第6.15話 反撃
凪月は、そのまま白藤Cの中野をマークすることとなった。
Cのディフェンスをするなんて、ミニバス以来じゃなかろうか。
もちろんのことだが、マークするポジションごとにディフェンスの仕方は異なる。
ゴール下、Cのディフェンスは、基本的にボールを持たせないことを目的とする。ポストのCの横に立ち、パスコースを手で塞ぐ。逆にCは、ディフェンスの前に出て、ボールを中でもらい受けようとする。
あとは、どちらのパワー、スキルが上か。
経験は乏しいが、まぁ、要領はある程度わかっている。
そもそも、中野は、さほど問題ではない。
このCは、スクリーンアウトやフェイク、チームディフェンスなどの小技はうまいが、攻めっ気がない。いくら技があろうと身長があろうと、攻めないCは怖くない。
だから、凪月が気にすべきは、中野ではなく、右サイドに構える二人、辛坊と青山だ。
道後と銀島は、たしかにうまいが、その分、小町とカトリーナがマークしている。
結果的に、なんだかんだで、辛坊と青山の得点が多い。
だから、凪月のタスクは、中野をマークしつつ、進々と流々香のざるディフェンスのフォロー。
どう考えても、後者の方が重いよな。
かるくため息をつく。
今の自分に本当にできるのか。
自信こそないが、どうしてだろう。
気分が高揚する。
ダムンと跳ねるボール。
フロントコートに足を踏み入れる道後。
さぁ、久しぶりのバスケットボールだ。
中野は左サイドのローポスト。
だから、凪月は、ハイポストとローポストの間くらいに立つ。
中野のディフェンスというより、ゴール下のゾーンディフェンスのような配置。
重心だけ、中野の方に残しつつ、右サイドを警戒する。
「ルル姉! 進々! 裏はあたしが見るから、もっと被っていい! ボールを持たせるな!」
「「わかった!」」
とは言いつつも、流々香の方は、足がついていかないようだ。
道後は、こちらを警戒しているが、オフェンスの方針を変えるつもりはなさそうで、Vカットした辛坊にパスを出した。
ボールを持った辛坊は、流々香と正対してから、一度、凪月の方を見る。
中にボールを入れようと考えたのか。
いや、というよりも、凪月を警戒しているだけか。
警戒した分、テンポが遅れる。
進々があまりにも被り過ぎていたので、青山が裏をつこうとした。
だが、1テンポの遅れ、さらに、凪月がけん制で潰す。
青山は、ゴール下を抜けて逆サイドへ。
そして、空いたスペースに、辛坊がドライブをしかけた。
セオリー通り、だな。
ていうか、ルル姉、簡単に抜かれ過ぎ。
凪月は、カバーに向かう。
典型的なアウトナンバープレー。
本来ならば、逆サイドに流れる青山を追わずに、進々がゴール下に残り、カバーすべきだ。
けれども、試合経験の浅い進々にチームディフェンスを期待するのは酷である。
アウトナンバープレーは明らかにディフェンスが不利。
そのパターンは無数に存在するが、大きく分けるとするなら二つ。
ドライブか、パスか。
ボールマンは、ディフェンスの動きで判断する。
ディフェンスが来れば、パス。
ディフェンスが引けば、ドライブ。
だから、どっちつかずに構える奴もいるが。
うまい奴なら、ドライブで切り崩してくる。
または、ドライブとパスの組み合わせ。
その複数のパターンに対応するのは不可能だ。
アウトナンバープレーへの必勝法などない。
つまるところ、賭け。
ドライブをしかける辛坊に、凪月は向かった。
やはり止めるべきは、ボールマンだ。
ドライブもパスも、ボールマンが起点。
ここを抑えるのが常道。
辛坊のこれまでのプレーを見て、凪月は賭けた。
コースを完全に切る。
そこから、凪月は予想に賭けて動き、洞察に従って修正した。
まずは、パスフェイク、
からの右へのかわし、
とみせかけて、シュート、
フェイク、
そして、
「えっ!?」
中野へのビハインドパス、は容易に予想された。
辛坊の敗因は、最後のシュートフェイク。
ちょっと、あからさま過ぎ。
それに、ボールハンドリングもいまいち。
そして、ビハインドパスは実戦で使うにはお粗末なものだった。
結果的に、
「あめぇよ」
パスは成立せず、パスコースを塞いでいた凪月の手は、ボールを弾いた。
「ルル姉! ボール!」
速攻チャンス!
ルーズボールを手にしたのは、流々香。
「流々香! こっち!」
すかさず小町がサイドに開き、ボールを受け取る。
「Hey! こまちゃん!」
続けて、中央に走り込んだカトリーナへと、ボールがつながる。
中央を割くドライブに、道後が対応する。
さすがに戻りがはやい。
「すすむん!」
だが、ボールの展開の方が速かった。
逆サイドに走り込んできた進々に、カトリーナはボールを放る。
進々は右ウィングでボールを受け取る。
正対するのは、銀島。
行けるか?
凪月は、びくりと背筋が震えるのを感じたが、その思考を捨てる。
あいつは、もう顔を上げている。
大丈夫だ。
それに、バスケはドライブだけじゃない。
「カトちゃん!」
進々は、中央を走り込んだカトリーナにパスを返した。
だが、
どこ投げてんだ!
走っているのだから、走り込むスペースにパスを出すべき。
しかし、パスを投げ慣れていない進々のパスは、カトリーナの背後へ。
「Nice Pass!」
絶対嘘だ。
が、カトリーナは、身体をリングに向けたまま、左手を後ろに伸ばし、難なく捕球した。
ビハインドパスの逆回し。
あいつ、ほんと、器用だな。
結果的にそのパスコースは正解だった。
正面には、道後。
いや、正面には入り切れていない。
カトリーナならばシュートまでもっていけるか?
うーん、ただ、カトリーナのプレイスタイルだと。
「ナッツー!」
「だよな!」
後ろに目がついてんじゃねぇのか?
左手で捕球したボールを、そのまま、前を通して右手にまわし、ちょうど同じラインを走り込んできた凪月に落とすようにしてパスを繰り出した。
ハイポストで、凪月はボールを受け取る。
これだけゆっくり走ると、さすがに中野にマークされるか。
だが、そもそもミドルシュートは撃てない。
ボールの大きさが違うせいで、まったく入る気がしない。
だから、止めずにパスをまわす。
左サイド、45度の位置の小町に。
「パスが雑です」
沈み込んだ状態での捕球。
そのまま、
「まぁ、ベストポジションですけど」
両手を額の上に、そして跳ねる。
力は下から上に、
バネのように、
視線はリングに、
両の腕はしなやかに、
リングを触りにいくように、
ボールを置きに、
指の先からボールが離れる最後まで、きっちり正確に。
放たれたボールはきれいなバックスピンをかけられて、
きれいなアーチを描いて、
吸い込まれるようにリングへと向かい、
ネットを水しぶきのように裏返らせた。
小野小町。
アンダー15の県選抜メンバー。
彼女が、評価されたのは、その突破力でも、視野の広さでも、判断力でもない。
正確無比な3Pシュート。
そのシュートは、あまりに美しく、体育館を一瞬静まり返らせた。
「ナイッシュ!」
称賛の声に、小町はしらっと言い切る。
「当然です」
羊雲チーム 19 vs 27 白藤チーム
2Q 残り4分
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます