第11話 戦略的撤退

「シュウイハンケイ200メートルMEゲンゾンシマセン」


 索敵を終えたティルが報告してくれる。


「もう少し奥まで行くか」


 予定されていたゴブリンの巣窟があるとされるポイント迄の道程はあと1キロ程は楽にある。

 この山の中、虫を警戒しながら登るのは楽じゃ無い。


 だけどせめて其処の様子ぐらいは確認したい。

 虫が嫌いだから途中で下山しましたじゃ流石に2課の同僚達に笑われる。

 普段スタンドプレーばかりしてるから結果を持ち帰らないとパーティーを組まされかねない。

 それだけはごめんだ。

 後、ゴブリンの上位種の確認。

 恐らくさっきのゴブリンミスティック、奴は魔術師系であり群れの長にはなり得ないはずだ。

 確かゴブリン種は数多く群れる時必ずゴブリンジェネラル以上が存在するという説があったはずだ。

 その上位種がゴブリンジェネラルなのかゴブリンロードなのかはたまた最上位種とされるゴブリンキングなのか。

 なるべく多くの情報が必要だ。

 元々情報収集などは得意じゃ無いが、威力偵察ぐらいならやってやれない事は無い。

 一応自分はBHのジョブの中でも最強と言われる勇者のジョブなのだから。


 本当ならこう言う偵察任務は、シノビのジョブを持つエイトマンや召喚師のジョブを持つアイランが使い魔を召喚して上空から確認すれば結構簡単に終わる任務だ。

 でもまぁ、元が殲滅任務だからな。

 今更どうしようも無い。


 

 ピロリロリ~ン ピロリロリ~ン


 メールかな?

 山岳部に不釣り合いな電子音が響く。

 どうやらバイブにし忘れていたようだ。

 胸のポケットからスマホを取り出し僕はメールの内容を確認する。


 差出人には見覚えの無いアドレスが表示されている。

 ――――tegoshi_op@saz.com

 手越さんは知らないがどうやらドメインから見て業務連絡で間違いなさそうだ。


 メールを開くと其処には「生きてるならさっさと連絡寄越せ」とだけ書かれていた。

 何とも暴力的な文章だな。

 それにしても誰・・・ん?

 連絡?

 もう一度先程のアドレスを見る。

 ――――tegoshi_op@saz.com

 手越OP・・・もしかしてオペレーターか。

 そう言えば戦闘始まる前に通信切ったままだった。

 顎の部分にあるスイッチを押して通信を開始する。


「あ~此方BH001アサ――――」「ジジッ――――遅いです」

「え?」


 開口一番怒られた。

 

「え?ではありません。戦闘のログは此方で閲覧しておりますからアサヒさんが無事なのは分かっていましたが、我々オペレーターは現地サポーターの様に何となくBHの皆さんをサポートしているのではありません。少数精鋭といっても良いほどの少人数でBHの皆さんを本部からサポートしているのです。一人のBHが我が儘で連絡を怠るとその方のためにOPの誰かが時間を取られてしまいます。そうなると他のBHのサポートにも歪みが発生し最悪それが原因で死亡者が発生してしまう恐れもあります。今回はそう言った事案は発生していませんが所謂これはヒヤリハットに繋がっていきます。分かりますか?アサヒさん。あなたが格好付けて「止めておいた方が良いよ。今から見るのは映画の中の話しじゃ無い。心ときめくラブストーリーでも無い。只の―――――――――――――――殺戮なんだから」なんて言っている裏で私たちはあなたの無事の確認をするために、わ・ざ・わ・ざ・上位権限を借り受け戦闘ログをリアルタイムで回収し、尚且つ其処から無事なのかどうかを推測。次の行動予測を立てサポートを行う為の準備に入るのです。分かりますか?この無駄な作業がどれほど空しいか。何故なら、あなたが通信をすればそれだけで事足りるのですから。大体BH001アサヒ特派員、あなたはスタンドプレーが過ぎます。聞いてますか?『あ、はい』取敢えず其処に正座しなさい正座。長官の弟か何だか知りませんがそう言うスタンドプレーが全体の業務にどれだけ迷惑を掛けているか、考えたことありますか?無いでしょうね。あったらこんな事出来ませんしね取敢えずまだ作戦行動中だからこれぐらいで許しますが今度本部に帰ってきたら必ずOP室に顔を出しなさい。いいわね」


「――――あ、はい」


 めっちゃくちゃ怒られた。

 手越さん、怖ぇぇぇえええ!

 草むらの上で正座してしまってるし。

 通信を切らなかった自分を褒めてやりたい。

 本当は途中で通信切ろうとしたんだけど、何となく不味そうな気がしたから切らなかったんだ。

 やっぱり感覚は大事だな。

 改めてそう思った。

 


「それで―――アサヒ特派員、今後の行動は?」


 良くアレだけ捲し立てた後で切り替えれるな。

 手越オペレーターの切り替えの素晴らしさに驚嘆しながら僕は今後の行動プランを話す。


「んん、ああ、この後は偵察に切り替える。恐らく殲滅は僕一人では荷が重い。最低でもさっきの倍はきっと居るだろう。全部ゴブリン程度ならそれでも問題ないんだけど、さっきはゴブリンマジシャンの上位亜種が居た。恐らくその他の上位種も存在するだろうと思うから」

「なるほど了解しました―――ならばアサヒ特派員。最新の高濃度Loon探知用の簡易ビーコンが装備の中にあるはずなのでそちらでまずは索敵を行って見るのも宜しいかと提案します」


 さっき一応ティルで索敵は済ましたんだけどな。

 それでも手越OPの提案を無碍にする訳にもいかずやってみることにする。


「了解。やってみるよ。ありがとう」

「いえ、これも仕事ですから」


 そうして通信を切る。

 今度は回線はONにしたままだ。

 こうしておけば本部からの通信が何時でも受けられる。

 何時でも受けれられるからどうしたと言う気もしないでも無いが一応作戦行動中は何時でも通信が出来るように回線をオープンにしておかなければならないのだ。

 言ってみれば業務規則みたいな物だ。

 在って無い様な規則なのであまり気にしたことは無かったのだけど、OFFにしているだけでここまで心配を掛けるならこれからはONにしておこう。


「さてと、普段はティルが居るからこう言うのあんまり使わないんだよね」


 そう独りごちながらパンパンのリュックを降ろしその中からビーコンを探し出す。

 5センチほどの長さの筒状の棒、恐らく外部はアルミ製だろう。

 それと受信機。

 受信機は10インチ程の大きさのタブレットになっている。

 使用説明は・・・っと。

 タブレットをタッチし使い方と書かれたアイコンをタップする。


「ふむふむ」


 使い方は簡単で、筒状の棒に魔力を込め上空に放り投げるだけらしい。

 なるべく高く放り投げることが索敵範囲を広めるコツらしい。

 意外と原始的だな。

 そんな感想と共に僕は筒状の棒に魔力を込め真上に放り投げる。


 上空に放り投げた筒は放物線を描かず、落下する直前に上空で浮遊している。


「なら打ち上げ式とかで良かったんじゃ無いか?」


 そんな疑問を一人で感じながらタブレットに目を移す。

 タブレットにはLoading・・・Loading・・・と繰り返し表示されている。


 数秒後、画面が切り替わり地形データーが表示されていく。

 いつもティルに索敵して貰ってたけどこう言う風に可視化出来るのなら案外良いかもしれない。

 ソロプレイヤーの僕にはこう言った便利グッズは有難い。

 この作戦が終わったら一度装備を見直そう。

 このダサい作業服の改善要求もあるし。


 タブレットの画面に赤い小さな点が表示される。

 恐らくこれがMEの反応なのだろう。

 それがぽつり、ぽつりと増えていき次第に一箇所に集中的に赤い点が反応する場所が出来た。

 恐らく此処がゴブリンの巣窟だろう。

 人の目では認識出来ないほど赤い点が被る。

 しかし其処は機械、ちゃんと数を数えてくれている。

 その数1267。


 よし、帰ろう。

 そう判断した僕は悪くないと思う。

 流石に桁間違えてるよ。

 千以上とかないわ。


「此方BH001アサヒ応答願います―――」

「ジジッ―――」


 お馴染みの雑音が入る。

 いつもならその後直ぐに誰か対応してくれるのだけど今回は応答が無い。

 昼休み・・・?

 腕時計を確認すると11:27分だった。

 昼休みには少し速い。

 

「―――すいません。遅くなりました」

「何かあったの?」

「ええ―――――先程本部に入った情報なんですが、沖縄の離島、波照間島がMEに占領されました」

「な!嘘だろ!」


 波照間島が占領された?

 それって何処よ?

 いや問題はそこじゃ無い。

 それにしても沖縄は、アメリカと日本の連合で昔から防衛に当っていたはず。

 其処を占領されたとなると相当の数のMEが襲来した事になる。

 しかもこの情報社会で占領されるまで情報が漏れていない。

 ME側に何らかの情報を遮断する方法が在る可能性が出てくる。

 そうなると――――


「絶望的かもしれないが…………生存者は?居るのか?」


 被害者は?とは聞かない。

 恐らく波照間島の殆どの人類が犠牲者になるはずだから。

 人口=被害者数と捉えておいて恐らく問題ないはずだ。


「BHが1名のみ………です。こっちはどうやら自衛隊が本腰入れて動くみたいです。そちらは何かありましたか?」

「ああ、流石に其処までのビックニュースじゃないけれどこっちも中々だよ。さっき教えて貰ったビーコンで索敵を行った結果なんだけど……聞きたい?」

「もったいぶらずに言って下さいと言いたいところですが、あなたがもったいぶるのですから、正直聞きたくないですね」

「まぁそう言わずに聞いてよ。この周辺山崎山に生息するMEその数推定1276匹」

「千!」

「うん。1276匹、こっちも自衛隊に来て貰いたいな~、なんて」


 実際自衛隊のME対策部が動く可能性は在るかも知れないが、波照間島がMEに占領されたとなると、恐らくこっちはS.Z.Aで対応を求められるだろうな。

 

「ただ、不思議なことがあってな――――」

「何ですか?」

「このタブレットに表示されてるME、恐らく全部ゴブリンなんだろうけど、その全てが殆ど動いていないんだ」

「タブレットが壊れてる訳じゃないですよね?」

「機械にそんなに詳しいわけじゃ無いし、今回これも初めて使ったからな。初期不良とかなら良いんだけど」


 ゴブリンは基本家族、若しくは村単位で動くとされているMEだ。

 こう言う生活スタイルのMEは結構報告されており、コボルトやオークもそれに当る。

 ただ、あまり村が大きくなりすぎると、内部で分裂しどこかに移動し始めると言うのが通例となっており、そのタイミングで一般の人々に発見され通報を受けることが多い。


「基本全てチェック済みですので、初期不良は無いかと」

「なら、この情報が正しいと判断するならば、僕は戦略的撤退を許可願う」

「――――しかし、いや、でも」

「戦略的撤退だよ。千を超えるME、僕一人では流石に荷が重い。上位種が居ることは間違いないといえるだろうし。なぜだか分からないけどMEが動いていないのなら今のうちに人員を確保し作戦を立て直すべきだ」


 幾ら僕が強くても、戦闘を一昼夜も続ければばてる。

 油や血やらで武器の切れ味も落ちるだろうし、そもそも大量殺戮用の装備とか在る方が楽に戦える。

 僕はMEを憎む気持ちはあるが、無鉄砲ではないんだ。

 だから22年間たった今も戦い続けれていると自負している。


「――――了解しました。後藤長官がツルギ支部に合流している模様ですので、そちらで作戦本部立ち上げ指示を受けるようにして下さい」

「了解。BH001アサヒ―――11:12ヒトヒトヒトフタ撤退を開始する」

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