第6.2話 白藤1年

「へぇ、キャプテンなんだ」


 道後貴美子は、特に感慨もなく呟いた。

 先日、スポーツショップで会った子だ。たしか、とかいう女の子。

 羊雲から渡されたメンバー表をマネージャーに見せてもらったところ、進と二回書く変わった名前だった。あれでトマルと読むのだから、本当に変わっている。

 うじうじとしていて、とてもキャプテンなんてできそうな子には見えなかったけれども。


 それ以上に、他がだめなのか。


 と思えば、6番に小野小町がいる。

 おそらくだが、羊雲なんて弱小チームとの練習試合を組んだのは、小野がいたからだろう。聖天女学院の元PG。中学時代の優勝候補チームとして、同じくPGの貴美子は、必然とマッチアップする機会が多かった。

 当然、小野は聖天女学院の高等部に進学するのだと思っていた。

 しかし、今、小野は、羊雲学園にいる。


 何やってんだか。


 そもそも、とっつきにくい性格で、何度も顔を合わせたことがあるというのに、言葉を交わしたことはあまりない。

 ただ、その実力は確かだ。


 というのに。

 小野が6番て。


 別に番号は、バスケがうまい順につけられるわけではないし、最もうまい人がキャプテンになるわけでもない。それでも、チーム内で番号をあてがうと、CAP番号の4番は別としても、自然とうまい順に番号がふられる。

 あの5番、七竈流々香とは何者だろう。

 中学時代に見たことがない。それに、練習を見たところ、ずぶの素人のようだが。

 もしかしたら先輩なのかもしれない。それで上の番号をあげたとか。


「あの15番、大きい」

「ん? 気になるの、ギン?」


 横に並んできたのは、銀島栞だ。

 ベリーショートの髪の彼女は、ふとすると青年にすら見える。その羨ましい限りの白い肌と、色素の薄い瞳が、か弱さを演出しているが、プレイスタイルはまったくの逆だというところがおもしろい。


「2mくらいある」

「いや、さすがにないだろ。180㎝くらじゃないの?」


 それでも確かに大きい。

 銀島も大きいが170㎝なかったはず。Cの中野も銀島より少し大きい程度だった。

 貴美子としては、見上げなければならないという点で、羊雲の15番、水卜華も、銀島も同じだが。


「ゴール下は注意した方がいいかもな」

「リバウンド、がんばる」

「そうだな。中野にも言っておくか。あんまりリバウンド負けると、馬場コーにどやされるぞ、って」


 見たところ、水卜はさほどうまくなさそうだ。

 とはいっても、10㎝の身長差は脅威。

 警戒はしておくべきだろう。


「外人さんもいる」

「あぁ、あいつな。カトリーナ・山寺。ハーフみたいだな」


 羊雲の7番。外人部隊といえば、葉桜の専売特許だが。

 プラチナブロンドの髪をきれいに編み込んでおり、そのセットにいったいどれだけ時間をかけたんだと貴美子は密かに疑問だった。

 その疑問は置いておいて、カトリーナのボールハンドリングは、なかなかのものだ。

 けっこう身長もあるし、おそらく羊雲の点取り屋スコアラーだろう。

 身長的に銀島がマッチアップすることになるだから、気にするのもわかる。


「髪、きれい。羨ましい」

「そっちか」


 金髪に興味があるとか、意外だ。ギンなのに。

 確かに美人ではある。

 しかし、さっき、床をバシバシ叩いていたのは何だったんだろうか。


「あの髪型、やってみたい」

「編み込みか? いや、ギンの長さじゃ無理だろ」

「……」

「……今度、伊勢谷いせや先輩に聞いてみるか。エクステでなんとかならないか」

「うん」


 ベリーショートにしておいて、髪型を気にするあたり、矛盾を感じるが、そのあたりの銀島の感性を、貴美子は未だ理解できなかった。


「あと、ギンも名前覚えろよ。あとで合同練習もあるんだぞ」

「……努力する」


 銀島がひょいとかわしたところで、馬場コーチから集合がかかった。

 馬場コーチは、さほどやる気があるように見えなかった。それもそのはずで、彼女は、できれば上級生の遠征についていきたかったのだろう。

 こんな練習試合がなければ、今日、審判をしている植田コーチに任せて、馬場コーチもついていったに違いない。

 どうして、こんな試合に、という気持ちがぬぐえないのだろう。

 それは、貴美子も同じだった。

 一年生で一人だけ遠征に参加している金本が羨ましい。

 ポジションが違うから、仕方がないのだけれども、自らの力のなさを痛感する。

 まぁ、試合ができる分、こちらもわるくはない。遠征に参加しても、試合に出れたわけではないだろうし。


 馬場コーチがスターティングメンバーを発表し、特に指示という指示もなく、コートに入った。


「トマルがキャプテン……ぷぷぷ」

「ちょっと、千夏、わるいよぉ」


 辛坊しんぼう青山あおやまが、また笑っている。

 彼女達は、バスケはうまいのだけれども、意地がわるい。

 あのトマルという子との関係は、よくわからないけれども、あまり見ていて気持ちのいいものでない。

 口は挟まないけれど、もう少し自重してほしい。

 それとなく目を逸らすと、羊雲学園のベンチが目に入る。

 いろいろと謎の多いチームであるが、一番の謎は、あいつだ。


「どう見ても、遥さんだよな」

「うん。遥さん」

「でも、違うんだとさ」


 既に本人に確かめた。

 本郷ナツ。

 聞けば、遥の親戚だという。

 親戚にしては似過ぎているし、スターティングメンバ―でもない。


 もう、謎だ。


 まぁ、悩んでいても仕方がない。

 試合が終われば合同練習だし、そのときに、もっといろいろ聞いてみよう。

 さぁ、まずは試合だ。

 貴美子は、気持ちを切り替えて、コートの中央に整列し、


「お願いします!」


 礼をした。

 すぐさま、サークルの周りへと移動する。

 サークル内では、両チームのCが向かい合う。

 そして、審判が見計らってから、ボールを、高く、投げ上げる。

 キュッとバッシュが床を擦る音が鳴る。

 

 練習試合が始まった。


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