ガールズ BBC レボリューション

最終章

1. Against the pilgrim, borne in headless hum

第1.1話 出会い


――William Collins, "Ode to Evening" より



 本郷凪月ほんごうなつきは、困っていた。


 陽が傾いて堤防の草原が赤色に染まりつつある。川面は、まるで溶岩のようにうねっており、うっかり触ると火傷してしまいそうだ。


 堤防の裾にあるベンチに腰掛ける凪月は、今の今までその些細な揺れを呆けたように眺めて、ときおり跳ねる波を数えていた。

 だが、その平穏は目の前に立つ、一人の少女によって打ち砕かれた。


「ハルカ先輩! あたしと1on1してください!」


 燃えるように紅い髪は、夕日のせいだけではないだろう。肩で息をする彼女は、どうやら堤防を駆け下りてきたらしい。頬が髪のように赤く蒸気して、その白い肌を染めている。


 今日は日曜日のはずだが、彼女は制服を着込んでいた。大きな灰色のリュックサックと、右手に抱えるバスケットボール。

 1on1を挑む彼女の丸く大きな瞳は夕日を溜め込んで輝いており、一点の曇もなく凪月の方を捉えていた。


 後ろを振り返ってみるまでもなく、彼女は凪月に目を向けていた。

 当然のごとく、凪月は頬をかく。

 

 完ぺきに人違いなんだよなぁ。

 

 すぐさま、人違いであることを告げるべきであった。しかしながら、彼女の実直な瞳に気圧され、凪月は機を逸してしまった。

 さらに言えば、彼女が誰と勘違いしているのか、凪月には考えるまでもなくわかった。


 凪月の姉、本郷遥ほんごうはるかである。


 今の高校バスケ界で、彼女の名前を知らなければもぐりだろう。高校一年生にして、月刊籠球乙女のFWフォワードベスト8に入った女だ。

 身内ながら、凄まじい女だと思っているが、その姿を見かけて、すぐさま1on1を仕掛けてくる眼の前の女も相当凄まじい。


 確か雑誌に写真が載っていたはずだが、見てわからないものだろうか。

 まぁ、よく似ているとは言われるが。


 たしかに間違えやすい格好はしている。レイカーズのユニフォームにハイカットなジョーダンモデルのバスケットシューズ、さらに川辺のハーフサイズのバスケットコートに立っていて、この顔であれば、仕方がないともいえる。


 しかし、どうしたものか、と凪月は目を逸した。

 いや、どうするも何も人違いであることを告げる必要がある。だが、それができない理由があった。


「いや、急にそんなこと言われても」


 とにかく断ろう。


 正当な理由はあるのだから、気に病む必要はない。

 凪月はあきらかに不愉快な態度を見せて、赤毛少女に諦めるよう迫った。

 だが、赤毛少女は、その大きな瞳をさらにいっそう輝かせるだけだ。


「あたし、去年に、ハルカ先輩の試合を見てから、ハルカ先輩にずっと憧れていて、今、見かけて、もういても立ってもいられなくなっちゃって!」


 典型的なファンだが、憧れの対象にいきなり勝負を挑むなんて、はっきりいってどうかしている。


 しかも基本的に話を聞かないタイプときている。


 こういう輩は、失礼とか、おこがましいとか、そういうことを考えない。ぐいぐい自分の意見を押し通してくる。そういうところは、姉の遥と精通している。

 利己主義者こそが大成するのであれば、遥と同じくらい、この赤毛少女も大成することであろう。


「どうか、あたしと勝負してください!」


 その熱意は嫌いじゃない。

 凪月も中学までバスケをしていた。足に怪我をしてしまい、高校ではやる気はない。しかしながら、スポーツマンとして彼女の熱意には好感が持てた。


 ただ、勝負できない理由がある。

 言ってしまうか。


『むり、だって俺は遥の弟だから』


 いや、やはりできない。

 

 エクステで髪を伸ばし、かるく化粧して、完全に女装している凪月には、どうしても言い出せなかった。

 





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