第6.14話 メンバーチェンジ

「ごめんなさい」

 

 泣きながら、華は何度も呟いていた。

 凪月の肩を借りて、足を引きずりながら華はベンチへと戻った。


 筋クランプ、いわゆる、こむら返り。

 短時間での極度な運動や、塩分不足で生じる現象だが、今回は両方だろう。怪我ではないが、この試合に華が参加することはできない。


 羊雲学園女子バスケ部の部員は5名。

 1人欠ければ、試合の続行は不可能だ。

 つまり、華が試合に出られなければ、この試合は終わり。


「ごめんなさい」


 そのことを悔いているのだろう。

 泣くほどに、華は、この試合に入れ込んでいたんだな、と凪月は感傷的な気分だった。

 バスケなんてしたことのない少女を、半ばむりやり引き込んだ。彼女はまじめだから、そんなことをしないだろうけど、別に、こんな試合、適当にこなしたとしても、怒れる道理はなかった。


「ごめんなさい」


 それなのに、一生懸命に練習して、足を攣るまで貢献して、負けそうなことを悔いている。


「泣くな。くさるな。謝んな」


 だから、凪月は、ちゃんと告げた。


「まだ試合は終わってないんだぞ。顔をあげろ」

「でも、私のせいで……」

「大丈夫だ。任せろ」


 凪月は、実のところ、まだ迷っていた。

 こんなことしていいのか。

 する必要があるのか。

 そこまでの義理はあるのか。


 けれども、凪月は、振り切った。

 いや、今だけは、華のために目を瞑った。

 練習着を脱ぎ捨て、凪月はユニフォームの8番を露わにし、宣言する。


「選手交代。15番アウト、8番イン」


 白藤から見れば、何もおかしなことはないだろう。

 Cが攣って退場したのだから、控えの選手がコートに入る。

 けれども、羊雲の面々から見れば、様々な理由で驚きの采配である。


「で、でも、ナツ、さん? ナツさんはよその……」

 言いかけた華の口に、凪月は指を置いて黙らせる。

「今回だけだ」

 そう言って、視線を送る。


「まだ、バスケしたいだろ?」


 すると、華は、ぐすりと鼻をすすってから、確かに応えた。


「はい!」


 凪月は、かるくストレッチをしながらコートの中へと足を運んだ。

 進々の言う通り、確かに、コートの上は怖いな。

 しかも、途中出場。

 既に流れのできているところに足を踏み入れるのは、よほどに難しい。

 アップ、しとけばよかったな。

 凪月は、肩と腰、それから足の靭帯を入念に伸ばした。


「ねぇ、ナツ。私が言うのもなんだけど、本当に出るの?」

「え? ルル姉がそれを言うの!?」

「いや、だから、私が言うのも、って思ってはいるんだけど」

「本当だよ! インターバルで代われってあんだけごねてたのに!」

「だって、ねぇ」

「言うなよ! 意識しないようにしてんだから!」


 はぁ、と凪月は息を吐く。


「コート上で、そんなエロいことを考えたりしない。そんなのは当たり前だ」

「そりゃ、ナツはそうだろうけど」

「……バレなきゃいいんだろ」


 絶対バレないように気を付けよう。

 その上で、と凪月は、みんな方を向く。


「あたしが出るからには、絶対に勝つからな」

 凪月は、不敵な笑みを浮かべた。


「Yeah!  真打ち登場ですやん!」

 カトリーナが、いつものように騒ぐ。


「出るんなら最初から出てくださいよ」

 小町が、いつものように呆れる。


 そして、

「行けるか、進々?」

 自分の掌をじっと静かに眺めていた進々は、くるりと振り返り、


「うん! 任せて!」


 いつものように頷いた。


 だから凪月も前を向く。


「さぁ、反撃開始だ」

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