第20話 勃発
「何故今すぐ出発しないのですか!?」
ダンッ!と雪が両手で会議室の机を叩く。
「はぁ~、だから何度も言ったじゃ無い。まだ早いって」
そう言ってつまらない物を見る様に姉さんが雪に告げる。
「そんな悠長な事言って被害が拡大でもしたらどうするのですか!!」
「―――っ、うるさいわね~。女性がそんなに大きな声で喋るものじゃないわよ」
姉さんは指で耳栓をし雪を煽る。
本人は煽ってる気はさらさら無いのだろうけど。
「ちょっとこの考え無しの猪お嬢さんどうにかしてくれないかしら?」
「あなたねぇ!」
雪が姉さんの襟首を両手で持った所で僕は止めに入る。
「二人とも落ち着こう、ね」
「私は至って冷静よ。どこかのご令嬢とは違って」
「む、むむむ」
僕の目の前で姉さんと雪の視線が絡み合う。
その様子はバチバチという音が聞こえてきそうな程だ。
どうしてこうなった…。
遡ること―――ものの数分。
それは僕が佑達白鳳凰教会からの応援部隊をエクスカリバー内に案内して割と直ぐに起きた。
今の僕達の置かれる現状を夕紙さんが皆に説明してる時だった。
「――――で、現在山崎山山中に1200程の高濃度Loon反応が見られている。計測されたLoon値が2000Lpを超えていることから、この数多の高濃度Loonを発する存在を我々S.Z.AはMEと予測する。またこのMEの殆どその場から動いていないことから生まれ立て、もしくは産まれる前であると予想される。しかしながら――――「ちょっと!なんで今すぐ殲滅しないのよ!」え?ええっと?」
夕紙さんの固い文面の説明を聴いていたら行き成り白鳳凰教会の雪が切れて立ち上がったのだ。
そして夕紙さんをビシィーっと指さしこう言ったのだ。
「何故それを知っていてあなたが殲滅に行かないのよ!この臆病者が!」
いや、まて。
夕紙さんは一般人だ。
確かに仕事が出来そうなオーラはあるが只の一般人だ。
過去にBHの候補に挙がった事があるらしいが、素養の問題か定員で着られたのだろう。
そんなパンピーな彼女を指刺して事もあろうに殲滅に行けとか。
そして夕紙さんもいきなりの誹謗中傷にびっくり…、いや、何言ってんだコイツみたいな眼で観てるね。
正しい反応ではあるよね。
僕もそう思ったから。
けれど当の本人はそうも行かないみたいで「動かないMEなんてMEじゃ無いじゃない!」とか意味不明な事を言い出している。
隣に座る佑に僕は聴いてみる。
「ねぇ?彼女って今もしかしてアレ?」
「アレって何ですか?先輩」
「アレって、所謂、ほら女性特有の、何て言うのか~月の物っていうか~、ん~~生…「違うわ!!」うわっとっと」
パイプ椅子が僕目掛けて飛んでくる。
飛んできた方向をみると顔を真っ赤にした雪が立って居た。
アレはガチで切れている感じだ。
「ソウちゃん、そう言う発現、セクハラになるから気を付けてね」
僕の肩をぽんと叩き後ろに座っていた姉さんが立ち上がる。
そしてそのまま雪の座る座席の対面に立つ。
「あのね、お嬢ちゃん。私たちは組織なの。そして組織には組織の遣り方があるのよ」
「何よやり方って!そんな物より人命のが優先されるべきよ。こうしている間に一般の方が襲われているかも知れないじゃ無い!」
「かも知れない…ね」
姉さんがジトっとした眼で雪を見下ろす。
「な、何よ」
その視線にたじろいだのか雪は少し後ろに仰け反るようにして姉さんを見上げている。
「じゃあ聴くけど、今一般の人この周辺にどれだけ居るか知っている?答えはほぼゼロよ。あなた達が此処に到着する前に避難命令を発令し、隔離Lフィールドを展開しているの。別にただノンビリしているわけじゃ無いのよ」
隔離Lフィールドとはある一定のLoon値を示す生命体を通れなくする網の様な物だ。
全ての特区の周辺にはそれを瞬時に張れる装置が展開されており、異常事態が発生したときには長官の権限でそれを展開できる。
ただこの隔離Lフィールド、外からは入ってこれるのだが中からは出られない仕組みになっておりデメリットとしてもれなくBHも一度隔離Lフィールド内に入ってしまうと解除するまで出られない。
そして特区には専用のシェルターが存在しておりここツルギ地区のシェルターは勿論此処エクスカリバーだ。
避難命令が発令されると皆このエクスカリバーに避難することになっている。
そもそもなのだがこの特区―――ツルギ地区の殆どが一般の施設で本当の特区と呼ばれる部位はこのエクスカリバーを含む山岳部程度だ。
簡単に言えばエクスカリバー内部の人間のみ避難すれば問題ないのである。
しかもエクスカリバー自体はTURUGI.Coの本社ビルとしての機能が主で内部に入っている他の企業なども殆どがTURUGI.Coの関連企業もしくはLoon産業の関連企業だ。
そもそもTURUGI.Co自体ここ二十年Loon産業でのし上がってきた企業であり国内のMEやLoon関連の研究開発及び機器の製造を一手に担っている。
発展途上のLoon産業を牽引する意味も込めて建てられたこのエクスカリバーには手探りのLoon産業、その暗闇を切り開く一筋の光明という意味を込められているらしい。
結局は此処エクスカリバー内部にいれば避難完了と言う事なのだが、普通そんな事知らない。
そしてその辺りを夕紙さんが説明する前にぶち切れた白間雪の持ち前の短気さに脱帽だ。
雪の言う事も正直一理あるのだ。
だが此処は特区。
姉さんの言う様に特区には特区管理局のやり方があるのだ。
そこいらにある物語やゲームのように単騎で何百もの敵を倒せるとしたら雪の言う様に突貫するのもアリだろう。
だが現実に毎年BHは命を落とす。
MEにコアを貫かれ死んだ者、高所から転落して打ち所が悪くて死んだ者、精神を蝕まれ自殺する者、等々。
毎年色んな理由でBHは死んでいくのだ。
ならばなるべく危険は排除し安全マージンを取りミッションに当る。
その方針を打ち出すのはS.Z.Aとして自然と言える。
S.Z.A本部には無災害の日数をカウントする掲示板があるが実は95日を超えたことがない。
「もうじきうちの2課から増援が来る。そして装備も届くわ。その時まで時間を稼ぐしかないの。そうなれば今より安全が確保された状態で作戦に挑める。今わざわざ危険を冒してまで貴重な戦力を浪費できないのよ。正義の心だけじゃMEは殲滅できないの、わかって」
「ぐぬぬぬ…」
おそらく雪は直情型の真っ直ぐな性格なのだろう。
自分の思う正義。
それを貫きたいのだろう。
だけど姉さんの言いたいこともわかるのだろう。
下唇を噛みものすごい形相で姉さんをにらみつけている。
ピピピッピピ ピピピッピピ
唐突に軽い電子音が室内に流れた。
どうやら僕のリュックからだ。
僕はリュクの中から電子音が鳴っているタブレットを出す。
タブレットに表示されている赤い点の幾つかが動き出している。
「これは―――」
「どうしたんですか先輩?」
「ああ、佑。どうやら僕が置いて来たビーコンに反応があったみたいで」
佑が横に来てタブレットをのぞき込んでくる。
「動いて…ますね」
なんとも言い辛そうに佑が言う。
ああ、君にもこの後の展開が読めたんだな。
ちなみに僕もだ。
「姉さん―――どうやら動き出したみたい。初動だから確定ではないけど、たぶん方角的にこっちに向かってるみたいだね」
「よし!迎え撃ちましょう!!」
僕からの報告を聞いて雪が即座に反応した。
なにがよし!だ。
こいつさっきの話聞いてなかったのか?ぐぬぬとか言ってたくせに。
隣で佑がやっぱりって顔をしている。
ほんとにこいつ聖女の妹なのか?
脳筋過ぎるだろ。
「―――いや、だから」
「何故今すぐ出発しないのですか!?」
ダンッ!と雪が両手で会議室の机を叩く。
「はぁ~、だから何度も言ったじゃ無い。まだ早いって」
そう言ってつまらない物を見る様に姉さんが雪に告げる。
「そんな悠長な事言って被害が拡大でもしたらどうするのですか!!」
「―――っ、うるさいわね~。女性がそんなに大きな声で喋るものじゃないわよ」
姉さんは指で耳栓をし雪を煽る。
本人は煽ってる気はさらさら無いのだろうけど。
「ちょっとこの考え無しの猪お嬢さんどうにかしてくれないかしら?」
「あなたねぇ!」
雪が姉さんの襟首を両手で持った所で僕は止めに入る。
「二人とも落ち着こう、ね」
「私は至って冷静よ。どこかのご令嬢とは違って」
「む、むむむ」
そんな時だった。
部屋の隅に置かれた赤色灯が回転をはじめ「ビーービーー」と不安を掻き立てるサイレンが鳴り響いたのは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます