捕縛
BiBiBiB……。
設定した覚えの無いスマホのアラームが耳元で鳴り響いて、目を覚ました。
重い体を起こしつつ携帯を見る。画面は何処か僕に警告を発しているかのような一面真っ赤な画面になっていた。
「今日はショップに行って見て貰おう……」
頭をポリポリと搔きながらのそりとベッドから降りる。部屋の時計を見ると、時刻は朝の八時過ぎを指していた。
そろそろ母さんが夜勤から戻ってくるころだろうと、リビングへと向かい、ポップアップトースターに食パンを二枚挟み込んだ。
すると、
「ただいま」
玄関の扉がガチャリと音を立てた後、母さんが帰って来る。
「おかえり。朝ご飯今用意しているからちょっと待ってて」
リビングへやって来た母さんを僕は笑顔で迎える。母さんは疲れているように、どっしりとソファに腰掛けた。
「ありがとう。今日も一日疲れちゃった」
「みるからにそんな感じだね。僕はご飯食べたら出掛けるから、母さんはゆっくり休んでいてよ」
「うん。ありがと。そういえば、誕生日会は盛大だったの?」
母さんはどうやら昨日の大学での出来事が気になるらしい。
「誕生日会と言っても、ゼミの仲間数人とだからし、やっぱり僕の誕生日と銘打って勉強会始めちゃったからね。お菓子をつまみながら皆で課題を片づけてたよ」
「手鞠が楽しそうでなにより」
「へへっ」
僕が照れ笑いを浮かべると。タイミングよくポップアップトースターがチンと軽快な音を鳴らし、パンがポンと跳ねた。
「そういえば、ここら辺で何か大きい行事でもあったかしら?」
「ん? いや、そんな話聞いたこと無いけど、どうして?」
僕は母さんの問いに首を傾げる。
「家に帰るまでに、朝も早いというのに警察の車両がかなりの数周辺をパトロールしていたし、ヘリコプターとかも飛んでいたから何事かあったのかなぁって思って。手鞠も出掛けるなら用心しなさい。もしかして犯人が逃げてるってやつかもだから」
こんな閑静な住宅街に結構な数の警察がいたら、そりゃ誰もが大事かもしれないと不安になるかもしれない。
「うん。分かった。さ、ご飯食べよう」
僕はそういいながら、母さんが寛いでいるリビングへ焼きたてのトーストを持っていった。
身支度を整えて外へ出ると、パタパタとヘリコプターが通る音が上のほうで聞こえた、
やっぱり母さんの言うとおり、結構な数の警察車両たちが周囲を巡回していた。僕が知らないだけで何か大きな行事が近くであるんだろうか、と思いながら、僕は駅の方へと向かった。
駅前の携帯ショップへと入り、入り口前にあった番号札を取って店内の携帯を適当に見て回る。
数十分ぐらいに経った頃に番号を呼ばれて、僕は指定されたブースへと入る。ブースの中では男性店員がニコニコと笑いながら僕に接客を始める。
「いらっしゃいませ。今回はどのようなご用件でしょうか?」
「えっと、最近スマホの調子が悪くって、故障かもしれないので見てもらえませんか?」
「具体的にはどんな感じの症状が出るんでしょうか?」
「画面にノイズが走ってみたり、いきなり文字化けしたり……ですかね」
「なるほど、ではスマホを見せてください」
店員さんにそう言われて、僕はスマホをブースの机の上へと取り出して置いた。
「拝見します」
店員はそう言って僕の携帯を手にとって、電源を入れたり消してみたりしてみる。
「特に現状では特段変な症状は起きていませんね。もしかすると、バックグランドで変なアプリが悪さをしている可能性もあるので、それも確認させてください」
店員は手際よく僕のスマホの中を覗いていく。
「特に怪しいアプリが動いているような形跡もありませんねぇ……。もしかすると、一時的なものなのかもしれません。磁気の強いもののところへ近づいたりすると挙動が可笑しくなることもあるんで。そういうことに心当たりはありませんか?」
「磁気の強いもの……」
店員にそういわれて僕は思い返してはみるけれども、全くそんな心当たりは無かった。
「いや、無いですねぇ」
「そうですか……、もしかしたら、関係無さそうなものにも磁気が使われているものがあるので、もしかしたらソレが関係しているのかもしれませんね。また、酷くなるようでしたら保険を使って交換というのも手だと思いますよ」
「そうですか……ありがとうございます」
僕は店員に会釈をしてブースを出る。
そのブースにおいてあるタブレットPCがジジッ……と無数のノイズが走っていたことに僕は気づかなかった。
携帯ショップを出てすぐにスマホで時間を確認する。まだお昼を過ぎた辺りで、家に帰るにしても母さんが熟睡しているだろうし、邪魔をしてはいけないだろうと思ってこのまま駅周辺を散策することにした。
駅近くの家電量販店に足を運びパソコンコーナーへと向かう。そろそろ新しいノートパソコンが欲しくなってきたからだ。
最新機種あたりからどんな感じなのか眺めながら歩く。すると、そんな様子を見て店員さんが駆けつける。
「何かお探しですか?」
「あ、ちょっと最新のノートパソコンってどんな感じなのかって思って」
「丁度お客様が見られている機種は処理も滑らかなので……」
店員さんはパソコンを操作しながら、スペックを紹介していく。そんな中いきなりそのパソコンが、
ブツン。
画面が真っ暗になった。
「おっと、どうした?」
当然の出来事に店員さんの顔に焦りが見え始めた。幾らノートパソコンのタッチパッドについているボタンを押しても反応が無い。
「……大丈夫ですか?」
「誠に申し訳ございません。おかしいなぁ……さっきまでは大丈夫だったのに」
店員さんは冷や汗を流しながらカチカチとボタンを連打していると、これまた突然にパッと画面がついた。
「あ、点いた」
「すいませんねぇ。何だか調子が悪かったみたいで」
「あ、いえ。何だかそんな中居合わせてしまってすいません」
僕は何だか申し訳ない気持ちになって、その場を離れた。
テレビのコーナーへとやってくると、大型のテレビ画面には女性ニュースキャスターがでかでかと映っていた。
『先ほど、政府は臨時会議を行い……この国の危機管理のレベルを更に上げるべく……』
ニュースは何だか難しい内容を話していて、僕の頭には中々入っていかない。
そんな中、テレビ画面に無数のノイズが走る。まただ。
なんだか、僕のスマホしかり、さっきのパソコンしかり、このテレビしかり、電子機器系統の不具合が多いような気がする。確か、携帯ショップの店員さんは磁場とかそんなのが関係しているかもって言っていたっけ? 最近、この辺りでそんな工事とかしているのかな?
そんな呑気なことを考えつつ、僕は昼ご飯を食べに移動する。駅前でも何台か巡回中のパトカーと遭遇する。やっぱり何か大事でもあるんだろうか? 警官などもしきりに何かを警戒しているような感じだった。
「すいません」
僕は近くで巡回していた警察官に声をかけた。
「はい、なんでしょう?」
「今日やたらとパトロールしている車が多いみたいなんですけど、何かあるんですか?」
僕はその理由を訊ねる。すると、警察官は人目を気にしつつ僕に耳打ちをする。
「いや、此処だけの話、私にもなんでこうなっているか分からないんですよ。全体的指示で、最重要警戒態勢になっているんで、こうしてパトロールをしているんですよ」
「そうなんですか、ご苦労様です」
「厳重警戒中なので、十分気をつけてくださいね」
警察官の人にそういわれて、ハイと僕は返した。
アレから昼食も取って、服屋で少しばかり物色して帰路へとつく。すっかり空は赤くなり始めていた。
家が近くなって、ふと僕は足を止める。
家の横に黒塗りのワゴン車が停まっていたのだ。何で、我が家にそんな車が停まっているんだろうと僕は首を傾げる。
母さんの知り合いの誰かなんだろうか? でも、こんな車を持っているような知り合い、僕は知らない。
家について玄関のドアの前に立つ、何故かザワザワと心が騒ぐ。この扉を開けると嫌な予感が起こるような気がするのだ。どうしてだろうか?
でも、きっとソレは気のせいで、玄関では母さんは笑って僕を迎え入れてくれるはずだと言い聞かせ、僕は玄関の扉を開けた。
「ただいまー」
玄関先で僕がそう知らせると、パタパタとスリッパを鳴らしながら母さんが玄関先へとやってくる。
「あら、遅かったじゃないの?」
「ちょっと、色々と見て回っていたからさ」
「そうなの。手鞠、おかえりなさい」
母さんはニコッと笑って僕を迎え入れた。
ほら、やっぱり悪い予感は気のせいだったんだ。ぼくがホッと安堵の表情を浮かべていると、
「あ、そうそう、手鞠にお客様が見えているわ」
「お客様?」
僕は靴を脱いで家へと上がるとき、母さんがそんな事を言う。
僕にお客様って、一体誰なんだろうか? そんな予定は入っていなかったはずだ。それに、僕の家に来るのであれば誰であれ、連絡は入れてくれるはずなのに……。
「さ、待たせちゃダメでしょ? リビングへ入って」
母さんはそう言って先にリビングの方へと向かう。
『お待たせしちゃってゴメンなさいね。今、手鞠が帰って……』
バタン。
母さんの声が途中で途切れたと思うと、何かが床に落ちるような大きな音が聴こえた。
母さんの身に何かあったのか?
僕は慌ててリビングへと向かう。すると其処には、
五人の黒服の男たちと床に倒れている母さんの姿が目に映った。
「母さんっ!」
僕は慌てて母さんに駆け寄る。母さんは目を閉じたまま動かない。
「お前たち、母さんに何をしたんだ?」
僕は男達を睨みながら訊ねる。
「君の母親には眠ってもらっているだけだ。安心してくれ」
「それより、君が塩塚手鞠君だね」
「……そうだとしたら一体なんなんですか?」
僕は男達の質問に素直に答えると、その中の一人がインカムで何かを話し始める。
「因子と接触。これから捕縛にかかる」
「イン……シ?」
男たちが何を言っているのかサッパリ理解が出来ない。でも、捕縛ということは、僕は捕まってしまうのか? なんで?
に、逃げなきゃ。
僕は悟られないようにゆっくりと逃げられるような体制をとる。しかし、真ん中の男がキッと僕を睨んだ。
「逃げられると思わないで頂きたい」
バレた。こうなったら自棄だ。とぐるっと体を捻って玄関へ向かおうとすると、背後にも二人の黒服の男がいたのだ。
い、いつの間に? 僕は咄嗟にその男たちを掻い潜ろうとしたが、突然白い布のようなものを顔面に押し付けられる。
いきなり押し付けられたので、呼吸が苦しくなって勢いよく布越しに空気を吸うと、なんだか甘い香りが脳内を支配する。そして、だんだんと体が脱力し、僕も母さんと同じ様に床に倒れた。
「しばし、眠っていて貰いたい。施設に到着する間まではね」
リーダー格と思わしき男にそういわれつつ、僕はゆっくりと目を閉じた。
ふと、あの日出会った少女の忠告がフラッシュバックする。
もし、あの時、彼女の言葉を素直に聞き入れていればこんなことにはならずに済んだのだろうか?
その答えは得られないまま、僕は意識を手放し、深い眠りへと入った。
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