第4.4話 試運転

 サイドラインの中央、コート外から、小学生チームがスローインして、試合は始まった。

 さて、小学生の行うバスケを、通称ミニバスケットボールという。

 ほとんどのルールは、普通のバスケと同じだが、リングの高さ、ボールの大きさなど、いくつかルールが異なる。

 コートの広さも実は違うのだが、面倒なので通常の広さで行うことにした。


「よっしゃ! ばっちこい!」


 バックコートで、流々香が気合を入れていた。

 何やらスポーツを間違えている気もするが、元気がいいのでよいということにした。

 流々香は、白のタイトなスポーツウェアに、膝下までの黒のスパッツと、赤いショートパンツ。いわゆるランニングスタイルであった。別にわるくはないが、バスケをする上ではどことなく違和感がある。


 試合開始は、本来ジャンプボールから始めるが、ここもハンデとして、小学生チームからスタートすることとなった。ゆえに、女子勢はバックコートで、ディフェンスの姿勢をとっている。


「あの、ディフェンスって、こう、でいいんですか?」


 水卜は、かなりたどたどしいが。

 彼女は、羊雲学園の体操着を着ていた。デザインがださいと評判の紫の体操着。しかし、そのスタイルの良さのおかげで、まるで何かのファッションのようにも見える。


「あぁ、それでいいぞ。自分のマークとボールマンを両方視野に入れるんだ」

「そんな、むちゃな」


 凪月の助言を受けて、水卜は困ったように、きょろきょろと周りを見まわしていた。

 あれじゃ、ざるだな。

 まずはディフェンスの練習が必要であることを凪月は確認した。


「ハナたん! Calm down!」


 きょどる水卜に、カトリーナは声をかけた。

 ノースリーブの赤いブルズのユニフォーム。そして、統一感のある黒と赤のジョーダンモデルのバッシュを履いた彼女は、それだけで一種の風格を醸していた。 

 たしか、華というのは、水卜の名前だったはず。

 結束感を得るためには、下の名前を呼び合ったり、あだ名をつけたりするのはありだ。

 その点、カトリーナのフランクさはチームにとって良い影響を与えている。


「Defenceなんてテキトーにやればいいです。蝶のようにDancingです!」

「蝶のように……」

「水卜、カトリーナの助言は無視しろ」


 ついでに悪い影響を与える可能性もあるので、注意が必要だ。

 ボールは、PGポイントガードに渡り、それからSFスモールフォワードの位置にいる貴へと渡った。

 対するのは進々で、


「絶対勝つ!」


 と意気込んだはいいものの、


「言ったそばから抜かれるな!」


 意気込みだけの進々は、瞬く間に小学生に抜き去られていた。

 なまじ中途半端にバスケを知っているだけに、水卜よりもたちがわるい。彼女のディフェンス力を鍛えるのは至難だな、と凪月は頭をかいた。

 貴のボール捌きはなかなかのもので、進々を抜いてからのレイアップシュートは様になっていた。


「へへ、余裕じゃん」


 コート外の小学生が、スコアボードの点数票をめくった。



 羊雲チーム 0 vs 12 小学生チーム

       残り9分 



 小学生達の一連の動きを見て、凪月は素直に感心した。

 想定よりも、バスケをしている。

 もっと素人バスケとなることを予想していたのだが、しっかりとした点取りゲームとなりそうだ。

 ただ身長が大きいというメリットだけでは、勝てない相手。

 それは、つまり、願ってもない対戦相手であった。

 このゲームにおいて、勝敗は重要ではない。彼女達の実力を測ることが主目的であり、ものさしとして、小学生チームは、十分な役割を果たしてくれそうだ。


「まぁ、だからって負けていいわけではないんだけどな」


 重要ではない。

 だが、ゲームをする以上、勝敗にこだわるのは前提条件だ。

 そして、バスケプレイヤーであるならば、そんな当たり前のこと、身体に染みついているだろう。


「小学生に抜かれるなんて、みっともないですね」


 小野は、吐き捨てるように呟いた。


「まぁ、取り返しますけど」


 どうやら、手を抜く気はなさそうだ。

 見たところ、普通の精神状態のようで安心した。

 実は、試合前にひと悶着あったのである。



     ★★★


『私、やりたくありません』

『は? 何でだよ?』

『だって、相手は男ですよ!』


 あぁ、なるほど。

 そういえば、小野は男性恐怖症という病気をもっていたのだった。


『いや、男といっても、小学生だぞ』

『小学生でも嫌です! 男なんて、どうせ、いやらしいことしか考えていないんですから!』


 まぁ、さっき尻をもんでいたしな。


『バスケの最中にそんなことをしている暇ないだろ』

『それは、そうかもしれませんが……』

『もしかして、小学生に負けるのが怖いのか?』

『そ、そんなわけないじゃないですか!』

『だったら、試合できるよな』

『もちろん! ……いや、でも、そんなあからさまな挑発に乗るようなこと』


 ふむ、さすがに小学生ほど単純ではないか。


     ★★★



 などというすったもんだがあり、なんとか試合にまで引っ張り出したわけだが。

 ゲームが始まってしまえば、男も女も関係ないか。

「お手並み拝見だな」

 ディフェンスはマンツーマン。

 小野のマッチアップの相手は貴だ。

 フロントコート、3Pスリーポイントラインの外側で、小野と貴は対峙していた。

 ダムン、と三度、ボールで地面を鳴らしたところで、小野は仕掛けた。

 

 クロスオーバー。

 左から右への切り替えし。

 単純でこそあるが、さすがにキレがある。

 貴のディフェンスも様になっているが、小野のドライブを止めるには至らない。

 チームディフェンスの心得が多少あるようで、チームメイトがカバーに向かう。

 だが、あれだけきれいに縦に割られては、間に合わない。

 最後はかるくステップし、教科書通りのレイアップシュートを決めた。

 


 羊雲チーム 2 vs 12 小学生チーム

       残り9分 

 


「リングの高さが違うと、気持ちがわるいものですね」


 小野は、ぽつりと零した。


「ナイッシュ! 小町ちゃん!」


 進々が声をかけると、小野はまんざらでもなさそうに鼻を鳴らした。


「当然です。点は私が取るので、あなたはまじめにディフェンスをしてください」

「うっ、が、がんばるよ」


 1人、項垂れているが、まぁ、いい流れ。

 彼女達は攻守を交代して、バックコートへと舞台を移す。

 引き返す最中、


「おい、小野」


 凪月は、小野を呼び止め、そして、一つ指示を出した。



「ドライブ禁止」


「な、何ですと!?」


 小野のリアクションは見ていて飽きないな、と凪月は密かに楽しんでいた。

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