第51話 閑話 勇者達の休息(前編)

 事の発端は姉さんのこの一言から始まった。


「ええ!そう言う事で海に行くわ!!」


 勿論そう言う事が何を指すのか僕には分からない。

 けれど拒否する権利は僕には無かったのだ。



□■□■□■□■□■



 ざっぱぁ~ん


 打ち寄せる白い波―――

 ごつごつとした岩肌に波がぶつかることで生まれる水泡―――

 岬から下を覗くと女性物の赤いハイヒールらしき物が打ち寄せられている。

 確かに、海は海なんだけど―――


「コレじゃない感が凄すぎる――――」

「ほんとね」


 僕と姉さんが立つ小高い岬に海特有の潮風が吹き抜ける。


「何言ってるんですか!姉弟揃って!海と言えばBBQじゃないですか!!」

「……同意」


 今回の慰安会の企画者石埜姉弟の由奈と瑛十が反論してくる。

 そう。

 僕等は今日本海側の海に来ている。

 僕が―――恐らく言い出しっぺの姉さんもだが―――想像した海はなんて言うかキャッキャウフフとはしゃぐ砂浜を走る男女がいる砂浜で、それを横目に樋口さんとビーチバレーしたり、一人寂しくバナナボートに乗ってみたり、際どい水着のお姉さんを眺めたりするそんな海だと想像していた。

 あれ?何故だろう?ちょっと涙が出て来たよ……。


 周囲には少なからず人はいるのだけれど、それほど多くも無く思い思いに釣りを楽しんだりターフの下で寝そべったりしている。

 そんな中一際多いのがBBQをしている人達だった。

 

「馬鹿な―――日本海側の海はBBQ専用なのか!」


 つい僕の口からそんな呟きが漏れてしまう。

 

「何言ってるんですかぁ?浅日さん、ほら荷物降ろしてきて下さいよ」

「あ、はい」


 夕紙さんに急かされS.Z.Aのバスへと戻る。

 丁度そこにはバスから降りてくる飯田結香の姿があった。

 大きめの麦わら帽子には上品な向日葵の飾りが揺れている。

 白いノースリーブのワンピースに籐で編まれたサンダルを履くその姿に僕は神々しさすら覚えてしまった。


「宗一様?」

「ああ、ごめん、荷物取りに来たんだった」


 丁度道を塞ぐ形になってしまいお見合い状態になってしまっていた。

 僕は飯田結香に道を譲ると奥の座席に置いてあるクーラーボックスを二つ肩に担いで元来た道を戻っていく。 

 バスの外に出ると飯田結香が居た。


「ご一緒します」

「――――うん」


 こう言うと、すこし気恥ずかしさもあるのだけど、聖女事、飯田結香は僕に真っ直ぐな好意をぶつけてきてくれている。

 その理由は僕にはよく分からないところなのだけど悪い気はしない。

 しない所か、言われたその日は寝る前に布団を被り一人頬を抓ってみたり、自分で自分を殴ってみたりしたもんだ。

 え?付き合う?

 ま、ま、ままさか――――

 僕なんかがとんでもない!!

 僕の隣にこんな美女が歩いている。

 それだけで僕は有頂天になりそうなのに付き合うだなんて!?


「あ、そうちゃんそれ、こっちね」

「あ、うん」


 姉さんに誘導された場所に僕はクーラーボックスを置く。


「何々~、ちょっと良い感じなんじゃ無いの?」


 うりうりと言った感じで姉さんは肘を僕の脇腹にめり込ませてくる。


「ちょっ、ちょっと痛いよ」


 いつの間に着替えたのか、首タオルに野球用のキャップそれに長袖長ズボンのラッシュの上にTシャツと言った完全防備な姉が居た。

 その服装にBBQじゃなかったのかと突っ込もうとしたが、由奈は既に釣りを始めており瑛十はその手に銛を装備してる事から今日のBBQが普通のBBQで無い事は何となく見て取れた。


「はい、そうちゃんは素潜り班ね」


 そう言って姉さんはにこやかな笑顔で僕に銛を渡してきた。


「こっちはやっといてやるからソウは食材取って来い」


 煙草を吸いながらそう言ってくるのはバスの運転手事樋口さんだ。

 ちなみに隊長事西尾さんは家族サービスの為欠席だ。


「もうパシリ君は潜ってるぞ」

「樋口さん誰それ?」

「んぁ?ああ中田だったっけ?いや違うな……田中?鈴木だったっけ?」

「僕に聞かないでよ?」

「……田中君でしょ?今回の件でBHは引退したけどサポートに回るって」

「おおそれそれ、流石長官!」

「もう適当ねぇ~」


 田中君……パシリって。

 元々影が薄いキャラだったけどさ……。

 どうやらハーレム田中はパシリ田中に生まれ変わったみたいだ。


「樋口さんは?」

「ああ?俺にもぐれってか?」

「まだまだ行けるでしょ?」

「もう飲んじまってるしな~?しゃあねえな、貝ぐらいなら適当に取ってきてやるよ」


 飲んでるって、あんたバスどうやって運転して帰る気だよ?

 既に手遅れなので僕はあえて突っ込まないでおくことにした。

 お前運転しろよとか言われたらやぶ蛇だし。


 手に持つ銛を眺め、どうした物かと思案したが取り敢えずやってみない事には何とも言えない。

 その場でTシャツと短パンを脱ぐとそれを近くにいた飯田さんに渡す。

 

「じゃぁちょっと行って来るよ―――」


 僕は銛を手に岬の方に駆け出す。


「え?」

「嘘でしょ?」

「ああ、暖かい―――」


 そしてそのままの勢いで海にダイブして行く。

 ああ、僕はコアが無くなってからと言う物封印が常に無い状態に近いのだ。

 だからコレぐらいどうって事無いんだ。


 ざぼんっと入水する音を海面に置いて行き僕は海の中へと潜っていく。

 よく考えたら水中眼鏡してないや。

 まあいっか。

 何とかなるでしょ(脳筋)



□■□■□■□■□■



「普通飛び込むか、あそこから」

「……非常識にも程がある」

「ステキ」

「取り敢えず私たちはBBQの用意しておきましょ。場所も確保しないといけないしね」


「「「はーい」」」


 なんだかんだ言いながらあの子も楽しみにしていたみたいね。

 姉としては嬉しいわ。

 ああいう子供っぽい所、殆ど見たこと無いし。

 それにこの子。

 飯田さん。

 この子がそうちゃんに近づいて来てくれてからと言う物、あの子も良く笑う様になったわ。

 感謝しないとね。

 その飯田さんは本田さんや畠中さんとBBQの設営をせっせとしてくれてる。

 本田さんや、畠中さんには良い気分転換になると良いんだけど。

 そうとなれば彼女たちにも命一杯遊んで貰わないとね~。


「ひぐちぃいい!!」


 私は樋口君を呼びつける。

 のらりくらりしている彼に役割を与える為だ。


「な、何だよ?」

「今日、今この時から、あなたBBQ設営大臣任命よ。光栄に思いなさい。それと大臣なんだから全部一人で準備する事!良いわね」

「えええええ、そりゃ理不尽ってもんだぜあねさん」


 肩を竦め悪態をつく。

 だけど私の視線の先の彼女たちを観て何かを悟ったのかポリポリと頭をかきながら「貸しだかんな」と言って動き出した。

 彼とも長い付合いになる。

 私が初めてスカウトしたBHが樋口守、彼なのだから。

 そんな長い付合いだから無遠慮に物も言える。

 有難い事だ。

 何故か樋口はがおぉおおおって言いながら3課の三人を追い払い残った仕事を自分が受け持った様だ。


「何やってんだか」


 その様子にすこし呆れながら私もBBQ設営の手伝いをするべく歩いて行く。


「こらぁーーーー!なんでもう火起こそうとしてるの!まだ何にも食べ物無いでしょ!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る