第1.6話 ディフェンス

「くっそー!」


 頭を抱えて、赤毛少女は悔しがっていた。

 感情表現が激しい女子だ。まぁ、勝負師というのは、得てしてそういうもので、遥も激情型なところがある。


 けれども、と凪月は思う。


 さっきのディフェンスは何?


 こちらのあからさまなフェイクにまんまとひっかかり、しかも大げさにシュートチェックにやってきた。


 ちょっと気が急いているのだろうか。

 というより、舞い上がっているのか。


 遥との1on1で一本取ったのだから、うれしくなり過ぎて、腰が浮き上がっており、反応が単調になっている。

 そう考えるのが妥当か。


「次は私の番ですからね!」


 赤毛少女はボールを拾って、凪月の方をぎろりと睨んできた。

 両者が一本ずつ決めたため、攻守は代わり、再び赤毛少女のオフェンスで、ゲームを再開だ。


 さて、赤毛少女のディフェンス能力は、とりあえず置いておくとして、彼女のオフェンス能力は目を見張るものがある。

 彼女のオフェンスを止めなければ、勝機はない。


「さぁて、どうしたもんかな」


 言っている内に勝負は始まる。

 凪月は、ボールを返し、腰を落とした。

 相手はファストプレイヤーだ。すると、よくオフェンスとの間に距離を空ける者がいる。ただ、その対応は間違いだ。


 ちょっと考えればわかるが、距離があれば、オフェンスはその距離の間に助走をつけることができる。リングに向かって走っている者を、リングに背を向けて突っ立っている者が止められるわけがない。


 だとすれば、その距離はできるだけ詰め、同じスタート地点から駆け出した方がいい。

 つまり、抜かれることが怖かろうが、オフェンスとの距離は詰めるべきだ。

 しかし、先程の動きを見て、凪月は少し対応を変えた。


 まず、ディレクションを左から右に変える。

 あと、3Pシュートは無視する。初めから、あまり考慮にいれていなかったが、もう完全に思考から外す。


 赤毛少女はドライブでくる。

 右か左かという考えもしない。

 左だ。


 右側のドライブにきた場合は、諦める。そのくらい赤毛少女のドライブは速い。まぁ、そもそも右側にはいけないようにプレッシャーはかけるんだけど。


 さぁて、付け焼き刃ではあるけれども、どうだろう。


 赤毛少女は、ボールを左手に構えていた。

 ボールを構えるのは利き手であることが多いが、彼女の場合、その縛りがあまりないようだ。


 左から右へのスウィング。

 だが、そのスウィングは怖くない。

 むしろ、安易である。

 こちらは、右に行かせないように牽制している。

 その前でボールを振るなんて、取ってくれと言っているようなものだ。

 ボールチェックは基本。

 凪月の左手が、赤毛少女のボールに触れる。


 獲った!  


 が、手からボールはするりと抜ける。

 赤毛少女は、ボールを後ろにぐいと引いた。

 ボールだけではない。

 彼女の右足が、そのまま引かれた。


 ロールターンか!


 彼女は旋風のように、ぐるりと回転。

 つまり、赤毛少女はやはり左へと駆けた。

 凪月は前に出ている。


 が、それはフリだった。


 ボールチェックはただの牽制。

 そうすれば、左へ舵をきるとふんでいた。

 予測していれば、いくら速かろうと対応できる。

 しかも、フロントでのスウィングは許さないディフェンスを行った。

 さすればロールターンになるのは必然。

 ロールターンは、スウィングに対して遅い。


 赤毛少女が、一歩踏み込んだとき、凪月はその横に張り付いた。

 並ばれたことに、赤毛少女は驚いているようであった。


 が、それで止まりはしない。

 肩を入れて、凪月を抜かしにかかる。

 ただ、そこは凪月のパワーが勝った。


 拮抗する力を嫌がったのは、赤毛少女の方であった。

 前かがみだった姿勢を起こし、レッグスルーでボールを手元に引き寄せる。


 一歩だけ、凪月がオーバーランする。


 すぐさま、ブレーキ、そして、間を詰めた。

 赤毛少女は、頭を高くし、同じく高いドリブルをした。

 ボールは胸元に吸い寄せられるように向かう。

 まさに、シュートモーションに入るような仕草だ。


 が、


 そいつは、フェイクだろ!


 凪月は腰を浮かさず、間を詰め、シュートチェックするかのように、手を掲げた。

 仮にシュートならば、不十分な寄り。


 しかし、読みは正しかった。

 赤毛少女の頭は再び深く沈み込む。

 凪月が掲げた左手方面、つまり、赤毛少女から見て右側に舵をきる。


 反応は、ほぼ同時だった。

 このときの凪月の動作は見てからというよりは、経験による反射的な対応。

 左足を引いて、赤毛少女のコースに入る。


 小さな舌打ちが聞こえた。

 赤毛少女のものだ。


 リングに寄らないことへの焦りが、赤毛少女に現れた。

 その焦りは、凪月を精神的に優位に立たせた。


 ゆえに次に繰り出されたビハインドザバックは、完全に視界の中の出来事であった。

 切り返しに対応された赤毛少女は、それでも強引にゴール下へと迫った。


 くっ! こいつ本当はパワープレイヤーか!


 テクニック重視の器用な奴だと思っていたが、こんな強引なプレイをするとは予想外であった。

 踏み切ったのは、フリースローラインを超えてすぐ。

 彼女のボールコントロールは大したもので、凪月から遠い位置に、片手で高く維持している。


 ただ、

 彼女の踏み出す足の先は、リングへと向かっていなかった。

 抜ききれていない状態での強引なレイアップシュート。


 そんなものは、入るわけもない。


 放たれたシュートは、リングに弾かれ、そして無惨にも落ちていった。

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