カルピスよりも薄い恋
水沢 士道
ぬるくなったジュースほど、甘いものはない
「なぁ」
「ん」
「暑くないか? それ」
「暑いけど、なんで?」
「なんでって……だったら外せばいいだろ」
「集中できるから」
「……さいですか」
――――
彼女のするヘッドフォンから漏れるジャズと、窓の外から聞こえる蝉の音。夏を象徴するように照りつけてくる太陽に辟易しながら、本の表紙を開く。
タイトルは……なんだっけ。
特に気にもならないので、そのまま物語を読み進める。
始まりは小さな自分の部屋。茹だるような暑さの中で、物語の主人公である少女は、ペンを走らせている。
そこに書いた文字の言葉選びは平凡で、発想に面白みがあるわけでもなく、文章に強烈な自我が宿っているわけでもない。好きなものを読んだから、好きなものを、好きに書いているような、そんな稚拙。スポーツ選手に憧れたからそれを目指すのだとでも言うように、物語の中の彼女は淡々と文字列を作り続けていた。
……どうやらこれは、ある物語に憧れた凡才の少女が、歯と、唇と、そしてハンカチを噛み締めながらも、少しずつ夢に向かって進んでいく。そんな話らしい。
最終的に少女の出した小説はベストセラーとはならなかったものの、書店の新作コーナーに積まれたそれを読者である〝アナタ〟が手にとって、物語は終わった。
程よい現実の苦味が、喉の奥を通り過ぎる。それは、炭酸水を飲んだ時に感じるあの苦味によく似ている。
吐き出したくなるほど苦いわけではなく、耐えられないことはない。だが、無視して飲めるほど大人にもなりきれない。
なんとなく、親近感を感じる話だ。
頬に張り付いた汗が一滴、流れ落ちる。
――――
昔から彼女は、他人に対する興味が異常に薄かった。
幼馴染の俺に対しても、時折存在を忘れてしまうくらいには自由奔放で、傍若無人で、希薄だった。
だからこそ、人との関わりにおいて生ずる面倒や、煩わしさといった問題は表面化する事無く消えていく。
色恋沙汰なんて聞いたこともなくて、こんなにも自分が近くにいるのに、不快感の一つすら顔に浮かべやしない。
彼女にとって俺は、居ても居なくても同じなんだろう。
それは俺にとっても似たようなもので、きっと彼女が唐突に目の前から消えたとしても、そこに悲しみこそあれ、身を焦がすほどの感傷は恐らく訪れない。
曖昧な関係、曖昧な距離。男女という差を区別しない、そんな事は別にどうでも良いのだという、暴論。
どうでも良い会話を繰り返しながら、夏休みの課題である読書感想文に二人頭を悩ませる。
そんな――カルピスにしても薄まりすぎたその関係が、無性に心地良かった。
カルピスよりも薄い恋 水沢 士道 @sido_mizusawa
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