第27話 決戦前夜

 残念だ。


 その言葉の端々には確かに落胆の色がうかがえた。


 そして、ギュスターの腕が僕の胸を貫く姿。

 

 僕が大地に横たわる。


 僕は確かに、死を―――感じたんだ。


 

 僕はただ、

 ティルフィングで。

 MEを……。

 ギュスターを。

 人類の敵。

 仲間の仇。

 生かしてはおけない。

 此処で逃せば人類に大きな打撃を与えられる。

 そんな予感がした。

 だから決意した。

 その瞬間に、僕がやられた。

 ただそれだけの話。

 

 風が吹き血の香りを辺りに噎せ返す。

 それはゴブリンの血の匂いか。

 僕の血の匂いか。


 僕は自分の胸を見る。

 どうやら穴は空いていない。

 まだ大地に寝転がってはいない。


 ―――僕はただ、生かされた。


「興が逸れた――――」


 ギュスターはそう言い残すと森の方へと歩いて行った。

 ティルフィングを握る手にじっとりとした汗が滲む。

 今のままの僕ではギュスターと100回戦っても100回負ける。

 そうか。

 僕は最初から恐怖していたんだ。

 ギュスターに。

 目が離せない程。

 目を離せば殺されてしまいそうで。


 ギュスターが立ち止まり森の奥を指刺す。


「アサヒ、俺はあの先に居る。明日其処まで来い」


 仄暗い森の奥に潜む大量の赤い双眸が一斉に輝いた気がした。


「そこで一つ真実を教えてやる」


 そう言い残しギュスター達は森の奥に消えていった。



□■□■□■□■□■



 ズルズルズル――――

 ズルズルズルズズズッ―――


「よくこんな物食べれるわね。あなた」

「白間さん。浅日さんは食に関しては人外ですので気にしてはいけません」


 僕の後ろで雪と夕紙さんが何故か僕の事を貶めている。

 彼女たちにはこの『蒙古激辛担々麺しの』とコンビニのコラボ商品、『蒙古家族軒――天国からの贈り物』の良さが解らないらしい。

 天国からの贈り物と銘打っているが、パッケジングは恐ろしく濃い紫に小さな髑髏マークがちりばめられている。

 白で抜かれたポップな文字で天国からの贈り物と書かれてる。

 コレの何処に天国要素があるのかと言いたくなる。


 しかしこの天国からの贈り物、辛さはカップ麺の中ではダントツのトップ。

 担々麺愛好家唸らせるその味で発売以来激辛担々麺、カップ麺部門の一位に4年連続で輝いているロングセラー商品だ。

 麺は中太縮れ麺。

 濃厚なスープは魚介の旨味が凝縮されている。

 そこに投入するのが味変用に付随された激辛味噌。

 それをきれいに絞りきることでこのカップ麺は完成される。

 激辛担々麺愛好家としては手軽にこのクオリティーを楽しめるのは非常に有難い。

 まさしく天国からの贈り物だ。

 余談ではあるが、発売当初とある一般の担々麺好きな方がコレを食べて神をみたと言うコメントをネットに残したのを機に、地獄系担々麺を食す事を愛好家達の中では『参拝』すると言う様になった。


「ちょっと目が痛いんですけど」

「少し離れましょうか」


 可哀相な人達だ。

 この素晴らしさが解らないなんて。





 アレからどう帰ったのか忘れたが僕はちゃんとエクスカリバーに帰っていた。

 担々麺を食べることで落ち着きを取り戻したけれど、頭の中はギュスターの言葉が巡っている。

 

「真実か……」


 僕は今火照った身体を冷やすため、エクスカリバーの高層部である柄の部分に来ている。

 柄と言うが実はヘリポートにもなっている為そこそこの広さはある。

 夏場だというのにここは涼しい。

 地上200メートルぐらいに位置するはずなので気温も地表とは大きく変わる。


 ギィー


 少し後ろで扉の開く音がする。

 振り返ると其処には姉さんが居た。


「宗一、あなたこんな所で涼んでないで報告に来なさいよ」

「あ、そう言えばそうだったね。ごめん忘れてたよ」


 宗一と呼ばれるのは何時振りだろう。

 姉さんは怒っている時と真剣な時、僕の事を宗一と呼ぶ。

 何故か解らないけど昔からの癖何だろうね。


 報告義務。

 そう言えばそういうのもあるよね。

 ホウレンソウだっけ?

 報告・連絡・相談。

 大事ね。

 何時もスタンドプレーだからこう言うの全部後回しなんだよね僕。

 結果事後報告が多い。

 でも今は皆で動かないと行けない。

 姉さんも居るし他の仲間も居る。


「……それで?何があったの?帰ってきてからずっと心此処に在らずって顔してるわよ」

「んん~。ギュスターって言うMEに会ったんだ」


 強風に声がかき消されそうになる。

 それでも隣に来ている姉さんには届くだろう。


「ええ?ギュスター?それって名前?MEに名前があるの??」

「そうなんだ。彼は普通に日本語を喋っていたよ」

「ちょっと待って!どういう事?MEに多少の知性があるのは研究で解っていたけど、日本語を喋るって?一体どのレベルで?」

「ああ、もうそれは流暢な日本語で、知能はもしかしたら人間より高いかもしれない」

「嘘でしょ!」


 姉さんが僕の両肩を掴みぐいぐいと揺らしてくる。


「ちょっとちょっとちょっと―――――全く興奮しすぎだよ姉さん……嘘なもんかい。取り敢えず聴いてよ。話しが進まないよ姉さん」


 僕はそんな高ぶった姉さんを落ち着かせる。


「ああ、ごめんなさい」

「最初から話すね。僕がゴブリンモドキのサンプルを取っていたんだ。ゴブリンモドキってのは僕が勝手に名付けた未確認MEの仮名称ね。ホボゴブリンとどっちにしようか迷ったんだけどホブゴブリンとダジャレ見たいになっちゃうから辞めたんだ。それでね、そのホボゴブリンじゃなかったゴブリンモドキを……」



 僕は姉さんにギュスターとの出会いを話した。

 そしてギュスターと話した事。

 MEの事。

 人間を辞めろと言われた事。

 明日、来いと言われた事。

 真実とは何なのだろうかと言う事。


「ねぇ?姉さんは?MEが何なのか」

。久樂博士なら何かしらの仮説は立ててそうだけどね。それにしても魔界か。何なのかしらね魔界って」


 そうか。

 分からないと答えたと言う事は、姉さんは知っていたんだ。

 それが悪いこととは言わない。

 知らない方が良いことも沢山在るのも、もう知っている。

 ただ、僕は知っておきたかったな。

 隣に佇む姉さんは何処か遠くを見つめている。


 MEとは人、動物等が犠牲になりMEに変異した物と。

 恐らく殆どのBHはMEとは突然何処かその辺から沸いて出て来た物と思っているはずだ。

 もしかしたら知らないうちに、自分の飼っていたペットが変異したME何かを倒しているBHも居るかもね。

 もしかしたら行方知れずの家族を――――――


 なんとも悲しい話しだ。

 でも僕はBHとして生きてきた。

 もう今更辞められない。

 きっと明日僕はギュスターと戦う事になるのだろう。

 

「姉さん。明日―――僕はあの森に行ってくる」

「宗一……」

「あそこに居るMEを狩り尽くしてくるよ。結局僕にはそれしか無いんだ。それと僕の装備、届いてるよね?」

「ええ…夕方に届いたわ」

「良かった。アレが無いと流石に厳しい」

「―――――明日は増援が来るわ。3課からも補給部隊が夜通し此方に向かっている。佑君もいるわ。由奈に瑛十も。だからあの時みたいに一人で突っ込まないで。お願い」

「――――うん。分かってるよ」


 冷たい風が吹く。

 それが僕の背中を撫でていく。

 ぞくりとする感触に僕は肩をふるわせた。

 頭にちらつくのはギュスターとの事。

 きっと今のままでは僕は勝てない。


「姉さん……僕、明日は全部使うよ。僕の出せる全部。正直明日僕がどうなるか、どうなってしまうか僕にも分からないんだ。でももし僕が変わってしまったら―――――「大丈夫よ、大丈夫。宗一は変わらないわ。何も変わらない」」

「さ、此処は冷えるわ。今日は戻って早く寝て明日に備えましょ」


 姉さんに肩を押され僕はエクスカリバーの中へと戻っていく。


「それとも一杯呑む?」


 姉さんがそう言って杯を上げるジェスチャーをする。

 僕を思いやって誘ってくれている。

 それは分かるけどそんな気分じゃ無いんだ。


「いや、良いよ。装備点検して風呂はいって寝るよ」

「あらそう。それじゃまた明日ね。お休みなさい」

「おやすみ」


 姉さんと別れS.Z.Aの支部に戻り夕紙さんから装備を貰う。

 いつも通りの受領を済ませ僕は部屋へと戻った。

 S.Z.Aの支部の空き部屋に寝袋を敷いただけの簡単な寝所。

 部屋数が其処まで無いため男女で別けている。

 部屋にはまだ誰も居らず、僕は部屋の片隅に背もたれる。


「ティル……」


 起動していないティルフィング。


「スヴェリン」


 物言わぬ楯スヴェリン。

 さっき引き取ってきた僕の専用装備だ。

 その両方にはどちらとも核が埋め込まれている。

 ティルには薄い緑の核、スヴェリンには深い朱色の核が。


「――――葉月……雄也……僕が戦えるのもこれが最後かも知れない」


 僕の言葉に答えるようにティルフィングとスヴェリンの核が仄かに輝いたように見えた。



 





 







 



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