第34話 森深く

 森の中を駆け抜ける。

 木々には気色の悪い繭の様な物がぶら下がっているが、その殆どは矢が刺さり息絶えている。

 これが報告にあった繭か。

 確かに気味が悪い。

 ぬめりとした表面は肉感的で半透明の膜で形成されている繭は内容物を透けさせている。

 陽の光に透けるそれは、まるで胎児のようで、膝を抱え込み丸まった人型の影がうっすら映っている。

 

「しかしどういう仕組みでこれ産まれてるんだ?」


 普通人型のMEの殆どが人間の女性を攫い犯し種を植え付ける。

 そうやって植え付けられた種は種族にもよるが早ければ一週間、長くても3ヶ月で産まれ落ちる。

 女性型のMEも少なからず存在するみたいだが宗一は未だかつて出会ったことが無い。

 それほど女性型MEはある意味貴重な存在だ。

 こう言った特殊な産まれ方をしていること自体、女性型のMEが此処に存在している証明に近いと宗一は思っている。

 それにしても脅威なのはその量である。

 おおよそ見える範囲のに繭がぶら下がっている。

 その高さは2~3メートル程度だ。

 産まれ落ちるのだろうが、落ちた時に怪我をしないのだろうかと素直に疑問に思ってしまう。

 後頭部から落下して是非そこで死亡して欲しいな。

 それなら楽なのに。

 そんな事を思い森の中を歩いて行く。

 森の中にはMEの繭はあれど全くと言って良いほど生き物を見ていない。

 普通ここまでの規模の森だと何かしらの生き物はいる。

 それこそ宗一が苦手とする虫なんかは山のように隠れ住んでいるのだ。

 それが全くと言って良いほどいないのである。

 そして木からはぬめりを持つ気味の悪い繭がぶら下がっている。

 何とも言えない雰囲気の森だ。

 まるで趣味の悪いお伽の国に迷い込んでしまったみたいだ。


 先の方から偶に聞こえる爆発音が此処が戦場だという事を思い出させてくれている。

 どうやら由奈が派手にやっているみたいだ。

 ただ反対側―――隊長と樋口が向かった方向からは不穏な気配がしてきている。

 長らく同じ場所に居ることから、どうやら苦戦を強いられている可能性が高い。

 助けに行こうかとも一瞬考えたがこれは大規模な作戦である事を思い出す。

 強敵が出て来たからって救援を求めていない以上わざわざ自分が出しゃばる必要も無い。

 それに自分にも化せられたミッションがある。

 ギュスターの討伐。

 ギュスターとの邂逅を胸に、自身の能力をフルに使い、その身にLoonを溜め込むかの様に周囲のLoonを吸い上げていく。

 そして打ち損じていたであろう繭をつぶさに潰しながらひたすら森を歩く。

 自身の高ぶりと反比例してMEが出てこない事に少し苛立ちを感じながら。


□■□■□■□■□■


「ふぅ、こんなもんね」

「そうですね、モニターも設置出来ましたしこれで皆のバイタルも一目瞭然ですね」

「そうね。視界の共有も出来れば良いんだけどアレ結構スプラッター映画見たいになるから私嫌いなのよね」

「あ、私もそっち系苦手なんでちょっと無理です」

「そ、じゃあ耳だけで良いか」

「そうですね、あ、取り敢えず索敵用に飛ばして貰ってるドローンとは映像リンクさせておきますね」

「そうね、あんまりズームとかしないでね夕紙さん」

「勿論ですよ」


 二人はそんなやり取りをしながら築かれた本陣の中に様々な機器を配置していく。

 エクスカリバーからでは少し遠いのでヘリに乗り近くまでやって来た訳だ。

 一応ヘリには切り札が一発だけ搭載されている。

 それこそ有事の際の切り札となるべく。


「取り敢えず一息つきましょ。外の子達も呼んできてあげて。私はお茶の準備しておくから」

「はーい」


 そう元気の良い返事をして夕紙サポーターが外に出て行った。

 その直後夕紙サポーターの目の前に置いていたドローンから送られてきている映像には居るはずの無い場所でひた走る大河内廉也の姿が映っていた。


「お、結構中は涼しいんですね」

「そうなのよ~、日差し遮ってくれるだけでも良いわよね。やっぱり直射日光はお肌の天敵だからね~」


 流石に空調までは無いが簡易バッテリーで動く小型の扇風機位は用意している。

 名目は機械の熱暴走対策用なのだが勿論人間にもその恩恵はある。


「あれ、そういや廉也さんは?」


 中に入ってきた面々を見やり夕紙サポーターが誰にと言わず問う。

 本陣の周辺はレーダーが張り巡らされており現状見張りは必要ない。

 それ故の休憩なのだ。

 強い日差しに晒されるだけで人は体力を消耗していく。

 それはBHといえど同じなのだ。

 何度も言うが、一応その辺を気遣っての休憩なのだ。


「たぶんその辺警戒してくれていると思うよ」


 そう言ったのは廉也とパーティーを組む清水源樹だ。

 彼は4課発足の時から廉也とパーティーを組んできている。

 結構な自己中発言を飛ばす廉也を何時も影ながらサポートし続けている功労者だ。 


「呼んできてあげたら?」


 私がそう言ったのだがやんわりと清水源樹に断られた。


「ああ、機嫌悪そうだからそっとしておいたほうが良いと思うよ」


 源樹は廉也と長くつきあっているから彼の事をよく分かっているだろうと無条件に信じてしまいこの時私は彼の言葉を鵜呑みにしてしまった。


「あらそう?そう言うならそうしときましょうか。また見かけたら休憩するように伝えておいてね」

「ええ」


 そう言うと彼は私の煎れたコーヒーを啜る。


「熱ちぃ」

「暑いときに暑い物を飲むと良いのよ」


 私達はそんなたわいも無い話しをしていた。

 今現場で起こっている事も知らずに。



□■□■□■□■□■


 バリーーーン!


「ぐっ!」


 ザシュッ!

 繰り出される木の根が肩を掠める。


「「聖壁セイントウォール!」」


 楯を掲げ、聖壁を貼り直す。

 絶え間なく繰り出される木の根を使った斬撃に幾度も聖壁は破られている。

 その度に貼り直しそして耐え凌ぐ。

 さっきからそれの繰り返しだ。


「ギャギャギャ、ドウシタ勇者ヨ。ワレノ「ルーツ・ザ・ロープ」カラクリダサレル地獄ハ!」


 片言の言葉を喋りながらミスティックゴブリンは一方的に攻撃を繰り返す。

 本来なら幻覚を使い身を潜め戦うのを信条とするミスティックゴブリンなのだが、昨日ギュスターに強制進化させられた事で強力な力を得たのだ。

 植物との融合。

 そして精霊との融合。

 それがミスティックゴブリンを未知の領域にまで連れて行ってくれていた。

 ギュスターの思惑とは少し外れたが、彼はそんなゴブリンミスティックを観てそれもまた良しとしたようだ。


「くっそ。何で微妙に英語でカッコいいんだ」

「嘘だろ?直訳したら根っこの縄だろ?別に格好良くもなんともないぞ」

「それ位軽口を叩けるならまだいけるな」

「当たり前だ。此処はLoonの混じりが多い。いつもより多くはやれるだろうけど―――」

「嗚呼、この止まない斬撃がそろそろ鬱陶しいな」


 ミスティックゴブリンから繰り出される斬撃。

 シンプルだがその攻撃は速く、纏うLoonも多くどれも必殺の一撃になり得る。

 ただそれも歴戦の猛者が使えばの話しだ。


「気付いてるか?」

「ああ、勿論だ」


 二人の聖騎士。

 それも第一世代と謳われる古兵ふるつわもの

 どちら共が言うまでも無く気付いていた。

 ミスティックゴブリンから繰り出される「ルーツ・ザ・ロープ」の弱点を。


「ギャギャギャギャ、ドウダ手モ足モデマイ」

 

 二人をその場に釘付けにするかの様に、ひたすら繰り出されるルーツ・ザ・ロープ。

 速く疾く繰り出される斬撃は在る時からで放たれていた。


(右、左、左、右、右、左、左、右、右……)


「さぞ…良い気分、なん…だろうな!」


 聖壁を突破してきた斬撃を樋口がその白銀の楯で弾き機動を反らす。

 ルーツ・ザ・ロープを反らされたことで一瞬体勢の崩れたミスティックゴブリンだったが即座にその体勢を立て直す。

 その隙に二人は聖壁を張り直す。


「「聖壁セイントウォール!」」


 ルーンを込めた楯を上空に掲げる。

 体勢を立て直したミスティックゴブリンから即座に斬撃が繰り出される。

 だがそれも張り直した聖壁で何とか阻んでいる。

 

(左、右、右、左、左、右、右、左、左、右、右……)


「見たか?」

「ああ」

「どう、思う?」

「ありゃ~どういう訳かド素人だな」

「釣りかとも思ったんだが、さっきのでだな」

「だな」

「コソコソトマモルコトシカ出来ヌ下等ナニンゲンガァ~~~イツマデ、ソレガ保ツノカ見物ダナ~~ギャギャギャ!」


 守る事しか出来ない二人の聖騎士を前にミスティックゴブリンは良い気分だった。

 昨日は勇者と名乗る人間に殺されかけて、何とか命からがら逃げ帰った先でゴブリンの王に出会い、ごまを摩ったにも拘わらず無慈悲に殺された。

 目を覚ますと、殺されたと思ったら何故か生まれ変わっていたのだ。

 それも昨日の何倍もの力を得て。


 その昨日の鬱憤を晴らすかの様に今目の前の人間二人をいたぶり続けていた。

 二人はそれなりに強く、ただ決して今の自分には勝てない。

 そんな実力の二人が、生まれ変わった自分の慣らし運転の為に現れた。

 昨日までの自分なら決して勝てないような実力の人間二人。

 それを一方的に嬲る快感に、その愉悦に、ミスティックゴブリンは打ち震えていた。

 絶対的な力を得た自分に、決まり切った様に、同じ対応しか取れない哀れな人間。

 いつかは二人の魔力が枯渇しこの鬱陶しい楯も張れなくなるだろう。

 だがゴブリンミスティックは何度も張り直される楯。

 そしてそれを壊す自分。

 その繰り返しに飽きたのだ。

 それよりも二人の持つ魔力がたっぷり詰まった核。

 二人の核を頂き、その力を得る事で昨日出会った王を倒し自分が王に成り代わりる。

 そんな妄想に駆られだしていたのだった。


 バリーーーン


 突如、何度目かの聖壁が壊れる音が響く。

 そして今までと同じように聖壁が張り直される。

 その動作を何度も見てきた。

 目の前の男はその予備動作に入っていた。

 しかしミスティックゴブリンは既に掴んでいた。

 聖壁が張り直される時に出来る隙を。

 そのタイミングで手前に出て来ていた男をミスティックゴブリンは殺そうと決めていた。


「ギャギャギャ!シネ!!」


 今朝編み出したばかりの必殺の斬撃。

 ルーツ・ザ・ロープをミスティックゴブリンは繰り出す。

 聖壁の壊れた二人。

 そして聖壁を張り直すべく予備動作に入った男に防ぐ術は無い。

 そう確信し放った必殺のルーツ・ザ・ロープ。


「もう慣れた」


 だが結末はミスティックゴブリンが想像していた物と違っていた。

 白銀の剣閃が煌めくと自らが放ったルーツ・ザ・ロープは無残にも切断されていた。

 だがまだ切断された反対側の根がある。

 そう思いミスティックゴブリンは続け様にルーツ・ザ・ロープを放つ。


「ここまで単調だとね」


 そう声が響くと自分が放った根がまたもや切断されていた。

 残りの根から斬撃を繰り出そうにも全て見切られ切断されていく。


「クソクソクソクソ!」


 このままでは不味い。

 そう感じたミスティックゴブリンはその身を守ろうと自らの背から生えている一番大きな根を起こす。

 しかし地中に埋まる根はそう直ぐに起きてこない。


「いや、遅すぎるし」

「全くだ。ど素人が」


 眼前に迫る二人の人間。

 その二人が持つ揃いの白銀の剣にいつの間にか白く輝く光を

 これは不味い。

 ミスティックゴブリンがそう思った時だった。

 二人の持つ白銀の剣が十字に煌めく。


「死ね化け物」「終わりだ」

「「聖十字斬グランドクロス!!」」


 莫大な魔力の高まりを感じたその瞬間、十字の白刃がミスティックゴブリンに襲いかかる。

 本来なら躱せたかも知れないその攻撃を。

 自身を守るために起こそうとした根に阻まれ哀れにも直撃してしまう。

 

「ギャギャァアアアアアアア!!!!」


 今まで味わったことの無いような激痛がミスティックゴブリンを襲う。

 自身の身体を見ると胸の辺りに十字の傷が入っており、それが徐々に広がって行くのだ。

 慌てて手で両肩を抱く様に抱えるが、その時には傷は自分の首元にまで伸びていた。


「ギャギャガガグァァ…………」


 朦朧とするミスティックゴブリンがその時見たのは美味そうに煙草を蒸かす男二人。


「お、こいつまだ生きてるな」


 煌めく白刃――――


 ザン――――


 そして最後に聞こえた音は一体何の音だったか。

 それを考える時間はもうゴブリンミスティックには与えて貰えない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る