第6.4話 パワーレイアップ

 あのジャンプ力は脅威だな。

 貴美子は、そのでたらめな素質を素直に羨ましいと思った。

 背が高くて、ジャンプ力もある。動きこそ粗削りだが、羊雲の15番、水卜は、間違いなく逸材だ。


 いるんだな、あぁいうの。


 2年後には、いいCセンターになっているかもしれない。

 遠征から戻ってきたら、じゅんにも教えてやろう。


 さて、と貴美子は、ボールをフロントコートまで運ぶ。

 羊雲のディフェンスはハーフコート。

 悠々とボールを運び、待ち受ける羊雲の6番、小野と対峙する。

 この試合での貴美子の目的は2つ。

 小野との勝負と、同学年のチームメイトの能力の確認。

 勝利は必須であるが、だからといって漫然と勝っても意味がない。

 これは練習試合なんだ。

 実戦形式での練習の機会は貴重。

 もちろん白藤では、紅白戦を頻繁に行う。しかし、実際に勝利を賭けての試合と比べれば、緊張感が違う。おのずと、プレイヤーの選択も変わり、そこで見せるプレーこそが、そのプレイヤーの実力である。

 来年、もしくは再来年に一緒にプレーするかもしれないチームメイトの実力は早めに把握しておきたい。


 それと、小野。

 彼女とは、実力が伯仲していると思っている。

 わるくいえば鬱陶しく、よくいえば、よき練習相手だ。

 聖天女学院のPGとして、中高と対峙していくと思っていたが、羊雲のPGになっている。

 まぁ、どこでもいいけれど、3年間、よろしく、だ。

 そこまで踏まえた上で、貴美子がとるべき選択肢は。


 とりあえず、様子見だよな。


 馬場コーチから細かい指示は出ていない。やる気がないのか、それとも、貴美子と同じ考えなのか。どちらにせよ、この試合では、それぞれの思うままにプレーしてもらう。

 だからといって、このオフェンスをおとしたくはない。


 一本目の奇襲は、まぁ、いい。


 他の連中の動きを見ても狙っていたのだろう。

 あのCを持っていれば、たしかに一度は試してみたくもある。

 ただ、羊雲側に流れがいくのはおもしろくない。

 だとすると、


「安牌に放りたくなるよな」


 一度、ドライブの姿勢を見せてから、貴美子は、左サイドにパスを繰り出した。

 受けたのは銀島。

 対峙するのは、羊雲の7番、カトリーナ。

 貴美子は、パスした流れでリングに向かってカットする。

 Cの中野は、逆サイドだ。

 水卜の身長にびびっているのか、フラッシュしてくる気配はない。

 いずれ中野には、どこかでポストアップさせたいが、今はこれでよい。


 銀島の前にスペースが空いた。


「外人さんのお手並み拝見か」


 開いた姿勢で貴美子が逆サイドに流れるのを見送ってから、銀島は動いた。

 カットした貴美子へのパスフェイク。

 そこから、銀島はシュートモーションへと入る。

 カトリーナが、かるくチェック。


 その瞬間が契機。


 銀島がドライブをしかけた。

 出されたチェックの手の方向へ。

 すかさずカトリーナは反応した。

 いい反応だ。

 ぴたりと銀島の横についている。

 だが、並んだ時点で銀島の勝ちだ。


「っ!」


 しっかりと肩の入ったドライブが、強引にリングへの道を開く。


 ダムン!


 一度強くボールを床に打ち付け、手元へと引き寄せる。 

 カトリーナを背に、

 銀島は、しっかりとステップを踏み、

 跳ねた。


 決して逃げない銀島の得意プレー。


 パワーレイアップ。


 ボードにしっかりとボールを当てて、難なくネットを揺らした。


「余裕」


 銀島の澄まし顔に、貴美子は思わず笑みをこぼす。

 まぁ、この分だと余裕だな。


 羊雲チーム 2 vs 2 白藤チーム

     1Q 残り9分



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