あれから一年がたったが、私はまだ会社を辞めることもなく続けた。もちろん敬一郎さんのと関係はすべて絶っていたし、敬一郎さんからもそういう誘いは一切なかった。それに仕事の関係で、半年前から敬一郎さんは例のプロジェクトを指揮するために、現地に赴いている。もともと上司としては尊敬できる人ではあったし、私自身も仕事を楽しく思っていた事もあったが、敬一郎さんの転勤が結果的に仕事を今まで続けてこれていた要因でもあった。でも、それも今日を持って退社する事になる。そう、私の。ううん。私達の新しい門出の為に私は退社する。

 退社してから二か月。私とお兄ちゃんは忙しく動き回っていた。お兄ちゃんは仕事をしながらだから、本当に大変だったと思うけど、それでもお兄ちゃんは疲れた顔一つせずに一緒に準備をしてくれた。

 そして、いよいよその日を迎える。

 私は純白のドレスに身を包み、その時を待っている。

そして、盛大な音楽が流れると同時に目の前の大きな木製の扉はゆっくりと開かれ、私は付添人に手を引かれゆっくりと、ゆっくりと赤い絨毯の上を歩いていく。伏目がちに歩いてはいるが、周りの友達や少しの間会っていなかった元同僚の姿を少し眼で追いながら私は一歩一歩ゆっくりと歩みを進める。そして、ずいぶんと会っていなかった懐かしい顔。もう思い出の中での顔でしかなかった、忘れかけていたあの顔を見て私はその前で一瞬、ほんの一瞬立ち止まる。そして、なぜだかわからないけど、その瞬間私の瞳から冷たいしずくが零れ落ちる……。その涙がなぜこぼれたのか、私にもわからない。

もしかしたらワタシが流したのかもしれない。ほんの一瞬、でも永遠のような一瞬の後、ワタシは再びヴァージンロードを歩き始める。来客者の拍手が私のゆく道を祝福してくれている。そして、ようやくたどり着いたそこにはお兄ちゃんが笑顔で私に手を差し伸べる。その手を取り私は数段の階段を上り、お兄ちゃんの隣に立つ。

一瞬お兄ちゃんと目を合わせ微笑むと、お兄ちゃんも微笑み返してくれる。そして神父の方に二人して並び、神父の祝福の言葉を述べ、そして神父が差し出した指輪をお兄ちゃんは手に取り、私の左手の薬指にはめる。私も同じように神父から指輪を受け取るとお兄ちゃんの薬指にはめる。そして、それが終わるとお兄ちゃんは私の顔にかかったベールをゆっくりと上げ、そして誓いのキスをする。そのキスは長く、これが最後のキスにならないようにと、そういう願いでも込めるかのように私とお兄ちゃんのキスは続く。そして、キスが終わると私の瞳からは温かな涙があふれてくる。それと同時位のタイミングで教会の鐘がまるで私たち二人を祝福するかのように鳴り響く。私は溢れる涙を拭うこともせず、お兄ちゃんと向き合い、なぜか口元には少しの笑みを浮かべていた。そう、あの時、敬一郎さんに見せていた時のような笑みを……。


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 Selene ~最後にキスをして~ 流民 @ruminn

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