第4.3話 争奪戦

 女子更衣室から戻ってきた進々は、蔑んだ視線を凪月に向けた。


「また、性犯罪を……」

「違う」


 凪月は、一喝してから、事態の説明を図った。

 とはいっても、凪月もおぼろげにしか理解できていないのだが。

 突如現れた男の子のとりとめのない言葉をつなぐと、以下のような主張のようだ。


「つまり、体育館を返せということだ」

「いや、説明になってないから」


 少しはしょり過ぎたか。


「この体育館は彼らのたまり場なんだそうだ。いつもここでバスケをして遊んでいるらしい。だから、その縄張りを荒らしているあたし達に出ていけと主張している」


 彼ら、というのは、はじめこそ1人だったが次第に2人、3人と集まっていき、今となっては8人にまで増えている。


「出てけよ! おれ達の体育館だぞ!」

「だそうだ」


 単純明快な理由である。

 相手は女子とはいえ、高校生だ。彼ら、小学生から見れば、ほとんど大人だろう。そんな凪月達に、おじけずに、くいかかってくるあたりは、無謀というべきか、勇敢というべきか。

 まぁ、いずれにせよ、大人な凪月達は、もろもろの事実関係を確認しておく必要がある。


「で、どういうことだよ、ルル姉」

「え? 私?」


 流々香は、意外そうな顔を見せた。


「いや、ルル姉がここを予約したんだろ」

「したわよ。ちゃんと正当な方法で手続き通りに」


 ぷんすか、と怒る流々香は、嘘を言っているようには見えない。

 とすると、こちらの小学生達が勝手に体育館を使っていたということか。


「嘘だ! おれ達が予約していたんだぞ! そいつが横入りしたんだ!」


 小学生の主張を聞いて、一同の視線が流々香に集まる。


「別に横入りはしてないわよ」

 だよな、いくらルル姉でも、そんなこと。


「ただ予約を削除しただけよ」

「「「おい」」」


 総突っ込みを受けても、まったく動じないあたり、さすが流々香である。


「さっき、正当な方法で、とか言っていなかったか?」

「だから、正当な方法で予約を削除したのよ。ここの体育館は18歳以上じゃないと予約できないの。それなのに、その子達、年齢を偽って予約していたから、規則に則って、正当に予約を削除したのよ」


 うわぁ。


 凪月は、思わず一歩足をひいた。

 いくら制度上、正当であろうが、子供相手に、その手段は倫理的に不当だろう。

 凪月が小学生達に同情している一方で、小学生達は諦めずに食い下がる。


「ち、違うぞ! あれは兄ちゃんの名前だ!」

「あなたのお兄ちゃん、まだ16歳でしょ。筒井貴つついたかしくん」

「な、何でおれの名前を!?」


 ……こわっ!

 ルル姉こわっ!


 一同がドン引きしているのを、さすがに気にしてか、流々香は、むっとした顔をする。


「そんなに難しいことじゃないでしょ。名前は、予約の名簿を見ればわかったし、住所も書いてあったから、すぐに家もわかったし、表札出していたから、家族構成もわかったしね。ちなみに、兄の方はうちの学校の生徒だったから、身長も体重も成績も、好きな女の子の名前までわかっているわよ。うふふ」

「だから、怖いんだよ!」


 もはや犯罪臭がする。


「えー、バーロー並みの名推理でしょ?」

「高校生探偵も真っ青だよ!」

 どっちかというと黒い組織のボス的な存在なんだよ!

「見てみろ! 小学生がガチびびりしてんじゃねぇか!」

「何よぉ。私がわるいっての?」

「あんた以外に誰がいるんだよ!」

「犯人は、この中にはいない!」

「むりやり迷宮入りさせようとしてんじゃねぇ!」


 べー、と舌を出す流々香に対して、凪月は頭を抱えた。


 事態はおおよそ理解した。流々香としては、正当な方法で体育館の使用権を強奪したつもりだろうが、一般的に見て、しかも、小学生の立場からみれば、横入りされたようにしか見えないだろう。

 筒井貴と呼ばれた小学生も、足が震えてしまいそうなほど怯えているようだが、仲間の目を気にしてか、なんとかこちらに敵対の姿勢を示している。

 意地になっている小学生を説得するのは、なかなか骨が折れそうだ。

 凪月は、妹のくれないのことを思い出しつつ、経験的に悟った。


 さて、どうしたものか。

 腕を組み、顔をあげたところで、凪月は体育館内を見渡し、



「ふむ。じゃ、バスケで決着をつけよう」


 と提案した。


「「「バスケで?」」」


 総員が首を傾げる中で、凪月は名案だと確信していた。


「あぁ、あたし達はバスケをしにきたんだ。そして、君達もそうなんだろ。だとしたら、バスケをするのは、不思議なことじゃないだろ」

「いや、そうだけど」


 貴は、渋った顔を見せた。


「そんなの、勝てるわけないじゃんか! そっちは、大人だろ!」

「大丈夫、大丈夫、大人っていっても高校生だし、半分は素人だから。ついでにハンデもやるし」

「でも……」

「なんだよ。威勢がいいわりに、煮え切らない奴だな。ゲームは10分の一本勝負、リングの高さはミニバス用、もちろんボールもな。それから、こっちは10点ビハインドからのスタート。これで文句ないだろ」


 それでも、貴が首を縦に振らないので、凪月はかるく笑ってみせた。


「おいおい、これだけハンデもらって勝負すらできないのかよ。男のくせに」

「なっ! そんなんじゃないやい!」


 貴はわりと簡単に挑発にのってきた。


「そこまで言うんだったら、やってやるよ! 後悔しても遅いんだからな!」

「よーし、その意気だ。試合は30分後な。怪我しないようにしっかりアップしろよ」


 啖呵をきった貴は、そのまま他の小学生に振り返り、年相応の高い声で気合を入れていた。

 一方で、凪月も、同様に女子勢を振り返った。


「ということになった」


 それぞれの顔を見れば、ぽかんとしている者が三名、不敵に笑う者が一名、無駄に楽しそうな者が一名。


「なった、って。え? 試合するの?」


 ぽかんとしていた進々が、やっと状況を理解したようだった。


「あぁ、そうだ。この体育館の使用権を賭けてな」


 同じくぽかんとしていた水卜が不安そうに述べる。


「あの、私はまだルールがよくわかっていないんですけど」

「大丈夫。やりながら覚えればいいから」


 さらに、小野が呆れたように言う。


「小学生と勝負するなんて、大人げないですね」

「そりゃそうなんだけど。まぁ、こっちも新生チームだし、ちょうどいいんじゃないかな」


 こいつ、言うこときついんだよなぁ。


「ふふ、小学生に勝負をしかけるなんて、ナツも悪ね」

「一緒にしないでくれ」


 流々香に対して凪月は切実に頼んだ。


「Yeah! はやくバスケしましょう!」

「Ya、Ya、Ya」


 弾けるような満面の笑みを浮かべるカトリーナとの絡み方がまだいまいちわからない凪月であった。

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