第26話 アサヒとギュスター
「え、ああ。そうですよ。こんにちは。あなたは?」
実はもうこんにちはと言うには時間は少し遅く、景色は黄昏れに染まり始めている。
軽く吹いた風に煽られた血の匂いに僕は咽せそうになる。
「本来ならば高貴な身分である俺から名乗るのはおかしいのだが、種族の差故それも眼を瞑ろう」
彼の声は良く透った。
種族の差。
そう言ったのか。
人種ではなく、種族。
それの指す意味は何なのか。
「俺の名はギュスター・グレリオ・ゴブリン。魔界を統べる魔王様直属の配下、アリストクラット六人が一人よ。お前は」
「浅日さん!BH001アサヒ!応答して下さい」
不意に通信が割り込んでくる。
「ごめん。いまちょっと良い所なんだ―――」
そう言って僕は通信のボリュームを絞る。
長い事BHとして勤めてきたが、僕には大きな疑問が幾つかある。
その最たるはMEとは?だ。
今日二回目の人語を理解するME。
僕はそれに遭遇している。
そしてこの目の前の青年……MEは知性の光を感じる。
その事に僕の好奇心はマックスを振り切ってしまっている。
そして魔界!
魔界と言ったのか?この青年。
いや……ギュスターと名乗った青年は。
出身地魔界とかどこの中二病だよと自分の事を棚上げしてノリ突っ込みしたかったが、どうやらそう言う雰囲気ではなさそうだ。
「――――僕は、浅日宗一。S.Z.A……特区管理局第二勤務の雇われ勇者だよ」
どう自分を説明した物か。
そう言う思いはあったが取り敢えず正直に事実だけを言う事にした。
僕の言葉にギュスターは少し呆れたような表情を見せた。
「ククック、雇われ勇者とは人の世も大変の様だな」
「ええ、まぁ。この世の中お金がないと生きて行けないですからね」
何故こんな世間話をしているのだ。
血が薫るこんな戦場跡で。
少し理解が追いつかない。
何故この青年、ギュスターは僕に話しかけてきたのだろうか?
「俺はな、強い者が好きなんだ。お前強いだろう?それとだ……」
僕の意図をまるで汲むかのようにギュスターは僕に告げた。
ギュスターが僕の隣に並んでくる。
「お前、何故コイツを洗っていた?」
ギュスターは僕の前に横たわるゴブリンの死体を指刺した。
きっとただ単に不思議に思ったのだろう。
人がMEに何をしているのか。
何故死体を洗っていたのか?
サンプルとして汚れた物だと意味が無いとか色々細かい理由はある。
その上でどう答えた物かと思索する。
結局でた答えはシンプルな物だった。
「仕事……だからかな」
その言葉にギュスターは少し驚いたように見えた。
「勇者の仕事が死体洗いとは、勇者も随分低俗になったな」
確かに皮肉めいた話しだ。
僕らBHは誰に知られず、危険を顧みず、汚れ役も買って出る。
サンプルを取るためとはいえ死体を洗い撮影まで行う。
そんな僕らに与えられるのは12.8万円という少し高い危険手当という報酬のみ。
誰からも賞賛されず誰にも気付いて貰えない。
ME等脅威の情報は国内では規制され日本国民には正しい情報も与えない。
「アサヒ、お前がコイツを洗っていたから興味が沸いたのだ。仕事だろうと何だろうと死んだ者を弔っている様に俺には見えたのだ」
なるほど。
人がゴブリンを弔う。
確かに客観的に見れば、そう見えなくもない。
だけど僕はそれを否定する。
「弔いなどしないよ。僕はこの死体の情報を持帰り次の作戦に生かす為洗っただけだ」
「それでもだ……ありがとう」
ありがとうだと!?
MEが!
どの口が言う!
しかもコイツを殺したのは間違いなく僕の同僚だ。
「何を驚いた顔をしている。我らは同族を弔った者礼ぐらいは言う。相手が例え食料だったとしてもな」
そう、MEにとって人は食料、苗床、その様な認識しかない。
きっとそうだろうと思っていた。
そして人類に取ってMEは害虫、外敵以外の無い者でもない。
相容れることは決して無い。
「それにしてもアサヒ、お前相当外れてるな」
「外れている?」
「ああ、外れているよ―――――――人族という枠組みから」
「!!」
「相当喰ったな貴様。我らの同胞の魂を」
「どうして―――そんな事が解る?」
「言っただろ。俺は強い奴が好きなんだ。だから強い奴は匂いで大体解る。そしてどの世も敵の魂を多く喰った奴が強くなるんだ」
答えになっている様な、なっていない様な答え。
だけど、魂を喰う―――
そのギュスターの表現が僕の心に突き刺さる。
僕は倒したMEの高濃度Loonをコアによって経験値と吸収し強くなると教わってきた。
そう言う物だと思っていた。
ギュスターの言い分だと、高濃度Loonとは魂。
大量のMEの魂を喰らった僕は一体何者だろうか?
「そこでだ。お前―――人間辞めないか?」
ギュスターの切れ長の眼が輝いた。
「な、何を言ってるんだ?」
「ふはは、何ってそのままだ。お前相当押さえているだろう。解るぞ。俺には」
押さえているだと?
僕が?
一体何を?
「お前は抑圧しているんだ。自分自身を。自分の強さを。もっと強く在りたいんだろう?もっと戦い戦いたいんだろう?」
ギュスターが僕の前に廻ってくる。
その一挙手一投足全てに隙が無い。
武人―――
そういう種類の者なのだろう。
歩くだけでその全てが洗練されている事が解る。
「人族なんて劣等種を卒業しろ」
何故彼は僕を誘うとしているのか皆目見当もつかない。
だけど僕にも分る事がある。
「大丈夫。僕は人のままでいい」
「最初は皆そう言うんだ」
僕の返事にギュスターはそう答えた。
最初―――
その言葉を聞いて僕は一つの仮定に行き着いた。
この仮定が正しければ僕が昔から気になっていた大きな謎が一つ解ける事になる。
「ねぇ、ギュスター。君が変わっていることはよく分かったよ。MEとこれだけ会話が出来るなんて思っても見なかった。だからちょっと僕も聴きたいことがあるんだ」
「ME?」
「ああ、ごめん。君達のような種族の事を総じて
「ふむ」
ギュスターは何故か僕と会話を望んでくれている。
そして彼は相槌まで打って僕の話を聞いてくれている。
僕はずっと不思議に思っていた事があるのだ。
だからその不思議を本人に聞いてみたかったのだ。
「君達はこの世界には元々居ない者だった。それがある日突然Loonと共にやって来た。Loonって言うのは君らで言う恐らく魔力的な力と思って貰っていいよ。卵が先か鶏が先か見たいな話しになってしまうけど。君らMEが居たからLoonがあるのか?LoonがあるからMEが居るのか?それも僕達は解っていない。そこで人類は仮説を立てたんだ。MEとは?その仮説。ミュータントとは突然変異体の事を指すんだ。それとエネミー、所謂敵。直訳するとね突然変異した人類の敵って事になるんだ。話しは変わるけど人は略すのが好きでね君達
「なるほどな。結局何が聴きたいのだ?」
僕はずっと悩んできた事を聴こうとしていた。
これを聴いてしまったら僕はもう元には戻れないかも知れない。
だけどどうしても知りたかったんだ。
ずっと昔からの謎だったんだ。
先週起きた北海道のME被害は200名ほどの死傷者を出した。
そしてそれは野生の熊が高濃度Loonを長時間浴びた事による突然変異だった。
ならば。
ならばギュスター。
一体君は何から突然変異したのか?
僕が倒してきたMEは何から変異した者だったのか?
「君や君のような人類に程なく近い姿を持つ
空は完全に黄昏色に染まり、夜の帳を呼ぼうとしている。
暑かった気温は少し下り頬を薙ぐ風は今や心地よい。
それもこの血の香りに僕の鼻が慣れてしまったからなのだろう。
「存外つまらない事を気にするんだな」
「つまらない?」
「ああ、俺は、俺達はこの世界に顕現した。至極簡単に言うならばこの世界を乗っ取る為だ。そうしなければいけない理由もあるのだが、それは此方の理由だ。お前には関係無い。そしてこの世界に来るときに我らは依り代が必要となる。それはアサヒ。お前が想像する様に人や動物の魂を使うのだ。だからお前等人族が我らをMEと呼ぶのはお門違いだ。変わったのでは無い――――――我らは喰らったのだ。魂を」
ああ、変異したのでは無いのか。
それだけでほんの少し救われた気がした。
ずっと高濃度Loonの影響で突然変異した人間を殺してきたんじゃ無いかという禁忌感はあったんだ。
きっと古いBHの中には僕のような疑問を抱いている人もいることだろう。
ただ久樂博士の話では科学的には変異したという事になるらしい。
DNAなどが非常に近しいのだろう。
僕は昔この話を久樂博士から聞いた時怖くなって詳しく聞けなかったんだ。
「そうか。ありがとう」
元から分かっていた事だけど、やはり僕ら人類とMEを相容れない。
結果的に僕らが喰らうMEの経験値―――魂、は元をたどれば人の物かも知れないけど。
だけど僕らBHが戦わないと人々はMEに襲われ無残に殺されるだろう。
女性は犯され、子供は生きたまま喰われる。
苗床として犯された女性は自分から産まれてきた子供のMEに養分として喰われる。
そうして育ったMEを僕らBHが狩り、その魂を喰らうのだ。
BHとは何なのだろうか?
勇者?
MEは?
ギュスターの言う様に僕はもう人と言う枠組みから外れているのかも知れない。
ならば僕はBHでいい。
結経僕は何処まで行ってもBH。
僕にはそれしか無いんだ。
そしてギュスターはMEだ。
最初からこうなることは解っていた。
「どうした?人を辞める気になったか?」
「僕は――――自分の事を人だなんて思っていないよ。ギュスター教えておいてあげるよ。元来人間てのは自由なんだ。だから色んな者になれるんだ。例えばそれが医者だったり政治家だったり工場勤務の会社員だったりね。人は職という枠組みを利用して何にでもなる事が出来るんだ。ちなみに僕にはもう大分前から自由と言う権利は無いんだよ。選んでしまったからね」
「ほう――――何を選んだのだ?」
「僕は何処まで行ってもただの『勇者』なんだ」
僕は
出来る事はただ一つ。
MEを殺す事だけだ。
「なるほどな。それが答えか?」
「ああ、今の僕に出せる答えだ」
一陣の風が吹いた。
その風は僕とギュスターの間をすり抜けていった。
「残念だ」
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