第33話 BH―――その勇者たる所以

「おいおいおいおい、なんだこの数」

「全くどうなってんだこのゴブリン共」


 森の中に突入した二人の聖騎士は戸惑っていた。

 それもそのはず勇んで突入したはずが出てくるMEはゴブリン。

 しかも最下級レベルのみ。

 ホブゴブリンやゴブリンマジシャンと言った上位種などは一切でてこないのだ。

 ただその数が問題だ。

 ウンザリするほど沸いて出てくるのだ。

 突入して早20分。

 既に二人で200体程のゴブリンは葬っている。

 それなのにバイザーに移るMEの総数はまるで減っていないのだ。

 いや、一時的には減るのだ。

 だがその数は直ぐに追いつき元の数字になるのだ。

 2218――――。

 この数字を何回見たことか。


「一体どうなってるんだ」


 そう言いながら樋口守は眼前のゴブリンを片手剣の一凪で葬る。

 2217―――2218。

 カウンターは直ぐに元の数字へと戻る。


「こりゃぁアレだな樋口、なんか罠にはまってるな俺等」

「マジかぁ~、しんどいなぁ」


 ひたすら沸き続けるゴブリンを二人はひたすら狩る。

 白銀と謳われたその剣を振るい、薙ぎ、突き刺し、殺す。

 

「切りがねぇな」

「全くだ――――ちょっと試しにデカいの撃ってみるわ」

「んじゃ俺は露払しておくよ隊長」

「頼む」


 幾ら切っても叩いても沸いて出てくるのはゴブリンのみ。

 ならば樋口一人でも十分捌けるだろう。

 そう判断した西尾は楯を装備から外し白銀の剣を両手で握り直す。


 聖騎士―――

 聖なる騎士。

 戦士系騎士職の最上級職の一つ。

 その最たる能力は何かと言うと、やはり守備力の高さだろう。

 守備力が高いと言う事は言い換えれば生存能力の高さを求められる。

 それはどんなシチュエーションだろうが求められるのだ。

 そしてそれを可能とする職業が聖騎士である。

 

「禍つ影―――祓うは陽光」

 

 西尾の周辺に薄紅色のLoonが舞う。

 その様はまるで桜の花びらの様で見る者をその場に留めてしまう。

 樋口に襲いかかっていたゴブリンがほんの少しの間その花びらを見てしまう。

 その隙を逃す樋口では無い。

 瞬時にゴブリンの首をはね飛ばす。

 首を飛ばされたゴブリンはまるで漫画の様に血を吹き出し地に伏すと同時に黒い粒子に変わっていく。

 たしか『洞窟ダンジョン』の中のMEがこんな死に方していたな。

 普通MEを討伐すれば死体が残るのだが今回のはどうやら少し様子が違うようだ。

 樋口は背後で急速なLoonの高まりを感じる。


「咲け――――桜花」


 西尾が唱えると白銀の剣が桜色に輝き出す。

 それと同時に西尾の高まりを感じ取ってか絶妙のタイミングで樋口が眼前のゴブリンを斬ると同時に大きく退避する。


「祓え!桜花絶斬!!」


 横薙ぎに繰り出される西尾の斬撃。

 白銀の剣から桜色の波動が放たれる。

 扇状に放たれた剣戟。

 その属性は聖属性。

 聖属性の特性は『邪な存在の拒絶』である。

 聖騎士は派手な固有スキルや技などは元来持ち得ない。

 唯一の特性は『聖女』と同じ「聖属性」の使用。

 修練の先に見出した業と聖属性でMEと戦うのだ。

 それ故の強さ。

 それが聖騎士という職業。


 ピシリ―――


 どこからともなく亀裂が入る音がする。

 その音と共にさっきまで無限に沸き続けてきたゴブリンの出現が止まる。


「どうやら成功したみたいだな」

「ああ、しんどかった。―――ふぅ~、一本どうだ?」

「おお気が利くな。貰うよ」

「ふぅ~、おっさん二人にはしんどい仕事だな」

「全くだ。ほらどうやらおいでなすったぞ」

「せめて一本ぐらい最後まで吸わせて欲しかったぜ」

「ソウの仕事が終わるまで取り敢えず今日は禁煙としゃれ込むか」

「仕方ない。後輩を見守るのも俺等おっさんの役目だ」


 聖騎士二人の前の空間がガラガラと音を立てて崩れ始める。

 その奥に見たことも無い紫色のゴブリンが居た。


「ギャギャ、死ンデイレバ良イ物ヲ――――」


 その声を聞いた西尾と樋口は最大級の臨戦態勢を取る。

 MEが喋る。

 この事の脅威を二人は知っているのだ。


 バイザーが映像としてMEを捉え検索を開始する。

 過去のデーターを元にある程度MEを数値化して脅威度を把握出来るようにS.Z.Aは鑑定システムを構築している。

 二人はこう言った先進技術を上手く使いこなしていた。

 それが生存確率に繋がると知っているからだ。

 そしてその鑑定システムからの回答が「UNKNOWN未確認」だ。

 ただ鑑定システムの優秀なところは「UNKNOWN未確認」をそのままにせずある程度の推測を経て系統までは教えてくれるところである。

 だが今回のME、どう見てもゴブリンなのだがその身体の所々に樹木の様な枝葉が生えているのだ。


 結果鑑定システムはこの目の前のゴブリンを―――ゴブリンミスティックと結論付けた。

 ランクは上級亜種。


「最悪だ」

「同感だ」


 二人は楯を深く構えその身を沈める。

 上級亜種。

 その言葉に想い浮かべるのは魔王ゴブリン。

 かつてS.Z.Aのエースである、浅日宗一が討伐した最初で最後の上級亜種MEの進化種。

 多くのBHの犠牲と共にやっとの思いで討伐したのである。


 そもそも上級MEと呼ばれる存在を人類はそう多く知らない。

 現状確認出来ているのが白狼と呼ばれるラインカンスロープとワイバーンの上級種のリンドルム、吸血鬼アシュレイと言った所だ。

 そのどれもが狡猾で人の言葉を理解した。

 そしてその全てが、未だ―――――――未討伐である。

 数々のBHを葬ってきた上級ME。

 それが目の前に居る。

 

「何、上級と言っても幅は広い」

「それもそうだな。コイツの前に立ってみてもそんなに恐怖を感じない。どちらかというとこんな所で留まっていて何時由奈の弾丸にケツを掘られるか、そっちの方が心配だ」

「くっくく、違いない。弟ですら信用してないって言ってたからな」


 負け惜しみを言いつつも、二人はニヤリと笑い眼前のゴブリンを見据える。


「ギャギャギャ、コノ俺様ニ恐レヌトハ良イ度胸ダ」


 目の前のゴブリンの言葉に二人はどっと笑い出す。


「おいおいおい、このゴブリン怖がって欲しかったんだってよ」


 西尾が軽口を叩く。

 両肩を竦め樋口に話しを振る様はまるでお前など取るに足らない存在だと、そう言っているようだ。


「流石ゴブリンだな。なら出てくるところを間違えてるぜ。何しろ俺達はBraveHeartブレイブハート、勇気ある者。すなわち勇者なんだからよ」


 樋口が嘯く。

 その背中には汗が滴り正面から感じる重圧に膝を屈し無いように耐えるのが精一杯だ。

 それでも二人は引かない。

 今日ここが引けない場所だと知っているから。

 この作戦の重要性。

 此処で負けると言う事の重み。

 ただ、それを知っているのだ。

 故に引かない。


「ホザケ!貴様ラニンゲン風情ガ。昨日ノアノガキトイイ貴様ラトイイ我ヲナメルトドウナルカソノ身ヲモッテオシエテヤル!!」


 ゴブリンミスティックの背後から木の根が持ち上がる。


「どうでも良いけど丁度一本吸えたわ、ありがとさん」


 咥え煙草をぷっと吹き出す。


「おいおいそこのゴブリンさんが燃えたらどうすんだ樋口」

「おお、そりゃすまない。気が付かなかったよ」


 はははと二人は笑い合う。

 まるで居酒屋で酒でも酌み交わしながら馬鹿話をしているノリで。


「キザマラーーーーーー!!!!」


 持ち上がっていた木の根が二人に襲いかかる。


「「聖壁セイントウォール!!」」


 その言葉と同時に二人の前に聖なる障壁が展開される。

 高濃度のLoonによって展開された障壁は襲い来る木の根を容易く受け止める。


「さぁ、やるか相棒」

「応」


 負けられない戦いの火ぶたが切って落とされた。



□■□■□■□■□■


 一方前線で戦闘が繰り広げられているその頃。

 後方ではヘリで到着した後藤長官と夕紙サポーターを迎えている所だった。


「状況は?」

「各自開戦したところの模様ですね。今の所皆のバイタルは通常です」


 タブレットをスワイプし夕紙サポーターが長官の問いに答える。

 

「相手の数が数だけに長丁場になるわね。今のうちに陣を構えるわよ」

「了解です。皆さんすいませんがお手伝いお願いします」


 夕紙サポーターが周囲のBHに声を掛ける。


「「「「了解」」」」


 数人のBH、主にC班の3課の人達が動き始めヘリの周辺に降ろされた物資を使い簡単な陣を築いていく。

 その中には休憩所や簡易トイレなども在る。

 男性はその辺で済まそうと思えばすませられるが女性はそうも行かない。

 何せBHは女性のフェロモンにおびき寄せ等るという説もあるのだ。


 ペーパークラフト製の壁を組立て行く。

 折り畳まれた超強硬度の紙をと折り紙の技術を使用した簡易な陣だがそれでもあると無いとでは大違いだ。


「なんで俺達がそんな事しないといけないんだ」


 C班の人達と自分以外のD班のBHが陣を築いていく様子。

 それを遠目で見ていたのは大河内廉也。

 彼は周囲を警戒すると言う名目で、陣を作るのを手伝いもせずぶらぶらしているだけだった。

 彼はずっと不満に思っていた。

 何故自分が守備固めなのだ。

 本音を言えば自分の力ならゴブリン程度一ひねりだ。

 何を恐れる事があるのだと思っていた。

 第3世代サードエイジと呼ばれる自分達が軽んじられている。

 そのこと自体が彼には許されなかった。

 だから自分の力を見せ付ける機会を何時も伺っていた。

 そして今日が良い機会だとも。

 今丁度皆が陣を築く事に気が向かっている。

 その機会を逃すほど自分は愚かでは無い。

 そう思い経った彼は一人森の中へと消えていくのだ。

 その考え自体が愚かだとは気付かないまま。

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