第44話 凶宴-1

「おお、なんかあっけなかったな」

「そう……ですね」

「ま、それだけソウが強かったって事で良いんじゃ無い?」


 僕の目の前には粉々に砕けた大河内廉也だった物が散らばっている。

 肉体の芯まで完全に凍ったみたいで試しに安全靴の踵で思いっきり踏みつけたらバキリと固い音を立てて割れてしまった。

 この時僕はあまりにもあっけない結果に釈然としない気持ちと、皆を早く回収しなければと言う気持ちがない交ぜになり少し焦っていたのかも知れない。

 

「このコア……どうする?」


 樋口さんが隊長と相談している。

 廉也が胸に装着していたコアの扱いに少し困っているようだった。

 今までなら迷わなかった事も僕達3人はギュスターから話しを聞いた事によって色んな判断に迷いが生じてしまう。

 そして廉也の身体は砕け散ったがコアに関しては見事に4つとも破壊されずに残っていたのである。


「……とりあえず今まで通りの対応で行くしかないか」

「だな」


 結局は回収し本部に預け久樂博士に回すしか僕達には出来ないのだろう。

 久樂博士、いや、ギュスターの話しが正しいのならばクリオス・フェノールと言う男と今後どう付き合うのかも大きな悩みの種だ。

 僕は周囲を見渡し動けそうな人を探す。

 どうやら田中伸行と山之内俊そして飯田結香、夕紙さん、由奈は無事なようだ。

 逆にその他の姉さんと瑛十、そして先程まで廉也に陵辱されていた本田紬はどう見ても無事では無い。

 あまりの恐怖に皆少し錯乱していたが廉也が死亡したと言う事を確認すると安堵した様に今度は泣き崩れる者がほとんだだった。

 気丈にも飯田結香は全員に治癒魔法を掛けて回っていた。

 僕が君も少し休めと言っても「これぐらいはさせて下さいと」甲斐甲斐しく動いていた。

 飯田結香の治癒魔法によって復活してきた姉さんと隊長が相談して取り敢えずの方針を打ち出した。

 それは『全員で撤退しつつB班と合流』という物だった。

 この周辺は電波障害があるのか通信も出来ない事から兎に角移動しよう。

 そうして皆が動き出した。

 そんな時だった。


「いいいぃっぃぃっぃぃっぃぃっぃぃぃぃぎぃぃぃぃ――――」 


 聞くに耐えれない苦痛に満ちた声を本田紬があげたのは。


「おい、どうした?彼女どうなっている?」


 その背に本田紬を背負っていた隊長が呼びかける。

 彼女は激しく髪を振り乱しその表情は覗けない。


「ちょっ、ちょっと」


 本田紬は気が狂ったように頭を前後に激しく振り出し、その度に隊長の首筋や後頭部に頭を打ち付けている。

 その衝撃で隊長が本田紬を地面に落としてしまう。

 背中から落ちたにも拘わらず本田紬は声を上げながら気が狂ったかみたいに、その身体を激しく動かしている。

 まるで見えない何かを振り解くように。


「ぎぃひぃぃぃ――――」


 ボンッ


 そんな風船が割れたような音が突如響く。

 すると目の前の彼女のお腹がいきなり一回り大きく膨れた。


 ボン、ボンッ


 今度は二度破裂音が鳴る。

 本田紬は何かに弾かれたように身体を弾ませると更に彼女のお腹が大きくなった。

 声を上げなくなった本田紬をみるとその目はぐるりと白目を剥き口はだらしなく開けられ泡を吹き出していた。

 そのあまりの異常さに気を取られ僕等全員が何も出来ずにいると、彼女のお腹に真っ赤な一筋の線が入ったかと思いきやそれが真っ二つに腹部が割れた。


「おぎゃぁおぎゃぁおぎゃぁ」


 割れた腹部から出て来たのは禍々しいほどに真っ黒い赤ん坊だった。

 しかも瘴気らしい物まで纏っている。

 

「紬!紬!!」


 悲壮な声を出しながら飯田結香が僕を押しのけ彼女の側に駆け寄ろうとする。

 それを僕は強引に押しとどめる。

 何故なら本田紬は既に死亡し、この赤ん坊からは先程の廉也と遜色無い程度のLoonが感じ取れるからだ。

 迂闊に近寄れる訳が無い。


「どいて!どいて!!」


 飯田結香が僕を叩く。

 それでも行かせるわけにはいかない。

 見かねた隊長が止めに僕の方に近寄ろうとした。


「嬢ちゃん。ま――――」


 その言葉を最後に隊長の頭部が爆裂した。

 もう僕は何を見ているのだろうか?

 スローモーションの様に、兄と慕った人の顔が破裂していくのだ。

 ピンク色した破片が僕の顔にべしゃりとかかるのだ。


「うぁああああああああああああああああああああああああああ」


 僕が悲鳴を挙げると同時に目の前の隊長だった物は崩れ落ちる。


「おぎゃぁおぎゃぁおぎゃぁ―――――」


 赤ん坊の泣き声が聞こえる。

 目の前の隊長だった、それを包む黒い物体から。


「おぎゃぁおぎゃぁおぎゃぁ―――――なんちゃって。アハハハ」


 でろんと広がった黒い物体は徐々に人の形を作っていく。

 胸部にはを誇らしげに飾りつけると、ほんの一息で大河内廉也だったそれになった。


「ああ、流石に死んだかと思ったよ。流石勇者、あれ?そういや俺も勇者だった。アッハッハッハ。吃驚した?ねぇ吃驚したでしょ~アハハハ。いや~世界広しと言えど赤ちゃんプレイは出来ても生まれてくるプレイしたことあるのは赤ん坊以外では俺ぐらいだろ~アッハッハッハ」


 廉也が僕に何かを振りかざす。

 その様子を僕は眺めていた。


「危ない!」 


 僕の腕に抱いていた飯田結香に僕が押し倒される。


「―――ぐぅっ!」


 廉也が振りかざした物で彼女は肩口を怪我したようだ。

 赤い染みが制服に広がって行く。


「何ぼっとしてやがる」


 その声と共に大きな背中が僕達の前に滑り込んできた。


「誰か!ソウを引っ込めろ『聖壁セイントウォール』!!」

「邪魔だよ~パイセ~ン?俺ベビーフェイスと遊ぶんだからさ~」


 そう言って廉也が振るうコンバットナイフの一撃で防護結界であるセイントウォールに罅が入る。


「早く!!!!!!『聖壁セイントウォール』!!」


 その声に急かされるように僕と飯田結香が誰かに引きずられて行く。


「お前うざいよ」


 廉也の振るう攻撃を防護結界と楯を使い凌ぐ樋口さん。

 それを僕は上手いなぁとぼんやりと見ていた。


「浅日さん、浅日さん!」


 ガクガクと揺れる視界に少し気持ち悪くなる。


「しっかりして下さい!!」


 揺れる視界の端に頭の無い動く死体が見えた。

 恐らくあれは入口付近にあった女性の死体だ。

 見覚えがある。

 そしてその腹がボンと大きく膨らむと腹が割れ黒い何かがそこから這い出てくる。


「ああぁぁぁあああ――――」


 何故だろう?上手く声が出せない。

 それでも指をさせば誰か気付くかも。

 そう思い首無し死体を指刺す。

 しかしその頃には死体も無く、ぬらぬらと光る黒い物体は何処かへと移動していた。


「ぐぁわぁああああ!」


 遠くで誰かが倒れた。

 たぶん若い男の子だ。

 だから危ないって言ったのに。


「何で?何でもう一匹いるの?何で?早く!浅日さん!早く!!」


 錯乱した様子で僕を揺さぶる。


「ねぇ!諦めないで――――お願い!!」





『諦めないで――――』


 彼女は最後に僕に告げた。

 大好きだった彼女は拘束され身動きの取れない僕の目の前で無理矢理犯され生きながら喰われ、その短い半生を閉じた。

 葉月――――


『――――諦めるな』


 何一つ通じなかった魔王ゴブリン。

 手も足も出ず諦めかけて死を覚悟した僕を庇い、その命を落とした明弘。

 諦めるな、それが彼の最期の言葉だった。


『そんな簡単に諦めんなよ――――』


 何時も手合わせをしてくれていた隊長。

 今でこそ僕の方が強くなったが昔はこてんぱにやられていた。

 そんな時隊長が言った言葉が『お前は勇者なんだからそんな簡単に諦めるなよ、今は出来なくても必ず強くなる。その時にお前が皆を守るんだ―――』

 

 僕は一体何を守る事が出来るのだろうか?

 目の前であなた達を見殺しにする事しか出来なかった僕に。

 


「ねぇ!諦めないで――――お願い!!」


 バシンと僕の頬を夕紙さんが平手で張る。

 その顔は涙で濡れている。

 彼女はサポーターであって一般人と大差無い。

 そんな彼女が今、僕を守ってくれている。

 僕を――――


 僕は守られてばかりだな――――




 彼女と眼が合うと僕はそう言い立ち上がる。

 少し先ではに皆が蹂躙されている。

 周囲のLoonをスヴェリンの翼で吸い上げると胸のコアが紅く紅く輝いた。

 天騎士だった明弘のコア。

 スヴェリンとなった今でも僕を守ってくれている。

 それに呼応するかのように両手に持つティルフィングが一際大きく燃え盛り、凍える。

 大魔導師だった葉月。

 彼女のコアを利用して作り上げたのがティルフィングだった。

 何時も僕等の火力を担当していた葉月が今もMEを倒す刃となってくれている。

 

 吸い上げたLoonを身体強化に回す。

 輝くスヴェリンの翼が過剰なLoonを吐き出すと僕はほんの数センチだけ宙に浮く。

 循環を最大限にまで引き上げるとスヴェリンの翼からは緑色した光が迸る。

 


「――――ごめん。行ってくる」

 

 僕は夕紙さんにそう告げると風の様に空中を駆けた。





 

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