Phase0

ハッピーバーズデー

 時は二〇一九年八月十一日の午前零時になろうとしていた。

「対象は未だ反応ありません」

 何やらレーダーを注視しつつ女性オペレーターがインカムにて誰かと連絡を取っていた。

「各国との連絡は順調か」

「各国とも反応は確認できないとの連絡アリです」

「そうか……」

 連絡を受けた男の顔には焦りが見え始めていた。

「まだ見つからないのか、“因子”は……」

 そう言って時計を見る。時刻は午前零時を過ぎていた。

「もう二十年。いよいよ予言が現実となるのか。いいや……、そこは我々の手で何としても……」

 男は拳に力をグッと入れ、軽く机を叩いた。

「いいか! 各国への定期的な連絡と小さな反応でも見落としは絶対に許されない。この世界のどこかに奴はいるハズだ。事が大きくなる前に探すんだ。そろそろ何か動きがある筈だ」

 男はその施設にいる全員にインカムでそう連絡を流す。

「必ず見つけ出さねばならない……、この世界が終わらないためにも」

 男は革製の椅子に深く腰掛けて、まるで神に祈るかのように両手を組んだ。




 ***






 ~♪ ~♪


 メッセージアプリの着信音で僕、塩塚しおづか手鞠てまりは目を覚ました。まだ覚めきらない頭でスマホに表示されている時刻を見ると、八月十一日の朝四時だった。

 通知欄には、【メッセージが数件あります】という表示。

「朝っぱらから誰だよ……」

 若干不機嫌な態度で僕がアプリを開くと、

『てまりん!ハッピーバースデイ!ようやくお酒解禁だな!』

『誕生日おめでとう!今度のみに行こうぜ』

『おめ!これからもよろしくな!』

 等々僕の誕生日を祝う(のと、飲みに誘う)メッセージが数件届いていた。

「あ。昨日はバイトで疲れすぎて日付変わる前に寝ちゃったけど、僕の誕生日じゃん」

 メッセージで自分の誕生日が来たことを再認識する。僕も晴れて二十歳はたち。なんとか大人になった気がする。

 送ってくれた友人達に返信を返そうと思ったがまだこんな時間だから止めて二度目でもしようと思ったそのときだった。


 ジ……ジジッ……


 いきなり液晶にノイズがはしる。ノイズは余りにも酷すぎて画面がチラチラと点滅しているようで見え難い。

「え、いきなりなんだ?」

 僕は慌ててスマホを再起動させると、起動画面ののちに画面が開く。さっきのようなノイズは発生しなかった。

「一次的なものかな? なんだろ、スマホの容量とかそんなのだったらいいけど」

 正直ウイルスの類いだと困るなぁと考えてしまう。最近そういうのが流行っているから。

 今のところ大丈夫そうだから、もう一眠りしよう。

 そう考えながら再び目を閉じた。


 次に目を覚まし、スマホの時刻を確認すると朝の九時だった。二度寝にしてはたっぷり寝られた方だろう。

 テストも終わって夏休みに入ってるから大学の講義もないし、幸いにもバイトも休みだ。ゆっくり出来そうな一日になりそうだ。

 あ、その前に送られて来たメッセージを返さなきゃ。そう思って僕はスマホを取り出す。

 朝に起こっていたノイズはあれから発生していないようだ。安堵の気持ちで友人達に御礼のメッセージを送っていく。

 その時、コンコンとノック音が聞こえた。

「手鞠、起きてる?」

 ドア越しに母さんの声が聴こえる。

「ん? 起きているよ。どうしたの?」

 ドア越しに僕が返事すると、ガチャと扉が開く。その瞬間。


 パンッ。


 母さんが持っていたクラッカーが軽快な音と共に破裂する。僕はビクッと体が跳ねた。

「フフッ。驚いた?」

 母さんは悪戯っぽく笑う。

「もう、母さん。ビックリするじゃないか」

 クラッカーから放たれ髪にくっついた紙テープを手でどける。

「よし、大成功ね。手鞠、誕生日おめでとう。本当は夜にお祝いしてあげたいんだけど、母さん今日は夜勤だから今からお祝いしようと思ってね。ケーキも用意してるから、降りてらっしゃい」

「はーい」

 じゃあねー。と言って母さんは僕の部屋のドアをパタンと閉じた。

 母さんはあーいうお茶目をするのが好きな人間だ。いつも僕のことを楽しませようと全力なのだ。それも少し煩わしいときもあるけど、僕にとっては自慢の母親なのである。

 僕は部屋を出てリビングへ向かう。テーブルとみると夏みかんのタルトがホールで置かれていた。

「じゃじゃーん!手鞠の二十歳のお祝いということで奮発してみましたー」

 母さんは胸を張って自慢げにケーキを見せびらかせる。

「ろうそく刺すよー」

 母さんは楽しそうに20と書かれたろうそくを持つ。

「いやいや、そんなのはいいから、早くケーキ食べようよ」

「いや、こういうのは形式が大事だから。母さんのいう事は絶対なんだから」

 僕が遠慮するのを母さんは頑なに拒む。

 どうしても、ケーキにろうそくを刺して、誕生日の歌を歌いたいらしい。

 そんな押し問答が数分続いたが結局僕が折れて、母さんは楽しそうにろうそくをケーキに刺して、火をつけた。

「ハッピバースデートゥーユー! ハッピバースデートゥーユー! ハッピバースデーディア手鞠―! ハッピバースデートゥーユー! わー!!」

 母さんの熱唱と共に僕はろうそくの火をふぅと吹き消した。

「改めまして、手鞠、お誕生日と成人おめでとう! 本当に大きくなったね。母さんうれしいわ。天国にいる父さんもきっと喜んでいるハズよ」

 母さんの目にはうっすら涙が浮かんでいた。

「母さんありがとう。父さんが死んでからは母さんが頑張って支えてくれたからこうして僕は大きくなれた気がするよ。これからは母さんを支えていけたらいいな」

「これからじゃなくても、今でも手鞠には支えてもらえているから十分よ。それにしても、手鞠ももう二十歳かぁ。貴方を産む時は世間的に結構バタバタしていたから、もしかしたら我が子を抱けないかもしれないってヒヤヒヤしてたのよねぇー」

「え? 何か大変なことでもあったの?」

 母さんから聞いたことない話が飛び出して、僕は聞き返す。

「そういえば、言ってないっけ? その当時、とある予言が流行っていたってこと」

「初耳だけど、予言?」

「そう、ノストラダムスの大予言って言ってね。1999年7の月に恐怖の大王がやって来て、地球が滅ぶって予言だったんだよね。ノストラダムスって人は結構昔に実在していた人物なんだけども、様々な予言をしてソレを言い当てた人物だからって、大予言も当たって滅亡してしまうんじゃないかって、テレビ番組でも取り上げられてね。終末論が囁かれていたのよ。貴方が生まれる予定日もそこらへんだったから不安で仕方なかったわね」

「そんなことがあったんだ……」

 母親の話を聞きながら、夏みかんのタルトにフォークを入れる。

「でも結局、予言は当たらずに今までどおりの生活を送れているから大丈夫だったのよねー。1999年の夏を過ぎたことには大予言に関する番組は姿を消したし、私は無事手鞠を出産すること出来たし、幸せなことこの上ないわ」

 えへへと笑いながら、母さんはタルトを頬張った。

 僕の生まれる時にそんなことがあったんだなぁーと僕もケーキを口に入れた。

 すると、スマホに通知音が鳴った。

 スマホを取り出すと、友達からのメッセージが入っていた。メッセージアプリを開くと、


『お昼から暇か? 大学のゼミ室でてまりんの誕生日パーティ兼勉強会を催したいんだが、来れそうか?』


 というメッセージが送られて来た。僕の誕生日会と託けて勉強会の方が主体ということが見え見えな文章だった。

「昼から大学の友達が僕の誕生日に託けた勉強会をするみたいだから、昼ごはん食べたら大学に行ってくる」

「いってらっしゃい。母さんも昼ごはん食べたら仕事へ行くから、鍵は持っておいてね」

「了解」

 僕はコクリと頷いてから、友達にメッセージの返信をしようと再びスマホに視線を落としたときだった。


『お昼かл暇か? 大学のゼミ室でЩζりんの誕生日パーティ兼勉∀䂩䃁催したいんだが、来れそうか?』


「あれ?」

 メッセージのところどころが文字化けを起こして読みにくくなっていた。さっきまでちゃんと文字として読めていたのに。

 今朝からあったスマホの不調がまだ続いているんだろうかとまたスマホを見ると、


『お昼から暇か? 大学のゼミ室でてまりんの誕生日パーティ兼勉強会を催したいんだが、来れそうか?』


 文字化けなんてなく、普通に文字が読めた。

 さっきのはただの僕の見間違いだったのだろうか? まぁ、いいかと僕は友達に大学に向かえそうな時間を返信した。


「てまりーん! 誕生日おめでとー!」

 大学のゼミ室の扉を開けると其処にはゼミ仲間五人が集まってやってきた僕を祝ってくれた。

 テーブルにはコンビニで買ってきたと思わしきスイーツたちが置かれていた。

「ささ、本日の主役は好きなデザートを最初に選べる権利を与えよう」

 メッセージを送ってきた張本人である友達の拓海は、僕を上座のほうに案内してテーブルを指差した。僕がテーブルを見回すと、テレビで話題になっていたロールケーキが目に入った。

「じゃあ、これ」

「ああっ! それは買ったときから目を付けていたロールケーキ!」

 選んだモノはどうやら拓海も食べたかったらしい。凄くオーバーリアクションで驚く。

「主役から選ばせてくれるんだろ?」

「う、うーん、行った手前だから仕方ない、持ってけドロボー!」

 そんな自棄モードの拓海にドッとゼミ室は笑いに包まれる。

 僕が選んだ後に他のメンバーも各々好きな物を選んでいき、開封する。

「そういえば、僕の誕生日会に託けて勉強会するとか書いてあったけど、何をするの?」

 前期試験も終わって夏季休業期間に入っているので、ゼミの研究以外は開講する講義も少ない。勉強会するとしても何に対してなのかとトンと見当がつかなかったのだ。

「てまりん、休み明けてから提出予定の集団心理に関するレポートの存在忘れてないか?」

「集団心理……レポート……あっ」

 拓海にそういわれて僕はハッとする。

 そういえば前期試験が始まる前、心理学の講義で夏休みが明けたら集団心理に関するレポートを提出するように指示されていたことを思い出した。講義をしている先生は相当な文字数を書かないとレポートの点数を不可にすることで有名なので、気合を入れないとなぁとその時は思っていたんだけど、すっかり忘れていた。

「その顔は忘れていた顔だな」

「うっ……」

「図星ってワケか……」

 はぁ……と拓海はため息をつく。

「休みの終わりかけに思い出してパニックにならないようにこうして勉強会開いたんだ。俺に感謝しろよな」

 拓海はこのゼミでリーダー的存在だから、こういう時頼りになるなと感じる。

「うん、ありがとう。ところで、建前はそれとして、本音はどうなんだい?」

 こんな綺麗なことを言っているけど、絶対に何か裏があることは同じゼミに入って分かっていることなので、あえて訊いてみる。すると、

「まったく例が浮かばなくてな。三人寄ればなんとかっていうだろ? だから、みんなで出し合えば何とかなると思ってな」

「そういうことだろうと思ったよ」

 僕は肘で拓海の体を小突く。でも、確かに皆で出し合えば何とかなりそうな気がする。

 かといってすぐにネタが出るわけでも……あ。

「……大予言」

 僕がボソッと呟くと、拓海が

「大予言ってあの、俺たちが生まれてくる頃に流行ったって言うアレか?」

「そう、ソレ。結構流行っててニュースとかでも取り上げられたし、集団心理のネタには丁度いいとおもわない?」

「てまりんにしちゃ良いネタ持って来るじゃねぇか! じゃあ、早速検索等で調べつつレポート練っていこうぜ!」

 こうして拓海の指揮の下、集まったメンバーで課題のレポート作りが始まったのであった。


 パーティをしながらのレポートの作成は順調に進み、後は各々個人まとめを書くところまで仕上がった。

「時間も良い頃合だし、後は各々頑張ればいいな」

「そうだね。拓海、今日はありがとう」

「いいってことよ。てまりん、今度酒飲みに行こうな」

「飲めるかどうかは飲んでみないと分からないけど、今度ね」

 そんな他愛のない雑談をしつつ僕達はゼミ室を後にする。大学の校門まで歩いたところで、僕は校門前になっている、セミロングの茶髪の一人の少女が目に入る。

 学内では見たことの無いような子だし、そもそも夏休み中の大学の門の前で誰を待っているのだろうか?

 少女はふと僕と視線が合ってしまった。そして、僕の許へと駆け寄ってくる。

 そして、僕のことをじっと見つめ、こう口を開いた。




「貴方が塩塚手鞠さんですね?」

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