事実は小説より奇なり

るね

第1話事実は小説より奇なり

「なあ」

「何?」

少年は、読んでいる本から目を離さずに少女へと話しかける。

「なんか面白いことおこらないかな?」

「……面白いことって何よ?」

少女は、ペンを走らせていた手を止め、少年のほうへ向く。

「んー、こう、なんというか、それこそ小説みたいなこととか」

「小説みたいなこと?」

「うん。何か大きな事件に巻き込まれたり、天変地異が起こって人間に特殊能力が備わったり」

「はぁ、最近やたら小説を読んでると思って感心してたら、かえって馬鹿になってたのね」

「おい!俺は別に本気でそんなことが起こるとか思ってねえからな!」

「はいはい。それにしてもおもしろいことねぇ。もしそんなことが起こっても実際何もできないんじゃないかしら。怖くなって逃げだしたり」

「うっ、やたら現実的なこと言うなよ。悲しくなるだろ」

「現実はちゃんと見なきゃだよ」

少女は再びペンを走らせる。


面白いこと、ねぇ。

私は、今が最高に面白いんだけどなぁ。


暗い水の奥底で、ひっそりと生きてきた私。

時折姿を現す人間に興味がわきつつも怖くて近寄れなかった私。

最近よくもぐるようになった彼を密かに見つめていた私。

その彼が、岩の隙間に足をとられていたのを見て我を忘れて助けてしまった私。


あれから何年たっただろうか。

あんな会話をしたせいで衝動的に本来の姿に戻りたくなった私は、夏の夜の、誰もいない海岸に来ていた。

誰にみられるわけにもいかない私の姿だけが、そこにはある。

足の代わりに尾ひれがついており、とてもじゃないけどあいつには見せられない。

波音だけが心地よく聞こえる。


「えっ」


意識が波音に支配されてしまっていたせいで、人が後ろに迫っていることに気付いていなかった。

私はあわてて後ろを振り返ると、そこにはあいつがいた。

上半身はいつもと変わらない姿だから、言い逃れはできない。

これまでか。

そう思って海へと引き返そうと思っていたら


「きれい……」


そんな声があいつの口から聞こえてきた。

瞬間、私の中にあるくすぶっていた想いがあふれ出そうになる。

私は、その場で泣き崩れた。

うれしかったのだろうか、悲しかったのだろうか。

私は、私のことのはずなのにわからなかった。

ただ、ひたすら泣いた。

あいつは、いつの間にかそんな私の頭をなでていた。

ああ、温かい。


「なあ」

「何?」

頁を捲る音、カーテンの擦れる音、遠くから聞こえるカモメの鳴き声。

のどかな風景を背景にしてまったりする二人。

「なにか面白いことおこらないかな?」

結局、あの時あいつは私を私と認識していなかったらしい。

人魚なんているわけないし、そもそも暗くてよく見えなかったけど、女の子が泣いていたからとりあえず頭をなでてたみたい。

ばれなくてよかったと思う反面、気づけよ馬鹿とも思った。

だからこう返してやった。


「さあ、どうだろうね?案外身近なところで起こってるかもよ」

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