第2話 裏切り

文化祭当日、昼時となった幸輝のクラスの焼き鳥屋は多くの来場客で大忙しだった。


「おい、幸輝! これ焼けたからソースかけて!!」

「オッケー! お待たせしました! 焼き鳥二人前です!」


焼き鳥を受け取って校内へと戻っていく客に、幸輝は「あざしたー!」と声をかけた。その間にも次々と客が押し寄せ、休む暇も無い。

煙が多く出る焼き鳥屋は校内ではなく、中庭が割り当てられた。テントの屋根が日差しを遮ってはいるが、気温まではどうにもならない。コンロの熱も合わさって、テント内は地獄の暑さだった。


「あっちー! こんなん死ぬってー!!」

「扇風機弱すぎかよ!! 仕事しろ!!」


鳥を焼くクラスメイトたちが大声で文句を言いながら、首に巻いたタオルで汗を拭う。幸輝も滝のような汗を拭いながら、焼き鳥にソースをつけて、笑顔で接客しまくった。

客足が引いたところで「休憩中」の看板を下げ、ようやく一息吐くことが出来た。地面に直に座り込んで、生徒たちは頭から浴びるように水を飲み下す。幸輝もペットボトルの水をがぶ飲みしていると、「お疲れ」という声と共に目の前にアイスが差し出された。


「おぉ〜〜!! 静一、ナイス! マジで神だわ……。あんがと〜」


幸輝は満面の笑みで静一からアイスを受け取った。早速袋を開け、一口齧った。ソーダ味のアイスバーの冷たさが、火照った体に染み渡る。幸輝が夢中でアイスを食べるのを見届けると、静一はコンビニ袋を皆に見える位置に掲げた。


「アイス全員分あるから、好きな時に食べろー。一人一本なー。次のシフト分もあるから、クーラーボックスん中入れてくれ」

「おっ、マジ!?」

「サンキュー、雪村〜」

「ありがたくいただくわ〜」


それぞれが礼を口にしながら、生徒たちは袋を受け取った。アイスが一人一人に手渡され、場がどっと盛り上がる。それで一仕事終えたかのように息を吐くと静一は幸輝に歩み寄った。


「冬月。これから一緒に回るとか……できそうか?」

「んん!?」


幸輝は口いっぱいに含んでいたアイスを飲み込むと、ガクガクと何度も大きく頷いた。


「全っ然! 大丈夫!! 行こ行こ!」


勢いよく立ち上がり、幸輝は静一の手を取って、校内へと歩き出した。


「あ、おい! 手! 離せよ!」

「何でだよ。何恥ずかしがってんの?」

「だって……、お前……! 男同士で手ぇ繋でるとか、変に決まってんだろ!」

「今時普通だって、こんぐらい。それともなんですかー? 静一君は俺とは手を繋ぎたくないと?」

「そ、そんなこと言ってないだろ!」

「じゃあ、もーまんたい!」

「う……、うー……」


静一は手を繋ぐことへの恥ずかしさと幸輝ごときに言いくるめられたことへの悔しさで、小さく唸った。その子供っぽい静一の癖に、幸輝は苦笑を浮かべる。


「静一のそういうところ、可愛いな」

「ふざけるな!!」

「うわ……、マジで怒んなし……」


幸輝は肩をすくめて、怯えてみせた。照れ隠しだと分かっていてのやり取りである。クラスメイトたちの前ではクールで頼れるキャラの静一だが、幸輝の前だと感情豊かで子供っぽい所すら晒してしまう。無意識の内に、幸輝に甘えてしまうのだ。そんな静一の分かりにくい甘えを、幸輝は笑って受け入れる。そして、全てが好きだと言う。静一はそんな幸輝を心から大切に思っていた。


(そういうところが、好き)


「今俺のこと好きって思った?」

「……絶対言わない」


「言え」「言わない」で幸輝と静一が争い始めた所に、二人の男子生徒が「雪村先輩!」と駆け寄ってきた。即座にクールモードに切り換えた静一が、すまし顔で男子生徒たちに向き直る。


「何? なんかあった?」


文化祭実行委員の腕章をつけた二人は、本来はミスコン(もちろんミスターコンテスト)の準備をしているはずなのだが、何故か泣き目で静一に詰め寄り、


「参加者が一人休んじゃったみたいなんですよー!」

「それで、進行上どうしても代役が必要なんですけど、今手ぇ空いてる人が全然いなくてーー!!」

「「先輩助けてくださあい!!」」

「……わかった」


静一はため息を吐きながら、完全にパニックになっている後輩に力強く頷いてみせた。しかし、正直当てはない。ある程度見た目が良くて、今手が空いている人間……。


「静一が出ればいいんじゃね?」

「……は?」


突然の幸輝の提案に、静一は思わず素の表情で返事をしてしまった。幸輝は楽しいおもちゃを見つけた子供のような顔をして、可愛い後輩に悪魔の囁きをかける。


「静一なら今暇だし、こいつめっちゃ顔良いから、ミスコン盛り上がるぞ……」

「た、確かに……」

「雪村先輩しかいない……」


三人が同時に静一を見た。悪い予感にゾッと背筋が寒くなった静一は、ブンブンと首を横に振り、じわじわと後ずさりした。


「断る断る。断固断る。絶対やらないからな」

「でも、今は先輩だけが頼りなんですよ!」

「ふ、冬月にやらせればいいだろ!? ミスコンなら俺よりこいつの方が見た目も派手で向いてるだろ!?」


反撃するかのように指さされた幸輝は少し驚く表情を見せたが、すぐにニヤリと笑って、言い返した。


「でも、静一の方がミスコンの段取り分かってるし、静一が舞台側にいた方がトラブルがあった時にすぐ対処出来るだろ?」

「お、お前……!!」


こういう時だけスラスラと頭の良さそうなことを言う幸輝を静一は思い切り睨みつけた。もうクールキャラの片鱗も残っていない。だが、目の前のトラブルを解決することで頭がいっぱいの後輩たちは、かっこいい先輩のいつもと違う表情になど構わず、問答無用で両側から静一の腕を拘束した。


「くっそ、覚えてろよ! この裏切り者! あとでなんか奢れよな!!」


捨て台詞を残して去っていく静一たちを見送ると、幸輝は恋人の晴れの舞台を最前席で見るために、ミスコンの会場へと急いだ。

その年のミスコンは二位と圧倒的な差をつけ、静一がぶっちぎりで優勝した。

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雪村と冬月 ベルサ @Belusa

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