第1.2話 バイト
やはり、わるいことをしてはいけない。
凪月は、自業自得という言葉の意味を初めてこのとき理解できたような気がする。すべては因果応報、わるいことをすれば、必ず返ってくるのだ。
けれども、いささか納得行かない。
たしかに自分にもわるいところはあるが、やっぱり本当にわるいのは、こんな格好をさせているルル姉だと思う。
今朝方、突然電話がかかってきた。
『今日暇?』
『ハル姉ならいないぜ』
『遥じゃなくて、あんたよ、ナツ』
『俺?』
『そ、遥がいないんなら、ちょうどいいわ』
『ちょうどいい?』
『割のいいバイトがあるのよ。傘川のバスケコートに来なさい』
『えー』
『何よ。文句あるの?』
『だって、ルル姉のバイトって、碌なのないじゃん』
『どういう意味よ』
そういう意味なんだけど。
しかし、次に提示された額に
ただ、凪月は思い出すべきだった。これまでに、こうやってルル姉に呼び出されて何度ひどいめにあったことか。凪月にとってルル姉はそういう存在であることを。
当のルル姉、
そんな神様は、外見ばかりをがんばり過ぎて、中身を疎かにしてしまったらしい。がっかり美人とか、残念華人とか、腹黒天使など、外見とのギャップを現す言葉は彼女のためにあるといって過言でない。
流々香は、遥の友達であり、凪月とは幼馴染であった。わるいことはだいたい流々香から教わったといっていい。
遥は、流々香によく怒っていたが、不思議と仲がよく、中学まではいつも一緒にいた印象がある。高校を別れて、疎遠になってからは、凪月の方によく絡むようになった。
そんな流々香は、両手打ちでリングに向かってボールを放っていた。
ボールは、ガコンと音を立てて外れ、そのボールを追っている途中に、堤防の上に立つ凪月に気づいた。
『ナツ、やっほー』
うれしそうに手を振る彼女は、けっこう長い時間遊んでいたのか、頬が蒸気しており、息がかるく上がっていた。
『よく来た。えらい! 撫でてあげよう』
『そういうのいいから』
『えー、昔は、撫でてあげると喜んだのに』
『いつの話してんだよ』
こういう親戚のおばちゃんみたいなところも流々香のわるいところである。
『で、何のバイトだよ。こんなバスケコートで』
『あ、そうそう。さっそく着替えてくれる?』
『は?』
ここで、凪月の危険センサーは敏感に反応していた。
流々香との経験上、この手の話はやばいと思われる。やめた方がいい、と凪月は即座に判断した、はずなのだが。
どうしてこうなった?
流々香が用意したユニフォームの袖に腕を通し、化粧をされ、ウィッグを髪先に結われているところを鑑みると、凪月は自身でまったく学習できていないなと反省してしまう。
『もうちょっと首かしげて。媚びるように』
そう言って、流々香はファインダー越しに凪月をのぞいていた。
『それにしても助かったわ。月刊籠球乙女の編集さんに、遥の写真を何枚か渡すって約束したんだけど、遥に言ったら断られちゃって』
『だからって、俺に頼むなよ』
『いいじゃない。どうせ本物かどうかなんて一部の人しかわからないんだから』
『そういう問題じゃないんだけど』
『そ、問題なのはいくらになるかってこと。ほら、バイト代分は、しゃきしゃき働きなさい』
だからって、女装するなんて。
まぁ、女装といっても化粧して短めのエクステをしただけだ。ユニフォームは男物も女物もさして変わりない。こんなことで、本当に遥に見えるのか、と凪月はいささか疑問であった。
『大丈夫、大丈夫。ナツが思っている以上に似ているから』
何が大丈夫なのかわからない。
流々香の言うがままに、様々なポーズと角度を試し、気づいた頃には夕暮れとなっていた。
撮影した画像を確認して、
『ふふふ、ぼろい仕事だわ』
と満足そうに流々香は頷いた。
心身ともに疲弊した凪月は、疲れ果ててベンチに倒れるように座り込んでいた。本当に割がいいバイトなのかと、つい疑ってしまうが、流々香はその点嘘をついたことはない。
ただ、何か大事なものを失ってしまったような気もするけれど。
『ご苦労。ナイスモデルだったわ、ナツ』
『うれしくねー』
『ははは、撫で撫で』
『やめろー』
もはや疲れて止める気もおきない。
『お礼にジュース買ってきてあげるわ』
『コーラ』
『オッケー』
珍しく
まさか、本当に遥と見間違えられ、知らない女に1on1を挑まれるなんて思いもよらなかったわけだけど。
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