第38話 ギュスター再び

 ぞくりと背筋を冷気が撫でた気がした。

 振り向けど其処には何も無く足下を流れる瘴気とは裏腹に優しい光が洞窟内部を照らし出している。


 僕等は今十字路を右に進んでいた。

 徐々に増していく瘴気を目印に進んでいると言っても良い。

 まず最初に行ったのは正面だった。

 何故か?

 それは山崎奈々子、彼女の証言と此処が一致するかどうか。

 その立証のため僕等は正面の道を進んだ。

 少し行った所で通路は突然の行き止まりとなっていた。

 その事で恐らく此処が彼女の証言した洞窟内部で間違いないという結果になった。

 しかし、彼女は何故此処に来て、何故生き延びられたのだろうか?

 彼女に関しても謎は多い。

 記憶が混濁しているとの事なので、証言を貰うには少し時間が必要かも知れない。


 地を這うように蠢いている瘴気を見つめる。

 それにしてもこれ程か。

 ギュスター。

 恐らくこの瘴気を漏れ出しているのはギュスターであろう事は間違いない。

 今まで出会ったMEでこれ程のMEは存在していない。

 彼の魔王と呼ばれたゴブリンキング。

 金竜と呼ばれたワイバーンの亜種。

 上位以上にランク付けされるMEを討伐した事もある。

 だがギュスターはそれらを遙かに凌いでいる。

 近づくほどにその力を感じ取る僕等は、この道を進み出してからは口を噤んだままだ。

 洞窟内はひんやりとしているのに奥から感じる重圧に汗が吹き出てくる。

 自然と足取りは重くなる。


「ソウ……トライエクスは行けるのか?」

「ええ、充填は完了してます。何時でも行けます」

「そうか……頼む」

「ええ」

「コイツはちょっと俺等じゃ荷が勝ちすぎる」


 聖騎士と名高い彼らも奥からひしひしと伝わる重圧に脅威を感じ取ってる様だ。

 樋口さんの言う様に彼らでは恐らく相手にならないだろう。

 通常時の僕でも同じだろうけど。

 この最終決戦兵器トライエクスを起動すれば僕にも勝機は十分にあるはずだ。

 

 僕等の歩いているこの道は徐々に左に曲がっておりその先を見通せない様になっている。

 意図してなのか偶然の産物なのか分からないが前も後ろも見通せないこの通路はそれだけで不安に駆られる物がある。

 時々ぽつんと落ちてくる水滴が方などに落ちるとそれだけで大の男三人がビクリとしてしまう。

 緊張に耐えかねたのか樋口さんがちょっとタンマと言うと喫煙を始めた。


「ふぅ~」


 紫煙を美味そうに口から吐き出すとその煙草を隊長に渡す。

 隊長もそれを一口吸うとまた美味そうに紫煙を吐き出す。


「はぁ~」

「何時もの事ですけど美味そうに吸いますね」

「ソウも吸ったらどうだ?」


 樋口さんの誘いを「僕は身体に合わないので」と、にべもなく断る。


「吸わないに超したことはない」

「違いない」

「じゃぁ吸わなければ良いのに」

「は~、わかっとらんな~。良いか?酒と煙草と博奕と女は覚えたら一生辞めれないのよ」

「まぁ、何にも覚えてないソウには分からない話だ」

「いやいやいや。聞き捨てならないね樋口さん」


 確かに煙草は吸わないし博奕という博奕は賭け麻雀ぐらいしかしたことが無いが、これでも32歳で酒は一応呑めるし、女性とだって……こう、そう……お店とかでなら……どう言う風に言った物かと思っていたら隊長が諫めに入ってくれた。


「はっはっは。まぁ口論は後にしよう。ぼちぼち先に行こう」


 隊長がバンバンと背中を叩いて来る。

 その手の温もりで少し気持ちが軽くなったような気がした。


「そうですね」


 僕はそう答えると二人の前に出た。


「お、おい」

「此処からは僕が前に出ます」


 僕は重かったその歩を進め、洞窟内部の通路を歩き出す。

 相変わらず洞窟内部は肌寒いし漏れ出てる瘴気は収まらないけど僕等の足取りは少し軽くなった。

 ここまで来るとやるしか無いのだ。

 そう決意し歩を進める。

 しばらく、と言うほども歩いていないが僕等三人の前に一際豪奢な扉が現れた。

 金色をベースにあしらわれている装飾は華美で、其処だけ別の世界を切り取ったかのような扉だった。

 これを開けると中は異次元でしたと言われても何故か納得してしまいそうな、そんな雰囲気を醸し出していた。

 僕は特にためらう事も無く扉を開く。


 ギィー

 少し耳障りな高い音が鳴る。

 少し扉は重かったが、思ったよりもスムーズに開き案の定その中にはギュスターがいた。

 

「やぁ、遅かったじゃ無いかアサヒ」

「ああ、ちょっとね……それよりこれはどうなってるんだ?」


 僕のその言葉が指す物。

 それはこの部屋だ。

 扉を開いた先に在ったのは扉に似つかわしい部屋だった。

 赤い絨毯に艶のある木製のダイニングテーブル。

 革張りのソファーはよく手入れが施されており、その全てが上等な物だと一目で分かる。


「俺の部屋だが?……立ち話もなんだ。奥の二人もついでだ、座ると良い」


 僕等は促されるままソファーに座る。

 昨日も感じたことだ。

 彼の言葉には何かしらの強制力が働いているように思える。

 そうで無ければ

 ここに来る直前まで僕等はその命を賭してでも、そう言う思い出此処まで来ている。

 それなのに肩すかしを食らったからと言って、そう素直にソファーに座るとは思えない。

 それなのに今僕は、の様に感じるのだ。

 

「――――魅了チャーム、か」

「おや、気付いたか。流石アサヒだ。これに関しては勝手に垂れ流してしまっている物だから封じようが無いんだ俺自身。何かそう言う呪具でもあれば封じれるかも知れんがな」


 ギュスターはおどけた調子でそう話すが、その事を特に気にした様子は無い。


「それで、昨日の話――――」


 ギュスターの流れに乗せられるのは癪に障るが昨日彼が言った『真実』それが少し気にはなるんだ。


「ああ、どうせお前達人間は何も知らないのだろうから教えてやる」


 そう言ってギュスターは反対側の一人用ソファーに深く腰を落とした。


「この世界はもうすぐ変革の時が来る。誰にでも分かるようにかみ砕いて言うと、俺達の世界イスガルドとお前達の世界アース、その二つが一つになるのだよ」

「はぁ?」


 何言ってるかわかりません。

 正直に言うとこの「はぁ?」にはそう言う意味が含まれている。

 そりゃそうだろう?

 普通、お前の世界と俺の世界ががっちゃんことか言われてあ、そうですかふーんとはならないよ。

 何言ってんのお前?頭大丈夫?って聞くのがデェフォルメである事を僕は信じたい。

 だけど僕のそんな葛藤を余所にギュスターは話しを続ける。


「まぁ聞け―――――この変革自体はおおよそ100年程前から始まっているのだ。このこと自体決定事項で有り変わることは無い。もう既に一部の地域は混ざり合っているのだからな―――」


 人は本当に驚くと声が出ないとか言うけれどギュスターが話し始めた事は本当に驚愕だった。

 世界の変革?

 どういう規模の話しだよ。

 しかもその事自体が既に決まっている?もう始まっている?

 ますます訳が分からない。


「す、すまない。少し良いだろうか?」


 隊長が申し訳なさそうに手を上げた。

 どうやらギュスターに聞きたいことがあるようだ。


「ああ、どうぞ」

「二つの世界が一つになると、そのこと自体が決まっていると言ったが、それは誰が決めたのだ?」

「なんだ、そんな事か。簡単な事だろ?世界の事を決めることが出来るのは世界を創った者―――――――――――お前等の言う所で『神』だ」

「――――神」


 そんな眉唾な事を聞くとは思わなかった。

 普通なら「神なんて――――」と一笑に伏す所だ。

 だけどもそう簡単に言えない自分がいる。

 淡々と喋るギュスターの、その言葉に皆が気圧されていた。


「信じる信じないはお前等次第だが、世界の変革は止まらない。そして変革された世界を統べるのは我らが王『―――――』様だ。その為にも一刻も早くお前等には殺し合って貰わないとな」

「殺し合うって、一体どういう事だ!」

「どうもこうもない。ただ俺が創った妖魔ファナティスそれと戦って貰う。それがこの世界の為、延いては『―――――』様の為にもなるのだ」

「『―――――』とは一体…」


 隊長がそう言った瞬間ギュスターから殺意が漏れる。


「『―――――』様だ。人間命が惜しければ二度とその名を口にするな」


 そう言ったギュスターの眼は視線で人が殺せそうな程の眼力が宿っていた。

 ただ、僕にはその名が聞こえ無い。

 だから僕は言ったんだ。


「ねぇ?さっきから誰の事を呼んでいるの?名前の部分がごめん、上手く聞こえないや」

「何言ってんだソウ。ハッキリ言ってるじゃないか?耄碌するには少し早いぞ」


 隊長が口を挟んでくる。

 ハッキリ?

 『―――――』なんて全く聞こえ無いのだけど。

 

 あれ?


「クックックック――――――これは傑作だ。お前等人間の勇者が神に呪われていたなんてな」




 

 

 

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