3. Up! Up! my Friend, clear your looks

第3.1話 ビラ配り


――William Wordsworth, "The Tables Turned" より




 昨日は気にならなかったが、周りを見まわしてみると部活の勧誘がけっこう盛んであった。

 特に運動部などは、よりよい人材を確保するために、がたいのよい者を見れば跳んでいき、勧誘のビラを配っている。


「ちょっと遅かったな」


 生徒玄関の前で群がっている運動部を、少し離れた位置で凪月なつきは、見物していた。

 隣には、手作りのビラを持って佇む進々すすむ。彼女は、目の前の喧騒に完全に呑まれていた。


「いかないのか?」

「え? あ、うん、行くけど」


 進々は一歩だけ前に出てみたが、おずおずとその足を元に戻す。


「今は、むりかも」


 猪娘である進々でも怯える程のビラ配り位置争奪戦が、眼前では繰り広げられていた。


 ビラ配りはどこででも行えるわけではない。学外での勧誘や、校舎内での勧誘は禁じられている。ビラ配りを行えるのは、生徒玄関前から校門までのみである。さらに、生徒玄関から校舎までの通路を塞いではならないため、彼らはその通路の脇に張り付くように立っている。


 ビラを配りたければ、そこに割って入らないとならないわけだが。

 見たところ、騒然としている。

 あそこに突っ込めるのはラグビー部とか相撲部とかだけだろう。

 バスケ部は、たしかにフィールドスポーツで、ネットスポーツに比べれば接触プレーの多いスポーツであるけれども、基本、敵との接触は良しとしない。


 まぁ、単純に怖いだけだけど。

 この猪娘ならば、なんとかできるかと思っていたが、彼女が猪なのはコート上だけの話で、実際はそうでもないことがここ数日でわかった。


「ほら、意外と真ん中の方が空いているぞ」

「でも、あの辺男子ばっかりだし」


 そんなこと気にすんなよ、と凪月は思ったが、言葉にするのはやめた。

 つい最近、その手の話で進々ともめたところだ。まだ、心の傷が癒えていないのではないかと考えると、その加害者の一人である凪月は静観することしかできなかった。


「じゃ、あっちの女子が多いところはどうだ?」

「いや、あそこだけはむり」

「何でだよ。むしろ、あそこ以外むりだろ」

「だって上級生だよ。そんなところに割り込んで、目をつけられたら学校生活送れないし」


 うわー。


 女子同士にしかわからない、どろどろの上下関係が垣間見えた。

 ただ、ビラすら配れないのでは、バスケ部員を集めるなど不可能だ。なんとしても実行せねばなるまい。


「進々。バスケ部を創るんだろ? こんなところで躓いてちゃ一生むりだぜ」

「そ、それはわかっているけれど」


 びびった顔を隠せない進々を見て、凪月は呆れつつも、ハッと思いついた。


「いいか、進々。ここをコートの上だと思うんだ」

「え?」

「そして、あいつらはディフェンスだ。おまえはオフェンス。リングはあの向こう側にある」

「何言ってんの?」


 不審な視線を送ってくる進々を、凪月は叱りつける。


「おまえができないって言うからだろ!」

「ご、ごめん」

「目を瞑れ。そしてイメージしろ。あいつらはディフェンス、おまえはオフェンス。あの向こう側にレイアップシュート」

「私はオフェンス、あいつらはディフェンス。リングは向こう側で、レイアップシュート。あれ? ボールは?」

「手に持つビラがそうだ」

「そ、それはさすがに無理があるんだけど」

「イメージしろ。ただしドリブルはするな」

「これはボール、これはボール。うん、なんか、ボールな気がしてきた」


 単純な女だな。


「いけそうか?」

「うん! 行けそうな気がしてきた!」


 そう言って、進々は腰を低くし、ビラを胸元に掲げた。


「よし! 突っ込んでいけ!」

「おっけ!」


 凪月が号令をかけると、小気味のいかけ声が返ってきた。


「ん?」


 だが、威勢がいいのは返事だけで、進々は一歩も前に進もうとはしなかった。


「どうしよう、凪月くん」

「どうしたんだ?」


 凪月が尋ねると、進々は汗を垂らしてこちらを見上げた。


「ドリブルがつけないと進めない!」

「イメージを再現し過ぎだ!」


 大馬鹿娘であった。


「……ポスター貼りに行くか」

「……うん」

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