6. As prisoned birds must find freedom

第6.1話 スターティングメンバ―



――Siegfried Sassoon, "Everyone Sang" より




 白藤高校の体育館は、よくいえば年季が入っており、わるくいえば古かった。十年くらい前に建て替えたばかりの羊雲学園の体育館と比べるのは酷だが、壁は汚れ、床にはいくつもの傷があった。ただ、やたらと大きい。バスケコートは悠々と二面入り、天井は高く、観覧席が取り囲んでいる。


「Oh! 忍者屋敷でござーる!」

「違う」

「畳リバース!」

「やめろ」


 凪月なつきは、体育館の床をバシバシ叩くカトリーナの首根っこをひっつかんだ。

 ていうか、畳ないし。

 白藤高校との練習試合。その試合会場は、まぁ、当たり前だが、白藤高校の体育館となった。できれば、市民体育館ホームがよかったのだが、さすがに白藤のバスケ部を市民体育館に呼びつけるわけにもいかなかった。


「何だか、緊張してきた」

「気のせいだ。とにかく走れ」

「お、おう!」


 苦しそうに胸を抑える進々すすむを適当に走らせ、凪月は、そっと白藤高校の練習風景に目を向けた。

 まず、声がよく出ている。その掛け声に合わせて行われる整列されたフットワーク。リズミカルな動きは、まるでダンスでも踊っているかのようだ。彼女達の所作を見れば、少なくとも運動のできる肉体を有していることがわかる。


「さすが、白藤だな」

「でも、一年生しかいないようですけど」

「そうみたいだな」


 横に並ぶ小町こまちに、凪月は頬をかいて答えた。


「レギュラーと上級生は遠征でいないんだそうだ。そこで、今日は、一年生があたし達の相手をしてくれるんだとよ」

「それは都合のよいことですね」


 まったくだ、と凪月はさすがに感嘆せずにはいられない。

 白藤高校との試合と聞いて、正直、凪月にはまったく勝てるイメージが湧かなかった。どうがんばっても、結成して一ヵ月に満たないチームで、県ベスト4の白藤を打ち破ることなどできない。

 しかし、白藤といえども、一年生チームとなれば、話は別である。

 入学して、一ヵ月程度。白藤の名を冠するには、まだ早い。中学生に毛が生えた程度のプレイヤーであれば、勝ち目もあるというもの。


「とはいっても、県内オールスターみたいなかんじだけどね」

「まぁ、な」


 知ったふうな口をきくのは、この一年生チームとの練習試合を仕組んだ張本人、流々香るるかである。


「ふん。いいカードを揃えれば勝てるわけじゃないのよ。大事なのは効果とタイミングと運なんだから」

「何の話をしているんだ?」

「トラップカード、オープン!」

「するな。揃えて、仕舞って、片づけろ」


 まぁ、ルル姉は存在そのものがトラップみたいなもんだけど。

 しかし、流々香の言は半分間違っている。たしかに、県内のバスケ女子のトッププレイヤーは、葉桜と聖天は異質として、白藤に集中する傾向がある。ただ、今年に限っていえば、必ずしも上から順にとはいえない。


 なぜなら、今年は、大神高校がある。


 今年の高校女子バスケの人気は、白藤と大神で二分した。そのおかげで、今年の白藤は、見たところ、おおよそのプレイヤーが中の上。

 手が届かないとも言い切れない。

 この点に関しては、はるかに感謝だ。


「でも、やっぱりみんなバスケうまいですね」

「そりゃそうだ。あいつら、中学でずっとバスケやっていたんだから」


 ベンチでタオルを片手に不安がるはなに、凪月は声をかける。


「はじめて一ヵ月の華が敵う相手じゃない」

「そうですよねぇ」

「だから、格好いいプレーをしようなんて思うな。胸を借りるつもりで、思いっきりプレーすればいいんだ」

「は、はい!」


 華の肩を叩いて、コート上に戻す。

 そう、いくら県のベストでなくとも、白藤のプレイヤーは、総合的に見て羊雲うちよりベターであることに違いはない。

 特に、注意すべきは、二人。

 

 PGポイントガード道後貴美子どうごきみこ

 PFパワーフォワード銀島栞ぎんじましおり

 

 両名とも、飛鳥中学の出身だ。

 彼女達にCセンター金本純かなもとじゅんを加えて、金銀銅きんぎんどう三姉妹と呼ばれていた。

 いや、もちろん姉妹ではないが、そんなあだ名をつけられるくらいに有名であったということだ。その実力は確かで、彼女達は、昨年、県で2位、そして全中に出場している。

 金本も白藤に入学しているが、彼女はレギュラー組と一緒に遠征に行っていた。

 

 危ねぇ。


 さすがに、中学時代県トップのCがいたら、勝率はかなり低くなっていたことだろう。

 さらに試合は2Qクオーターのみ。

 後の時間は合同練習ということで話がついている。

 白藤としても、大差のつくかもしれない試合で、4Qをやりたくないだろう。

 2Qならば、流々香と華の体力もぎりぎりもつという判断だ。

 

 事前に用意できる条件としては、かなりいい条件を揃えられた。

 

 あとは、試合で勝つこと、それだけだ。


 審判は白藤の若いコーチが引き受けてくれた。どうやら大学の実習生のようだ。メインのコーチは、遠征に向かっただろうから、今、ベンチに座っているのはアシスタントコーチか。

 オフィシャルやモップもすべて白藤の生徒が入っており、小学生チームとの試合よりも格式張っていた。

 試合、ってかんじだな。

 試合開始まで、残り一分となり、笛が鳴る。


「集合!」

 凪月が声をあげると、ほぼ同時に、白藤も集合をかけていた。

「もっと走って来いよ。白藤みたいに」

「いいじゃないの。私達、スタメン発表とかもないんだし」

 流々香が、腰に手をおき悪態をついた。

「いよいよですね」

 と続けたのは、華だ。

「どうでもいいですけど、このユニフォーム、ださくないですか?」

 小町が胸元をぐいと引っ張って、不平を漏らした。

 昨年度、使用していたユニフォームが捨てられずに残っているのを、流々香が発見したのだ。

 なければないでゼッケンでよかったのだけれども、共通のユニフォームを着た方が、連帯感が生まれる。

 これは、これでよい。

 ちなみに、白藤は赤いギブス、羊雲は白いユニフォームだ。

「HaHaHa! たしかに、これは、unchicだけど、こまちゃんがCute!だから無問題だよ!」

 カトリーナの軽口に、小町が鼻を鳴らして流した。

 

 凪月はあえて黙った。

 コーチとして、声を出して送り出してやるべきかもしれない。

 けれども、ここで音頭をとるべきは、自分ではないと、凪月は思った。

 あるべき者、進々は、ふぅ、と息を吐いてから、白いヘアバンドをぐいとあげた。


「さぁ、行くんだ」



★★★



〇羊雲学園


外村進進(CAP)  No.4

七竈流々香     No.5

小野小町      No.6

カトリーナ・山寺  No.7 

水卜華       No.15 (※No.15以降が大サイズだった)

 


〇白藤高校


道後貴美子(CAP) No.4

銀島栞       No.5

中野朋子      No.6

辛坊奈緒美     No.7 

青山千夏      No.8

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