第1.5話 オフェンス

 はっっっっっっっやっ!



 凪月は、さすがに目を疑った。


 足の速い奴と対峙をしたことなら何度もある。

 だが、これほどの者は、今までに見たことがない。


 いや、それは目にも止まらない速さとか、うまいこと言ったわけではなく。

 だが、比喩でなく、赤毛少女の動きに、凪月はまったく反応できなかった。


 凪月は自分の認識の甘さを後悔した。

 試合は面倒だが、自分が女子との1on1に負けるわけがない。この地域のベストプレイヤーは、姉がバスケプレイヤーであることもあり、だいたい把握している。こんな見たこともない女子に負けるわけがない、と高をくくっていた。


 しかしながら、凪月はその少女に恐怖にも似た感情を覚えている。

 彼女は明らかにエース級のプレイヤーだ。


 いったいどこの高校だ?


 いや、高校はわかっている。

 あの制服、凪月と同じ、羊雲学園の生徒だ。

 しかし、昨年の試合を見るかぎり、羊雲学園のバスケ部にあんな女子はいなかったはずだ。


 とすれば、高校一年生? 昨年は中学生か?


 どちらにしても、同年代でこんなプレーができるのならば、試合に出ているはずだし、否が応でも名前が挙がってくるはず。そもそも試合に出ていたのならば、こんな赤毛を絶対に忘れない。


 まさか転校生か何かか?


 だとすれば納得できるけれど、でも、やっぱり得心はいかない。


「やった!」


 シュートを決めた赤毛少女は、跳んで跳ねて、全身でうれしさを表現していた。


「ハルカ先輩を抜いた!」


 そりゃ、うれしかろう。

 憧れの先輩に挑戦し、そして抜き去り、一本ではあるがシュートを決めることができたのだから。


「ま、まぁ、なかなかやるじゃん」


 釈然としない中、凪月は、とりあえず強がってみせた。


「あ、ありがとうございます!」


 よほどうれしいのか、満面の笑みである。

 うれしい内はいい。問題は、このままストレートで凪月が負けてしまって、侮りに変わってしまうことだ。


 再度の確認となるが、凪月は、姉である遥の名を騙って試合を行っている。

 もしも、無様に負けるようなことがあったら。


 めっちゃ怒られるよなぁ。


 凪月は屈伸を一度して、気を引き締め直した。

 女子だとか、そういう油断は捨てる。相手は、遥か、それ以上のプレイヤーだ。

 全力を当てなければ、勝てない相手。


「ボールをよこしな。次は、おれ、じゃない、あたしの番だ」


 そう思うと少し楽しくなってきた。


「は、はい」


 そのとき、赤毛少女の顔が引き攣ったように見えたのはなぜだろうか。まるで、凪月の顔があまりに不敵で、怖かったかのように。


 スタート位置に戻って、凪月はボールを赤毛少女に渡した。

 もともと守るよりも攻める方が得意なんだ。


 凪月はボールを受け取ると、すぐさまシュートモーションに入った。


 3Pシュートは得意でない。

 しかし、赤毛少女はそれを知らない。

 大事なのは、シュートもあると思わせること。

 そう思えば、ディフェンスは前に出る。

 案の定、赤毛少女は、シュートを警戒して前に出た。

 ……というよりも、飛び上がってきた。

 

 え?

 跳んじゃうの?

 

 凪月は、もちろん撃つ気などない。

 だから、態勢も浮いていないゆえ、すぐさまドライブに移れる。敵の態勢が崩れているのならば、抜き放題であった。


 凪月は一歩で彼女をかわして、そのままリングへと走り、レイアップシュートで一本取り返した。

 

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