第6.3話 先取点

  高く跳べ。


 凪月は、華にそう指示した。

 ジャンプボールにも、それ相応の技術がある。

 けれども、華に教えるのは、後回しでいい。

 彼女がすべきことは、高く跳んでボールに触り、そして、味方にボールを渡すこと。

 サークルの配置は順当。

 おそらくジャンプボールでの不利を白藤は自覚している。


 ゆえの後手の配置。


 四方に陣取る羊雲のプレイヤーに一人ずつ、白藤のプレイヤーがついている。

 まさに順当。

 バスケをやってきた者ならば、こう配置するだろう。

 ジャンパーの仕事は、相手に競り勝ち、味方の陣取る位置にボールを落とすこと。

 それがセオリー。

 

 ただ、白藤の連中は知らない。

 華がずぶの素人であることを。


 跳んだ状態で、ボールを狙った位置に落とすなんてそんな高尚なこと、華にはできない。

 そこで、凪月はできるだけ単純な指示を出した。

 トスアップされたボールを追って、華と、白藤のC、中野が跳んだ。


「えい!」


 その歴然たる高さの差に、感嘆せざるをえない。

 ボールが最高点から、少し落ちたところ。

 中野の指の先のはるか上に、華の掌はあった。

 ボールに触れたのは、華が先。

 触れた瞬間、華は思いっきり、その腕を振り抜いた。

 

 高く跳べ。


 そして、打て。

    

 ジャンパーなど気にせず敵陣へとボールを運ぶ。

 ミニバスケだと、たまに見る戦法だが、いくら女子バスケといえど、高校でやるチームはないだろう。

 その先入観。

 さらに、ジャンピングで必ず勝てるという確信のもと、決行したわけだが。

 反応したのは、ほぼ正面にいた白藤の7番、辛坊。

 だが、


「なっ!」


 虚を突かれたこと、

 それと、その速度によって、弾くだけに留まった。

 ボールは、フロントコートへと転がる。

 ルーズボール。


 制したのは、羊雲。

 カトリーナだ。

 必然。

 この奇襲を知っていた羊雲チームが先に反応していた。


「疾風サンダー!」


 謎の声をあげたのは、カトリーナがボールを前へと送り出した後だった。

 無造作に見えるが、確実なパス。

 リングへ走る者へのライン上にボールは届く。


「おっしゃ!」


 ボールを手にしたのは流々香。

 走り出しが早かったから、だろう。

 完全にフリーの状態。

 流々香は、丁寧にステップを踏んで、


「よっ」


 レイアップシュートを決めた。


「やった! 流々香!」

 進々の声が再度得点を告げた。

「おい、進々! さっさと戻れ!」

 まったく、と凪月は呆れる一方で、あまりにうまくいったことに驚く。


 流々香のレイアップシュートは様になっていたが、成功率は10%といったところ。10回中1回がたまたま最初にきたのだろう。

 贔屓めに見てもヤクルトジャンプだったが、流々香は大げさに着地して、グッと拳を突き上げ、


「とったどー!」


 けっこう残念なカチドキをあげた。

 はぁ、と凪月はため息をつく。


「ルル姉もさっさと戻れ! ディフェンスだ!」

「わ、わかっているわよ!」


 あわててバックコートに戻る流々香を見て、凪月は呆れる一方で、少し安心する。

 とりあえず、先取点だ。


 羊雲チーム 2 vs 0 白藤チーム

     1Q 残り9分

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