第6.16話 センター

 だから、あいつにフリーでボールをもたせちゃいけないんだって。


 中学時代から変わらず、その落ちる気配のない3Pシュートに、貴美子は怖気を感じた。

 この16分間、貴美子は、小町の3Pシュートだけを気にして、ディフェンスをしてきた。その結果、撃たせずに守り切ってきたというのに、ここにきて。


「くっそ!」


 0本に抑えるのが、ひそかに目標だったのに!

 貴美子は、一度悪態をついてから、ふぅ、と息をつく。


 切り替えよう。


 とにかく、今は この試合の変化に対応すべきだ。

 ボールをフロントコートへと運びながら、貴美子は、その主たる変化に目を向けた。


 あいつ、出ないんじゃなかったのかよ。


 羊雲Cの水卜と交代で入った本郷遥とそっくりな女。

 本郷ナツ。


 1プレーだが、既にすごいやりづいらい。

 身長的には、中野の勝ち。体格的にも動き的にもCのそれではなく、どちらかというとPFで、力で押せば勝てそうだが、うまいことかわされてパスコースを塞がれている。

 それでいて視野が広く、右サイドの辛坊と青山の動きをしっかりと捉えていた。


「まるで遥さん」


 いや、遥は、あんな細やかなプレーはしないか。

 貴美子の知る遥は、もっと雑で、才能に任せたような荒いプレーをする女だ。

 相手のプレーに合わせ、また、チームメイトのディフェンスをカバーするような、そんな面倒なプレーをするような女ではない。


 言ってしまえば、真逆のプレイスタイル。

 顔が似ているものだから、ものすごく奇妙。

 まぁ、それは置いておくとして。


 どう攻めるかな。


 実のところ、この試合、ずっとやりづらい。

 その理由は、圧倒的Cの不在。


 中学時代、貴美子がプレーしていた飛鳥中学には、金本純という全国有数のCがいた。ゆえに、Cの勝負で負けているという状態を、彼女はよく知らない。

 だからといって、中野を責めるつもりはないが。

 やはり、バスケは中から展開するものだろ。


「中野! ハイポスト!」

「はい!」


 フラッシュアップしてきた中野に、貴美子はボールを入れた。


 ハイポストからの1on1。


 中野の顔を見れば、その気がないのは間違いない。

 定石通り、貴美子は、中野の横を走り抜ける。


「小町! スイッチは!?」

「不要です!」


 さすがに何度も通じない。

 特に、ナツはよく声を出すので、スクリーンプレーがやりにくい。

 貴美子の走るラインを小町が遮り、中野との間に割って入る。

 小町の動きを見て、中野はかるいフェイク。

 そして、ボールを手元に戻す。


 こういう状況判断はできるんだよなぁ。

 だけど、それでは足りない。


「中野! 攻めろ!」


 Cは点を取りに来るから怖いんだ。

 負けてもいいから、一度だけでも攻めろ!


 ゴール下に走り込んだ貴美子は、そのまま左サイドに流れる。

 中野は、フェイクの流れで、逆向きにターンする。

 リバウンドの際もそうだったが、中野のいいところは言われたら、すぐやるところだ。

 もともと小技はうまい。


 フェイクでナツは反応が遅れた。

 が、それでもナツを抜くことはできなかった。

 単純にターンが遅い。

 しっかりと並走され、そこからゴール下のパワー勝負へと突入した。


「ちっ!」


 意外なことに、ナツはあからさまに接触プレーを嫌がっていた。

 そこまでひょろくもないが、力勝負は好きでないらしい。

 中野は、ローポストの位置まで押し下げた。


 そこからドロップステップ。

 肩を入れての強引なロールターン。


 若干オフェンスファール気味の無理な攻めだが。

 笛は鳴らない。

 そのまま、中野はジャンプシュートを放った。


 ディフェンスファールを嫌ったのだろう、ナツはハンズアップのみ。

 ボールは、ボードに当たり、リングに当たり、

 そしてゆるりとネットを揺らした。


「おっし!」


 中野、思わずガッツポーズ。

 あいつ、意外と感情豊かだな。


 今回は、攻めの姿勢を見せることが目的。

 Cが攻めてくる、という選択肢を相手に与えること。

 シュートを外しても仕方ないと思っていたが、儲けものだ。


 いや、中野の実力だろう。

 低レベルのCと決めつけていたが、認識を改める必要がありそうだ。

 ふ、と貴美子は笑みを浮かべる。

 これで、このチーム、おおよそ理解できた。

 遥だろうが、ナツだろうが関係ない。

 このまま、勝たせてもらう。

 




 羊雲チーム 19 vs 29 白藤チーム

      2Q 残り3分


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