拘束

 次に僕が意識を取り戻したのは、真っ白の部屋の中だった。

 起きると僕はまるで手足を縫われるかのように床と柱に縛りつけられていた。

「気がついたかね?」

 僕の目の前には真っ白い服に身を包んだ、一人の男が簡易的な椅子に座って僕をまじまじと見ていた。その後ろには護衛役と思わしき男女が立っていた。

「ここの危機対策本部を先導している吾妻と言う」

 吾妻と名乗った男はそう自己紹介をする。

「ようこそ、塩塚手鞠君。君を心から歓迎するよ」

 吾妻はニッコリと笑った。

「どうして僕の名前を? ……というか僕の置かれている状況から、どうも心から歓迎されているという感じには見えないんですが?」

 僕は一生懸命拘束を解こうともぞもぞと動く。

「手荒なことをしてしまってすまないね。これは“もしも”のときの保険だよ」

「もしも?」

 僕の頭には疑問符が浮かぶ。

「君の能力が暴走してもらっては困るからね。動きを封じさせてもらっているよ」

「能力って、何を言っているんですか。僕は普通の人間で……」

「君は、ノストラダムスの大予言は知っているかな?」

 僕が言い切らないうちに、吾妻は突然話を切り出してくる。

「大予言ってあの、一九九九年七の月に恐怖の大王がやってくるっていう奴……ですよね?」

「そう、その大予言だ」

 吾妻は椅子から下りて、僕の元へと近づいてくる。

「その大予言は散々騒がれていたのに、外れて何も無かったんじゃないですか?」

「まぁ、一般的な説だと、“予言は外れた”ということになる。しかし、私はある一つの説を打ち出した」

「説?」

「そう。恐怖の大王は本当はやって来ていて、そのトリガーは数年のときを経て発動するのではないかと。私はその説を提唱した後、トリガーを持つものを“因子”として長年探していた。国、いや、世界全体のシステムを掌握して、懸命にね」

 吾妻は拘束されている僕の額を指差す。

「そして、その“因子”、それが君だ」

「……え?」

 突然のことに僕は頭が真っ白になって、思考が停止した。

 僕が恐怖の大王? 何かの間違いだろ?


 吾妻の説明はこうだった。

 恐怖の大王は、大予言の混乱時の中に乗じて、この世界の母胎をひっそりと借りてその“因子”を植え込んだ。

 因子は母胎で成長し、何も気づかれずことはなく、出産することで、この世界に適応した“因子”が誕生する。

 そして、それはすくすくと成長して、やがて発動するであろう時期を待つ。その体内に世界を崩壊させるかもしれない膨大な力を秘め続けて。

 あれから二十年のときが経過し、時が満ちた。

 こうして再びこの世に大予言どおり恐怖の大王が顕現した。


「僕がそんな力を持っているなんて……何かの間違いですよ」

 そうだ、そうに違いない。

「旧暦一九九九年七月一日はいつなのか? 君は知っているかな?」

 僕は首を横に振る。

「一九九九年八月十一日だよ」

 吾妻はそう言ってにやりと笑う。

 八月十一日、僕の誕生日じゃないか。

「そんなの偶然に決まっている。八月十一日生まれなんて何万人居ると思っているんですか?」

「……君が二十歳になった瞬間、電子機器のトラブルが頻発したっていうことは無いかな?」

「!!」

 吾妻にそういわれて僕はハッとする。

「心当たりがあるようだね。それは君の能力の影響だ」

「……」

 どうやら、この男の話を認めざるを得ない状況になっている。

 認めたくないのに。

「僕を捕らえてどうするつもりなんです?」

「君は世界のために処分される。それまでは、ここで一生過ごしてもらうことになる」

「……処分」

 僕は震える唇でその言葉を紡いだ。

 このままでは僕は消されてしまうのか?

「もしも、もしもですよ? 貴方のその説が間違っているとしたらどうするんですか?」

 僕の一言に吾妻は眉をひそませる。

「私の説が間違っているだと?」

「ええ、僕はそんなデタラメな説なんて信じません。この拘束を解いてください」

 僕の要求に吾妻はフンと鼻を鳴らした。

「まぁ君のいう事も一理ある。私の提唱した説はあくまで仮説だ。提唱した当初はそりゃ有り得ないと散々各所から言われていたものさ。しかしね、私の必死の活動でこうして世界中、沢山の賛同者が募った。だから、こうして全世界を監視して“因子”を見つける活動が秘密裏に行われていた。データだって嘘はつかない」

「仮にも僕はその“因子”を持っているとしても、僕はそんな危ない能力なんて使いたくない」

「使うんじゃない。君の意思とは関係なく自動で使われるのだ。今こうして発動してしまった以上、君にはどうすることも出来ないよ。このままでは、君は確実に世界を終末へと迎えさせるんだ」

 吾妻の言葉は冷酷で淡々としていた。

「有り難い事にね、私の説を世界中のお偉い方以外にテロ組織なんかにも信じてもらえているらしくてね。奴らの手に渡って悪用されないためにも絶対に君は外へ出してはいけない」

 どんなに僕が言っても、吾妻は頑なに僕の拘束を解こうとしない。

 能力が自動で使われる? 僕の意思とは関係なしに? 吾妻の話を聞くたびにもう別世界の話をしているんじゃないかとさえ思えてくる。

「さて、私の話は以上だ。連れて行け」

 吾妻の合図で後ろに居た男女が僕の腕に巻きついていたロープを解き、両腕を掴んだ。

「……母さんは無事なんだろうね」

 僕が倒れる前に母さんが倒れていたことが気がかりだった僕は吾妻に問う。

「ちゃんと君以外の人には危害を加えないことになっているから、無事だ。安心したまえ」

 母さんは無事なのか、よかった。

「君の話はそれだけかね? 行け」

 吾妻の一言で、僕の両腕を拘束する男女はズルズルと僕を背後に引き摺って何処かへと連れて行く。

 その刹那、吾妻が口を開く。


「君は今や、全世界の敵になった。大人しくその生涯をここで終えてもらおう」


 その言葉に僕はいきなり感情が爆発して叫んだ。

「嫌だ! 僕はこんなところで死にたくない!」

「コラ、大人しくしろ」

 もがいて必死に抵抗していると、プツっと首筋に鋭い痛みが走った。

「……っつ」

 そして、その後いきなりガクッと僕の力が抜ける。体が思うように動かない。

「大人しくしてもらうぞ」

 女性の方が手に持っていたのは注射器だった。多分、僕が首筋に注入されたのはドラマとかでよくある麻酔か弛緩剤の類いなんだろう。

「……」

 注入された液の影響で口を開くことすらままならない僕は虚ろな目でその注射器を見る。

 嗚呼、だんだん力が入らなくなっていく。

 そして大人しくなったことを確認して、また僕は何処かへ引き摺られる。

 それを見送る吾妻との間に隔てられていた扉が機械音と鳴らして無常にも閉じられてしまった。


 ……どうして僕はこんなことになってしまったのだろうか?

 そんな能力、僕はいらないのに。

 そんな事を考えつつ、僕はただただ引きづられて行くだけだった。

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