箸休め
第50話 閑話 浅日宗一の休日 苦悩編
ペラペラペラペラ―――
捲り、そしてまた戻る。
そしてまたページを捲る。
さっきから僕はそれを繰り替えしている。
何をしているのかって?
週間旅ログの関東版、その特別袋閉じの『今年絶対食べたい担々麺』特集を眺めているのだよ。
悩ましい。
非常に悩ましい。
折角の休日に大好物の担々麺を食べる。
これ程の癒やしは無いと言い切れる。
だけど、久々の休日だ。
ここは安定の老舗、壬生屋のラー油肉そばとマイルドに行くか。
はたまた元祖地獄系激辛担々麺を掲げる鬼護摩の新メニュー、ドラゴン汁なし担々麺を食すか。
若しくは担々麺会の超新星、地獄屋権野助の鬼ヤンマ味を試すのか。
非常に悩ましい。
三者三様にそれぞれの良さはある。
地獄屋権野助に関しては開店から2ヶ月しか経っておらず連日超満員で休日なら朝の8時に並んでも食べられるのは2時過ぎと言われてしまっている。
流石に6時間待つのは担々麺愛好家の僕も二の足を踏んでしまう。
だけれどもだからこそ食べたときの感動は一塩とも言える。
そう考えると待ち時間はむしろスパイス!
かといってまだ一度も食べた事が無い地獄屋権野助の担々麺鬼ヤンマ味。
もし期待外れだったらどうしようか。
そんな事を考えてしまう。
勿論店主の鈴木一朗太さんはあの名店味仙人で10年という長い期間修行を積んだ経験がある方だ。
僕も味仙人は幾度と無く足を運んでいる。
東京神田の総本山は昔ながらの情緒を残す名店で、僕の様な愛好家から一般のお子さんまで客のレベルに応じて美味しく食べられる担々麺を提供してくれている。
味仙人の担々麺はベーシックな鶏ガラ醤油に唐辛子汁で煮込んだ豚ミンチを合せ自家製の激辛合せ味噌、所謂
炒めたニンニクと唐辛子のスパイシーな香りが漂う王道担々麺。
店の外に流れ出る香ばしいゴマとニンニクの香りを嗅ぐだけで人々はまるで街灯の光に群がる蛾の様にふらふらと足を運んでしまう程だ。
ネギたっぷりのあの担々麺を一度食べたら虜になってしまうのはどうしようも無い。
いわば魔性の担々麺なのだ。
ぎゅるり―――
そんな事を考えてたら無性に腹が減り僕のお腹がその音で早く動けと訴えてくる。
こうなれば久々に味仙人に行くのも手の様にだんだんと思えてくる。
いやしかしだ。
未だ食したことの無い地獄屋権野助は今流行の山椒メインの担々麺だと聞く。
普通担々麺と言うと赤みがかった色をしたスープを想い浮かべるだろう?
それが違うのだ。
一口啜ればぴりりと痺れる山椒メインのスープは薄い茶色のスープだ。
高級青山椒と花山椒の奏でる痺れのハーモニーに赤唐辛子の辛味と味噌のほどよい甘みが絡み合う個性的で有りながら圧倒的な完成度を誇るスープ。
それが地獄屋権野助の人気の秘密なのだ。
そして贅沢にも鬼ヤンマ味は、山盛りの野菜と肉厚のチャーシューが基本のトッピングとなっている。
その青々と輝く野菜や柔らかく煮込まれたチャーシューだけでも食す価値があるのでは無いかとボリュームだ。
レビューも脅威の4.1。
コレを食さない手は無いのでは無いかと、そう私浅日宗一は考えるわけですよ。
だが、如何せん今既に朝の7時半―――
地獄屋権野助がある中の迄このS.Z.Aの寮からは1時間弱かかってしまう。
刻一刻と刻まれる時計の針に僕は苦しめられているのだ。
ただ、僕は朝ご飯がっつり食べる派な訳で。
そして今はまだこの時間だ。
勿論朝食は取っていない。
地獄屋権野助は計画的に行かなければそれこそ待ち時間地獄に陥ってしまう。
残念ながら今日の参拝は断念するしかないか。
そうなってくると残りは老舗、壬生屋のラー油肉そばか、元祖地獄系激辛担々麺の鬼護摩の新メニュー、ドラゴン汁なし担々麺か……。
非常に悩ましい所である。
正直辛い物好きの私浅日宗一は辛ければ辛いほど良いのだ。
だけれども壬生屋のラー油肉そばはそう言った辛い物と一線を画している。
殻まで練り込まれた本格的な二八そばは毎日大将が挽き立てのそば粉を使い何時でも打ち立てのそばを提供してくれる。
そのそばの香りを殺さない甘辛いスープは関東では珍しく出汁をかなり利かせている。
大将事、御鏡裕一郎さんの出身が和歌山だと言う事に関係しているのかも知れない。
幼い頃食べた和歌山ラーメンが彼の中に息づいているのかも知れない。
そんな出汁の利いたスープは濃厚な鶏ガラと豚骨と魚介のミックスとなっておりこだわりの天然水と混ぜることで異次元のスープと変化しそば本来の香りを殺さず引き立てると言う摩訶不思議な現象が口の中で起きるのだ。
そんなベースの肉そばにのせるのはブランド豚東京Xの豚バラだ。
煮詰められた割り下と絡められた肉は後乗せが基本となっている。
強すぎるパンチがそばの香りを殺してしまう恐れがあるからだ。
そして何より凄いのは自家製ラー油である。
刻みニンニクとタマネギ、ゴマそれらをネギ油でトロトロになるまで炒めたところに高級赤唐辛子を秘伝のブレンドで投入されていく。
この時にすりごまを入れることでより一層薫り高く上品なラー油へと変化していくのだ。
そうそしてこのラー油、只のトッピングなのだ。
この壬生屋には基本かけそばと肉そば、それとざるそばしかメニューにはないのだ。
トッピングすら裏メニュー。
そして裏メニューを食す事が許された物のみが頼めるのが至高の一品『ラー油肉そば』なのだ。
ぐぎゅるるる~~~。
一人部屋に空しく腹の音が響く。
その時僕の目に飛び込んできたのはこの間買い溜めた『蒙古激辛担々麺しの』とコンビニのコラボ商品、『蒙古家族軒――天国からの贈り物』だった。
起き抜けの今。
極限まで腹が減っている今。
この状態で天国からの贈り物を食す。
それが何を意味するか分からない僕では無かった。
カップ麺最凶を誇る辛さは伊達では無い。
きっと空っぽの腹に凶悪なまでの辛さを誇る天国からの贈り物を入れれば胃が荒れる事は確定だろう。
だが、この天国からの贈り物は味変機能付カップ麺なのだ。
中太縮れ麺にほどよく絡まる濃厚な白いスープ。
魚介の旨味を一ミリも逃さず濃縮している。
そう、この天国からの贈り物、そのままで食せば只の美味いラーメンなのだ。
だが付随する味変辛味噌を一度投入すれば嘘のように地獄が降臨する。
その味変味噌を二袋投入すれば僕としても今回の『参拝』に満足出来なくも無い。
そして余った汁に握り飯を投入。
残り汁すら頂く完璧なシフトだ。
胃のことは牛乳でものんで保護してやれば良い。
そんな浅はかな考えさえ浮かんできてしまう程腹が減ってきている。
そんな僕の目の前に置かれた『今年絶対食べたい担々麺』特集が開いていたのは、そう。
あろう事か元祖地獄系激辛担々麺の鬼護摩の新メニュー、ドラゴン汁なし担々麺のページだった。
大きく見出しに載った写真に思わず喉が鳴る。
極太の麺に真っ赤な唐辛子粉が大量に振りかけられている。
色合い的に恐らくハバネロだろうか?
鮮やかなオレンジ色が栄えている。
クリーミーな乳白色のスープ。
そのゴマベースのスープの中に見え隠れしている茶色い欠片。
まさかアレはナッツなのか?
嗚呼!もう!!
想像するだけで香ばしい香りが漂ってきそうだ。
そして麺の手前に目立つように配置されているのは3種類の肉だ。
贅沢な事にミンチ肉とバラ肉、そして極厚チャーシューまでが乗っているじゃないか。
ドラゴン汁なし担々麺恐るべし―――――
正に地獄系担々麺のド直球!
ストライク中のストライク!!
汁なしと変化球を投げると言っているにも拘わらず超ど真ん中ドストライクを投げつけるこの根性!!!
完敗だ。
ちょっと自分でも何言ってるかよく分からなくなってきているけど。
僕が完敗したことには代り無い。
心は決まった――――
そして僕は焼いたトーストを噛みながら中目黒への往き道を考えていた時だった。
トゥルルルルル――――
トゥルルルルルル―――――
スマホの画面を見る。
飯田結香――――
S.Z.Aのアイドル聖女事飯田結香からの着信だ。
コレを無視するなんてあり得ない。
そう、あり得ないのだけれど、僕の趣味趣向を分かってくれる人が分かっている事も知っている。
最近頻りに僕に連絡をくれる彼女。
そんな彼女を勿論僕は憎からず想っている。
トゥルルルルル――――
トゥルルルルルル―――――
だから電話に出ないという選択肢は無い。
「あ、もしもし―――」
「――――宗一様今日お暇ですか良かったらお昼でも……」
さっき迄の苦悩は何だったのか?
そんな事を頭の片隅で考えながら僕の出した答えは勿論―――
「あ、良いよ――――何か食べたいものでもある?」
である。
この後彼女に担々麺伝導師たる僕が参拝を進めるのかはまた別の苦悩。
僕浅日宗一の苦悩は今日も無くならないらしい。
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