第13話 BHと言う名の呪い

 AM11:48


「ジジッ―――BH001アサヒ特派員聞こえますか?」


 探査機をME監視のため放置し、戦略的撤退を判断し僕は下山している途中だった。

 実はオペレーターからBHに連絡が来るのは珍しい事だ。

 普通は逆なのだ。

 何かあったんだろうか?


「嗚呼、聞こえてるよ手越オペレーター」

「――ッ」


 何故かオペレーターから息を呑む音が聞こえる。


「どうかした?」

「いえ、なんでも在りません―――現在、ツルギ地区でME被害発生の一報が入ってますのでご連絡をと」

「それって?」

「今後藤長官と夕紙サポーターが現地で対応していますが、明らかに戦力不足かと」

「MEと交戦してるって事?」

「いえ、今は市内に逃げたMEを捜索している様です」

「なるほど、ねぇ・・・後藤長官にはこっちの事は伝えてる?」

「端的には」

「そう、それで?」


 ブラック企業たる特区管理局本部で働くオペレーターは実に優秀だ。

 只情報を伝える為だけならばわざわざ連絡なんて寄越してこない。

 こう言う通信は自分の時間と、相手の時間を拘束すると言うデメリットがある為彼女たちは基本メールを多用する。 

 だからこの通信には緊急性を擁する等、何かしらの意図があるのだ。


「ええ、このままのルートで下山すればME警戒領域を抜けミッションスタート地点に戻ることになります。ですが―――」

「別ルートで降りてねぇ・・・後藤長官達と合流しろと?」

「はい」

「そんな事だろうと思ったよ、了解した――――データ下さい」

「ルートデーター送信します。ME警戒領域迄の道程は変わりません。後22分程で抜けます。其処からのルート変更していますのでナビゲーションに従って作戦行動行って下さい。それでは御武運を―――」

「了解」


 ME警戒領域とはMEが多数発見された場所から周囲約1キロメートルを指す。

 何故こう言う物が出来たかというとMEが多数発生する場所は決まってLoon濃度が濃い場所になる。

 そのLoon濃度の影響を色濃く受ける範囲がME群生地の周辺、半径200メートル程だ。

 だが稀に少し離れた場所にMEの沸き場が生まれることがある。

 これをボイリングと言うらしい。

 建築の用語からの転用らしいが正直どうでも良い。

 そのボイリングが起こりうると予想される範囲がME警戒領域となっている。


 そしてBHはそのME警戒領域内での武装が許可されており、能力の解放も義務付けられている。

 限定的に自分で能力の封印を解除する事が出来るが基本BHはその驚異的な力をMEの駆除の為だけに使用する事が日本国の法令で決まっている。

 特区法と言う奴だ。

 もしそれを破れば日本中の全BHから拿捕の為に狙われることになる。

 何故そんな面倒な事をするのかと言うと単にBH自身の身を守るためだ。


 BHの力―――それはある種の呪いでもあると久樂博士が言っていた。

 常時能力を展開し高濃度のLoonに汚染されれば一体人はどうなるのか?

 久樂博士が導き出したその答えが魔人化である。


 実際に魔人化なんて目にした事は無いが、自身を蝕んでいるLoonの影響は分かっているつもりだ。

 そして魔人化などと上手いこと言っているが要するに人類のME化だ。

 それも高度なLoonの制御技術を持つBHがLoonにより汚染され、性格は好戦的になりその容姿もMEに近づくと言われている。


 それを防ぐ為にも僕達は聖櫃アークと呼ばれる装置に入り、コアを取り付けられる。

 人体改造と言っても良いのかも知れない。

 ここ数年は、Loon適正の高い少年少女を全国から探し出し政府は無理矢理にでも連れてくるのだ。

 放置しME化する様な自体を防げると言えばそれまでだが年端も行かない少年少女が集められ人体改造を施される。

 その行為自体特区管理局内では疑問視する声も多いが特区を示す内容に『特区とは特定の物、あるいは、者。または地域を指す』とある。

 MEだけではなく、連れてこられる少年少女も、僕らBHもまた特区なのだ。

 

 彼ら少年少女は所謂サードエイジと言われる世代だが、その扱いは非常にデリケートだ。

 年齢も全員が夢見る10代だ。

 2課のような実務が主の実戦配備ではなく、今はまだ有事の際の特務係的な扱いをされている。

 実際の所、殆どが予備要員だが、彼らのプライドを保つためか何なのか分からないが特区管理局第4課特務係と銘打って保護されている。


 今回のミッションは久し振りに大規模な物になるだろう。

 恐らく殆どの課から人員が派遣され作戦に当ることになるだろう。

 作戦懸案係となる総務1課、僕ら実戦部隊の2課、3課は聖女隊と呼ばれ回復に特化したジョブの特派員が在籍する課になる。

 ちなみに聖女隊とか呼ばれているが男の隊員も幾らかは存在する。

 BHの能力は自分では選べないのだ。

 ちなみにオペレーターは総務1課配属で、サポーターは5課と呼ばれる庶務になる。

 この辺の微妙な違いは僕には分からない。


 大規模な作戦となった時に、4課、所謂サードエイジと呼ばれる彼らが持つ歪みが悪影響を及ぼさなければ良いんだけど。


 なんて事を僕が心配しても仕方ない。

 きっと姉さんが上手く采配を行ってくれるだろう。

 それにしても姉さんが此方の情報を持っているのに何も動かないって、市内の方はそれほど危険な事になってるんだろうか?

 それとも今のところMEに動きが無い事から、優先順位を振り分けただけか。

 何にせよ、忙しくなるね。

 作戦本部の設置、パーティー結成と作戦立案、そもそも人員の確保からか。

 今日明日辺りに人が集まらないと正直市内に可能性がかなり高い。

 そうなると未曾有のME大災害の発生になる・・・か。

 しかし沖縄の島のこともあるし・・・。

 心配の種は尽きない。


「ビー、ビー、ビーME警戒領域を超えました。直ちに武装解除して下さい。繰り返します―――」


 ME警戒領域を脱したアラームが鳴る。

 いつもこれには驚かされる。

 正直心臓に悪いと思ってるBH特派員は僕だけじゃないはずだ。


 武装を仕舞い込むと、バイザーに表示されてるナビゲート通りに僕は下山して行く。

 山岳部は過ぎもうすぐ竹林に差し掛かる。

 でこぼこな道が多い山岳部よりは足下が柔らかい竹林の方が遙かに歩きやすい。

 姉さん達と合流すべく竹林をひた走る。

 青々と茂った竹を躱しながら僕は思うのだ。

 BHと言う人ならざる人の未来を。

 


 笑っちゃうよね。

 最年少BHと言われていた、この僕がBHの未来に憂い、後輩達の為に思案するなんてね。

 多くの同僚が犠牲になる中で、未だしつこく生き残っている僕はロートルと言っても良いのかも知れない。

 僕には4人の仲間パーティーが居た。

 今でもよく彼らの最後を思い出す。


 僕を助けるためにその身を挺して明弘は死んだ。

 葉月は僕の目の前でMEに犯されながら喰われた。

 雄也は大型MEドラゴンの放つブレスに飲み込まれ生死不明―――恐らく消し炭になったのだろう。

 結果MEは討伐され人々は助かったかも知れない。

 

 どれだけ僕らが命を掛けて戦っていても、国は結果テロリストによる被害と発表し、人々は可哀相という言葉に慣れ親しむ。

 その被害が街一つ失うという大きな物であったとしても。


 僕だけが残り、僕だけが未だ戦っている。

 勿論分かっている。

 他のBHやオペレーターのような人達も戦っている事は。

 だけど僕はこの頃思うんだ。

 BHと言う呪いに蝕まれながらMEを殺す事だけを生きがいに生きる僕に、一体どれほどの価値があるのだろうか、と。

 

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