 君達。地味なポクに何か御用? なんでそんな怯えた眼で……あ、いや、慣れたよ。不良と絡んでいる俺と距離を置きたいんだよな。ふふっ、その目はちょいと傷付くんだぜ!


 だけどちょっと待ってよ。

 しかも、が俺を指す言葉なら、教室にいると指している生徒は誰のことだろう。

 視線を振り切って恐る恐る教室を覗き込んでみる。教室には見知らぬ新しいクラスメートや愛しのジミニャーノ達。比較的、活発的な生徒が揃っているようだ。部活で活躍している生徒達がちらほら見受けられている。

 今のところ自由席みたいで、皆、適当な場所を陣取っている。

 ただし、教室窓側席の最後尾周辺がガラガラ。荷物を置いてある形跡があるんだけど、誰も席に座ろうとしない。トイレに行ったり、友達のところに行ったりしている人も勿論いる。でも大半は距離を置きたいんだ。


 何故か?

 答えは窓側最後尾の席に不良が陣取っているからだよ。見慣れたキンパ赤メッシュに俺は膝から崩れ、戸枠にしがみつく。


 嘘だろおい。なーんでお前が此処にいるんだよ。クラスを間違えてね?

 せーっかく今年はヨウ達に流されないよう“マイペース”に過ごすと決めているのに……お前が同じクラスメートになっちまったら、今年もサボりにサボりまくる付き合いしないといけないじゃんかよ。クラスが違った時よりもサボリの頻度が高くなりそうで怖い。


 退屈そうに欠伸を噛み締めて、窓を眺めている不良に溜息。三度ほど溜息。諦めて笑声を漏らした。

 あいつの舎弟である限り、俺はヨウに振り回されることは確定なんだな。いいよ、俺、お前の思い付き行動に幾度も振り回されてきたんだ。今更だろ。


 それに俺、お前のことは怖くない。

 不良は怖いけれど、ヨウのことは怖くない。学校一恐れられている不良だとしても、さ。


 抜き足差し足忍び足で舎兄に近付き、最後尾一つ前の席に腰掛ける。

 ぼやっとしている舎兄は、頬杖ついてまだ窓の外を眺めていた。空でも眺めてるのか? それとも眠気と闘い中? 単に上の空で宙を見つめているのか? どっちにしろ、相手は俺の存在に気付かない。

 だから俺は指鉄砲を作り、不良のこめかみに押し当てる。弾かれたようにこっちを見てくる舎兄にパーンと撃つ真似をした。



「油断大敵だぜ。兄貴」



 人の悪ノリもなんのその。

 ヨウはお行儀悪く俺を指さして、「まさか五組?」確認を取ってくる。「よろぴく」右手の五本指を立てながら、俺は満面の笑顔で答えた。そうだよ、五組だよ。去年以上に振り回されそうな五組になっちまいました。

 途端にヨウのテンションはハイになる。

 目を輝かせ「舎弟がきたとか最高じゃねえか!」机という障害を乗り越えて、人の首を腕で絞めてきた。馬鹿、それは反則だって!


「ぼっち回避! マジ良かったぁ。このままじゃぼっちフラグじゃね? って、ちょい鬱になっていたからさ。やーっべ、舎弟がきたとか、さすがケイ! 俺の相棒!」


「く、苦しいって! 大体天下の荒川庸一がなーにぼっちで鬱になっているんだよ」


 するとヨウは異議ありとばかりに鼻を鳴らしてくる。


「俺だってニンゲンダモノ。鬱にだってなるっつーの」


「そりゃスマソー。兄貴は何事においても最強だと思っていましたんで」


 悪ノリかまして俺達は声を上げて笑った。

 そうなのだ。ヨウが喧嘩の強い不良であっても俺と変わらない年頃、至って普通の高校生だもんな。知っているよ、お前の強い面も弱い面も長所も短所も。お前が俺を知ってくれるように、俺もお前を知っている。

 今更ヨウや仲間の不良がいない生活なんて想像もできない。



 俺達の始まりは成り行き舎兄弟から。

 そこから始まった俺達は色んな苦難を乗り越えてきた。

 俺に“ケイ”ってあだ名を付けた、思い付き傍迷惑不良のおかげで散々な目に遭ってきたっけ。馬鹿みたいに笑ったこともあれば、馬鹿みたいに落ち込んだり、喧嘩したり、辛酸を味わったり、怖い思いをしたり、慣れない不良達の争いに参戦したり。ヨウの舎弟になって色々な経験をしてきた。

 それを乗り越えて、今、俺達はこうして舎兄弟をしている。


「なあケイ。始業式ダルくね? フケね?」


 俺を解放したヨウは机上に上半身を預けて、気ダルそうに俺に提案してくる。ったく、お前はさ……。


「初っ端からそれかよ。少しは頑張って学業に励め」


「始業式はオベンキョウじゃないって。真面目不良くん。なーあー、いいだろー?」


 「ケーイー」積極的にフケようと誘ってくるイケメン不良に、「仕方が無いな」肩竦めて俺は着飾った同級生に目尻を下げた。

 二年の初っ端から俺は不良に振り回されそうだけど、それもいいさ。だって俺はヨウの舎弟、振り回されることは慣れなれっ子だ。慣れねぇとやっていけねぇよ。 


「今日は好い天気だから、体育館裏は気持ち良さそうだよな。ヨウ」


 あの日、あの時、ヨウに呼び出された体育館裏の空と、今の空は同じ顔をしている。

 俺達が舎兄弟になった日も、こんな風に晴れ渡っていたっけ。

 その話題を切り出せば、「お前がビビッていたあの日だろ?」ヨウが笑い飛ばしてきた。「ビビるに決まっているだろ。何せ、不良に呼び出されたんだから!」俺は大反論。


 でもヨウは構わず言葉を重ねた。


「ま、今じゃお前も不良だから安心しろって。同じクラスになった記念にイメチェンでもしてみるか? 髪の色をピンクにしてさ!」


「うーっわ。舎兄弟揃ってピンク? それって超キモイ!」


 俺達はまた声を揃えて笑った。

 こうやって自然に笑える時、不良のヨウも地味な俺もそんなに大差のない、ただの高校生だって思える。ヨウもきっと、俺と同じ気持ちを抱いているに違いない。違いないんだ。



 な? そうだろう、ヨウ。



 END


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青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です― つゆのあめ/梅野歩 @ratsunatu

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