第6.11話 タイムアウト

 羊雲チーム 14 vs 27 白藤チーム

      2Q 残り5分





 小町が、パイプ椅子を蹴り倒した。


「あんた、やる気ないんですか!」


 ガシャン! と激しい音を立てて、パイプ椅子は後ろ向きに倒れる。

 彼女の視線の先にいる進々は、肩で息をして、ただ真っすぐに立ち、視線だけを逸らしていた。


「どうして攻めないんですか! あなたなら、あんなディフェンス簡単に抜けるでしょ!」

「……」

「このままじゃ負けますよ! それでいいんですか? バスケ部が創れなくても!」

「……」

「あなたが言い出したことでしょ! バスケ部を創りたいから、この試合に勝ちたいって、だから、私の力が必要だって頼んできたのはあなたでしょ!」

「……」

「そのあなたが、あんなチキンプレーをしてどうするんですか!」

「……」

「何か言いなさいよ!」


 進々に詰め寄る小町を、凪月はあわてて止めた。

 こいつ、こんなに熱い奴だったのか。

 たしかに負けず嫌いなのは、この数週間でわかっていたが、まさかここまでとは。

 小町の言うことは間違っていない。


 2Q、ここまでの5分が、1Qに比べて特別ひどかったわけではない。同じようなプレーの応酬。ただ、白藤のシュートは決まり、羊雲のシュートは入らなかった。

 白藤は、足を動かし、ボールをまわし、フロントコートをかき乱し、最後にゴール下でイージーシュートを決める。


 一方で、羊雲は、小町とカトリーナのワンパターンな攻め。さすがに白藤に看破され、チームディフェンスによって、難しいシュートを強いられ、結果、外れる。

 いや、それだけではない。

 最も大きい要因は、ベンチに座り込んでいる彼女。


「……」


 華の疲弊だ。

 1Qでは、シュートが外れたとしても、華がリバウンドを取って挽回できた。そのセカンドチャンスが、シュートの成功率を高めていた。

 インターバルの時点で不安であったが、華の疲労は限界に近かった。

 おそらく、彼女自身でも、想定を超えているに違いない。


 だが、自制が効かない。


 何度か試合をしていれば、4Q、もしくは2Qを走り切るペース配分を自然と身体が覚えるものだ。けれども、華はこの試合が始めて。もちろん小学生チームとの試合はあったが、同年代の、それも県トップレベルのプレイヤーとの試合と比べるべくもない。


 そんな華に、自制しろというのも無理な話だ。


 つまり、華のリバウンドは期待できない。

 残り5分、13点ビハインド、リバウンダー不在、この状態で羊雲が勝つためには、強力なオフェンス力が必要だった。

 ゆえに、小町は進々を睨む。

 その気持ちはわかるが。


「なぁ、小町。おまえの言っていることは間違っていないが、進々には進々の事情があってな」

「バカにしないでください。そんなの見ていればわかります」


 小町は、ぴしゃりと告げた。


「白藤の7番、8番あたりと何かあったのでしょ。あの子達の頭のわるそうな顔を見ていればわかります」


 凪月は素直に驚く。

 さすが、女子だな。


「でも、そんなの関係ないでしょ!」


 正論を、小町は訴える。


「あなたは、私に、この試合で勝ちたいと言いました。絶対に勝ちたい、勝ってバスケ部を創ってバスケを続けたい、そのためだったら何でもするって、あなたは私に言ったでしょ! あなたがあんまりにも必死に頼むから、仕方なく、仕方なく、私はあなたに協力してあげようとって思ったんです!」


 仕方なく。


 まるで自分に言い聞かせるように、小町は強調した。


「それなのに、どうしてあんな奴らを無視することができないんですか! 何でもするって言葉は嘘だったんですか!」


 小町もまた、進々の熱意に心を動かされたのだろう。

 だから、この試合に協力した。

 仕方なく、とごまかしながら。

 その進々が、目の前でびびっていれば、声を荒げたくもなる。

 見たかったものは、そんなものではない。

 そう理不尽な怒りをぶつけたくなる。


「……」


 小町の激情を受けても、なお、進々は俯いて、視線を逸らして、ただ震えるだけだった。

 それほど巨大な敵なのだろうか。

 あんな二人が。

 いや、進々が怖がっているのは、あの二人じゃない。その向こうにある闇、いや、むしろ内側にいる恐怖、凪月には想像もできない大きな何か。

 そこには、理屈でも、激情でも届かないのか。


 凪月は、実のところ期待していた。

 この試合のどこかで、進々の病気が治ることを。

 けれども、そんな簡単な問題ではなかったようだ。


 だとすれば、どうしたらいい?

 この試合に勝つには。


 いや、勝ったとしても、この先、進々はちゃんとプレーできるのか?

 答えはでないまま、タイムアウトの時間が終わり、ブザーが鳴る。


「あなたには失望しました」


 吐き捨てるように言って、小町はコートへと戻った。

 冷え切ったベンチ。

 この負け試合の感覚を凪月は知っている。

 どうにか、空気を変えなくては、と凪月は言葉を探したけれど、そんな都合のいい言葉があるわけもなかった。


 それでも言葉を発したのは、プラチナブロンドの彼女。


「You’ll never find a rainbow, if you’re looking down」

  

 カトリーナは、進々の前で屈み、彼女の顔を両手で抱え込んだ。


「進々は、バスケが好きですか?」


 急に、しんと静まり返った体育館で黙り込む進々に、

「Don't worry です」

 カトリーナはにこりと微笑みかけた。


「バスケは、進々が好きですよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る