雪村と冬月

ベルサ

第1話 焼き鳥

「はい。じゃあ、文化祭での出し物は『焼き鳥屋』でいいですか?」

「異議なーし」


雪村静一(ゆきむら せいいち)の言葉に、クラスメイトたちがやる気のない声で応じた。うだるような暑さの中で行われるHRで、静一は黒板に丁寧に書かれた「焼き鳥屋」を赤で囲った。他には「メイド喫茶」やら「ホストクラブ」やら「ゲームセンター」など、ただのノリで言っただけのものばかりだ。

静一はクラスメイトたちの方に向きなおると、教卓の上のメモを確認し、滞りなく話し合いを進行させる。この淡々とした進行のおかげで、男子ばかりのこのクラスでの話し合いはギリギリ成り立っていた。


「……じゃあ、次はシフトを決めます。時間は三つに区切って、九時から十一時半、十二時から十三時半、十四時から十五時半です。まず部活で出られない人をまとめたいので、さっき配ったプリントに希望の時間と部活の予定書きましたか? ……では、後ろから回してください」


ダラダラと生徒たちがプリントを前に送り始めた。静一は静かにそれを見守る。その時、前から三番目、廊下側に座っている男子生徒と目が合った。男子生徒−−−−冬月幸輝(ふゆつき ゆきてる)は、静一の視線に気づくと、ニコリと笑ってヒラヒラと手を振った。だが、静一は無表情にそれを見つめ、何事も無かったかのように目を逸らした。


「えぇ〜〜……。今絶対目ぇ合ったじゃ〜ん……」


幸輝は苦笑しながら手を下ろした。静一は集めたプリントをまとめて、そこでHRの終了を宣言した。


「では、このプリントを元に明日シフトを組んで、プリントして配ります。その時何かあれば俺のとこに来てください」


HRが終わったので、生徒たちは各々立ち上がり、そのまま帰宅したり、友人たちとダベり始めた。静一は自分の席に戻って、早速シフト表を作り始めた。幸輝は静一の背後に音を立てずにそっーと近づき、ガバッと抱きついた。


「せーいーいーちっ!」

「……重い」


幸輝の突然の襲撃にも全く動じず、静一は淡々と作業を続けた。そんな静一の態度が気に入らなかった幸輝は、静一の首に腕を巻きつけたままプクッと頬を膨らませると、フッと耳に息を吹きかけた。


「……っ!?!?!?」


さすがの静一も大きく体を震わせ、幸輝を振り払った。振り返って、両手を胸の前で掲げて降参のポーズを取っている幸輝を睨みつける。


「おっ……まえなぁ……!!」

「あっははは!! なに、静一ー? 怒ったのー?」

「怒るに決まってるだろ!! 何してんだよ!!」


静一は立ち上がって幸輝に詰め寄った。静一に構ってもらえて大満足な幸輝は、静一が怒れば怒るほど満面の笑みを浮かべる。それを分かっている静一はしばらく幸輝の胸倉を掴んで、小さく唸ると、乱暴に手を離した。


「ジャマすんな。俺には仕事があんの」

「シフト組むんだろ? 手伝おっか?」

「結構だ。冬月はさっさと帰れば」

「はいはい。帰りませーん」


そう言うと、幸輝は静一の前の席の椅子をクルリと反転させて、床に鞄を置いて座った。


「あいつらが出れる時間を表にまとめるんだろ。それくらい手伝わせろよ」

「……勝手にしろ」

「どーも」


幸輝は苦笑しながらアンケート用紙を半分手に取り、作業を始めた。そこから、二人とも黙って作業を進める。静一はちらりと作業するフリをしながら、幸輝を盗み見た。いつものニヤケ面と違って、真面目な表情を浮かべて仕事をする幸輝が、不覚にもかっこよく見えてしまう。


(黙ってれば、イケメンなんだけど……)


しばらく幸輝に見とれてボーッとしてしまっていると、不意に幸輝が顔を上げ、目が合ってしまった。ハッとして、目をそらす。


「何? 今見てたでしょ」

「み、見てない」


幸輝はニヤニヤとしながら、静一をからかった。静一は真っ赤な顔をそらして、必死に否定する。そんな静一の表情を愛しく思い、幸輝は優しく指の背で静一の頬を撫でた。「ん……」と小さく声を漏らして、静一は幸輝を見る。その瞳には、恋人である幸輝にしか見せない甘い熱が宿っていた。


「ねぇ、静一。これ終わったら、ご褒美にキスしてよ」

「はあ?」


静一は恥ずかしさを誤魔化すために、怒っているような表情で幸輝を睨んだ。だが、幸輝が「ダメ?」と首を傾げると、結局「し、仕方ないな……」と呟いた。


「やった。静一大好き」


無邪気に笑う恋人を見つめ、静一は「俺もだよ」と微笑んだ。

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