誘い
少女は確かに僕の名前を口に出した。
「そう……ですが、君は」
見知らぬ少女に名前を呼ばれてどぎまぎしている僕とは対称的に少女は表情を一切崩すことが無かった。
「何? てまりんの知り合い?」
そんな状況に拓海が首をつっ込んでくる。
「いいや、全くの初対面。先に行ってて、どうやらこの子、僕に用事があるみたい」
「ん。了解」
拓海は僕の言うとおりに先に校門を抜けて学校を出る。
「貴方と二人っきりで話したいとよく分かりましたね。もしかして、わたしの心を読みましたか?」
「いや、何となくそんな感じだなと思っただけ」
僕の答えにコホンと少女は一つ咳払いをする。
「他の人には聞かれてはいけない事案なので、助かりました」
他の人に聞かれていけないこととは一体なんだろう、告白という線は……この現状ではまずありえないような感じがした。
「で、僕に言いたいことって?」
僕は本題を切り出す。
「塩塚手鞠さん、貴方は近々捕らえられることになります。わたしはそんな貴方を救う為に来ました」
「捕らえられる?」
「はい」
僕の質問に少女は話を続ける。
「貴方がずっと住んでいたこの世界がある日を境に皆、敵になります。でも、わたしが属している組織は貴方の味方です。わたし達の元へ来てください。貴方の力が必要なのです」
少女の言う言葉が全く理解できない僕は一歩後ずさる。
「いや、言いたいことがまるで分からない。僕が何で世界の敵にならなくちゃいけないんだ。僕には何の力も」
そう、僕はただ平凡な大学生だ。そんな強い力があるわけではない。
「わたしも厳密には分かりませんが、貴方にはこの世界を揺るがす力があるのです。さぁ、わたしと一緒に」
少女は僕に向けて手を差し伸べる。
僕はそんな少女を呆然と見つめることしか出来なかった。
「コレは新手の宗教の勧誘か……何かだよ……ね?」
「違います。コレは本当に起こる事なのです」
「君はそんなファンタジー小説みたいなことを信じているの?」
「はい。それがわたしのボスが言ったことなら尚更」
少女の瞳は何処までもまっすぐだった。
嗚呼、この子はそこまでのめり込んでいて、周りが見えないのかもしれないと悟った。
「ごめん、君のいう事を素直に信じることは出来ないよ。だから、付いていく事は出来ないかな」
当たり障りの無い返事を僕が返すと、少女は少し寂しそうな表情をしたが、すぐに表情を戻す。
「そうですか、残念です。貴方とは分かり合えるかもしれないと思っていたのですが。しかし、時は刻一刻と迫っています。自身の選んだ決断が仇とならないようにしてくださいね。それでは失礼します」
少女は何処か含みを持たせるような言葉を言って、僕の目の前から去っていった。
「なんだよ、アレは一体」
少女が去った後で、僕は少女から言われたことが頭から離れないでいた。
すると、丁度良いタイミングでメッセージアプリの着信音が鳴った。スマホを開くと、拓海からメッセージが入っていた。
『大丈夫だったか?』
どうやら拓海は僕のあの状況を心配してくれていたらしい。僕を気遣うメッセージを送ってきたのだ。
『んー、なんか新手の宗教だったみたい。勧誘されたよ』
僕は思ったことを正直にメッセージとして送信した。すると、
『今、駅前の井戸屋の前にいるんだけどさ、これからラーメン食べね? 誕生日祝い第二弾としてさ』
そういえば、今日は母さんが夜勤で家に居ないから晩御飯は自分で考えなきゃいけないんだった!
『おっ。いいねぇー。行く行く! すぐ向かうから待ってて』
そう送信して僕は駅前に向かって駆け足で走り出した。
駆け出して十分。目的地のラーメン屋が見えてきた。入り口前では拓海が手を振っていた。
「おーい、てまりん。こっちだ」
僕も手を振って了解の合図を取っていたその時。
横を通り過ぎようとしていたスーツ姿の女性にぶつかってしまった。
「キャッ」
女性はぶつかったときの衝撃で地面へとへたり込んでしまった。
「だっ、大丈夫ですか」
勢い良く跳ね飛ばしてしまった僕は、慌てて女性の元へと駆け寄った。
「すいません、前を見て無くて……立てますか?」
僕は尻餅を付いている女性に手を差し伸べた。
「私の方こそ前を見てなかったみたいで、ごめんなさいね」
女性は僕の手を取り、ゆっくり立ち上がった。その時、掌にチクッと鈍い痛みのようなものが走って、思わず手を離す。
「わっ!」
「え、どうしたのかしら?」
僕のいきなりの行動に女性は不思議そうに首を傾げた。
「ちょっと、掌に痛みが……ってあれ?」
僕は痛みが走った右手を確認すると特に変わった様子は無かった。
「おかしいな? 何も無い」
「もしかして静電気かもしれないわ。私、帯電しやすい体質なの。あ、私、急いでるんだったわ。それじゃあね」
女性は忙しなく駅の方へと走っていった。
「なんだったんだ?」
僕が取り繕う暇も無く女性は去って行ってしまい、僕の頭にいっぱい疑問符が浮かんでくる。まぁ、ぶつかったのは僕の方からだったし、次からは気をつけよう。
「てまりん、誕生日だというのに散々だなぁ」
「はは……、まぁ、さっきは圧倒的に僕のほうが悪いんだし、仕方ないよ」
「まぁ、とりあえず中に入ろうぜ」
気を取り直して、拓海と一緒にラーメン屋へと入った。
「へぇ……、てまりんが近々捕まると?」
「うん……」
ラーメン屋に入って好物のチャーシュー塩ラーメンと餃子を食べながら、拓海にさっきの少女に言われたことを話す。
「捕まるっていうと、警察とか? てまりん、何か悪い事した覚えでもあんの?」
「あるわけないよ。というかあったのなら、友人にこんな相談するわけがないでしょ?」
僕はそう言ってお冷をぐいっと飲み干す。
「それもそうだよなぁ……、その女の子も具体的なことは言ってなかったんだよな。気になるなぁ」
「僕もさっきからソレが気になりすぎて。夜も寝られなくなりそうだよ」
「そう言って、ベッドへ入ればすぐ寝そうな感じがするけどなぁー。てまりんは」
「え、それはどういう意味だよぉ」
「そのまんまの意味だよ。ま、余り重く考えなくていいんじゃないか? もしかして、そういう勧誘手段なのかもしれないし」
拓海は僕の頭をわしゃわしゃと鷲づかみしながら撫でる。彼なりの励ましに僕はフッと心が軽くなる。
「でも、もし万が一、てまりんが捕まることになったら、俺が助けてやるよ」
「拓海……」
親友の言葉に目頭が熱くなる。
「唐突にかっこいいことを言うのはナシ。泣けてくるじゃないか」
「あ、わりぃわりぃ」
拓海はそんな事を言っているが、全く悪びれる様子もなくラーメンをすすっていた。
「全く反省してないな、その顔は……ってアレ?」
今の時間がふと気になった僕はポケットからスマホを取り出して、画面を付ける。
すると表示が変な感じになっていて、正確な時間が分からない。
「どうしたんだ?」
「今朝からスマホの調子が悪くて、ホラ」
表示が滅茶苦茶になった待受け画面を拓海に見せる。
「本当だ。何時か分からないな」
「でしょ? 暫くすると直るみたいなんだけど、急にどうしたんだろ?」
暫く表示がくるった待受けを凝視していると、ふっと画面が正常に戻る。
「何かの不具合とかじゃないか? 明日、携帯ショップへ行って見て貰えよ」
「そうだね。そうする」
拓海の提案に素直に頷くと、僕はスマホをポケットに仕舞った。
「ふぅー、満腹」
上機嫌で拓海が店から出る。
「拓海、今日は本当に有難う。話まで聞いてもらっちゃって」
「いいって。親友の誕生日は祝ってやらないとなー。じゃ、また何かあれば連絡する」
「うん、分かった」
拓海は僕に手を振ると、駅の方へと入っていった。
僕はそんな彼を見送りながら、家路へと向かう。
道中でもどうしても、彼女の言葉が頭から離れそうに無かった。
勧誘だとしても、話の内容は夢物語すぎて容易には信じがたい。でも、何故だかやはり気になってしまう。
まぁ、確かに『自分に何かしらの異能力のようなものがあればいいなぁ』というのは誰しもが一度は望んだことがあると思う。でも、それはそういう時期特有の発作みたいなもので、実際にそれが叶うとは思っていない。
でも、あの言葉に何処か胸の奥底がザワザワする。まるで、虫の知らせかのように。
「うーん……考えすぎかな」
こういう時は、とっとと寝るに限るのかもしれない。
翌日寝たら不安ごとも忘れてしまうだろうから。
考え事をしていたらいつの間にか、家の前まで着いてしまった。母さんは夜勤で不在なので、家は防犯灯以外、一切点いていない。
僕は郵便受けを開け配達されていた郵便を取り出して、鍵を使って家へと入る。暗がりの中手探りで灯りのスイッチを探し、点けると急な光の強さに一瞬目が強張った。
リビングにあるソファにリュックサックを置いて、その隣にどさっと座る。
郵便受けに入っていた郵便物をペラペラと確認する。母さん宛と自分宛のを分けた後、自分宛のダイレクトメールをゴミ箱へと入れる。
ソファへ深く腰掛けてふぅ……と一息つく。
誕生日だったからなのか、いろんなことが有りすぎたなぁ。スマホの不調、ゼミでの誕生日会、からの勉強会、そして、僕が捕まると言ってきた少女。
一気に起こりすぎて、とても一日で起こった出来事だとは思えなかった。
そんな事を考えてたら、
「疲れたなぁ……」
どっと疲れてきた。今日はゆっくり寝るとしよう。そう思い立った僕は家の戸締りを確認してからそそくさと自室へと向かって、クーラーの電源を入れてからベッドへと転がり込む。
電気を消して、目を瞑る。疲れているのになかなか睡魔はやってこない。
眠気がやってくるまでの間、頭の中で思考を廻らせる。
もし、本当に世界が敵になってしまうくらいの力が僕に存在するとなると、それは一体なんなんだろう?
敵に回るくらいなんだから、殺傷能力の高い何か……なのかな? でも、そんな力が備わっていたとしても僕は使おうとは全く思わないな。僕は、いつも通りの生活を送るだけだ。
思考をめぐらせていたら、うとうとと睡魔がやって来た。これでゆっくり寝られそうだ。もう、この話はコレっきりにしよう。あの少女とも一回限りの出会いのはずだし。
僕はすっと意識を手放した。
その時、何処からか、カチリとまるで鍵が開いたような音がしたような気がした。
***
二〇一九年八月十一日、午後十一時。
コントロール室にビー!ビー!とけたたましい警告音が鳴り響いた。画面には【警告】という文字がそこら中に映し出されていた。
「何事だ!」
男は警告音を聴き、コントロール室へと飛び込んでくる。
「因子の反応を確認しました!」
画面を見て女性は焦りの表情を隠せないでいた。
「場所は……まさか」
「そのまさか……日本です」
女性オペレーターの報告を聞いて、男は絶望した顔をする。
「まさか、この国で見つかってしまうとは……。嘘であって欲しかったな」
そういう男の表情は憂いに帯びていた。
「いいか。因子が見つかったという連絡を各国の機関に報告。政府の方にはこれから私が直々に連絡していく。コレよりここを準備室から危機対策本部として稼動させる。マスコミにはマニュアル通りに対処してくれ。またテロ組織の動向も引き続き注意してくれ。奴らがアレを手に入れるとなると、国の存亡に関わる」
男がマイクで各職員へ指示を出す。
「
一人の男性オペレーターが室長と呼ばれた男の下へと数枚の資料を手渡す。それを見て、吾妻は目を見開いた。
「なるほど。一九九九年七の月の生まれか……もはや、彼に決まりではないか。明日、塩塚手鞠の捕縛作戦を決行する。なお、捕縛後は捕縛者に近しい人間を洗い出し全て“処理”を行うように。また、捕縛者の対応についてはこれから政府と話し合って決める」
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