第9話 特区管理局長官―後藤愛子
あの子からのメールなんて珍しい。
私は直ぐに返事をし明日の朝一で九州を発ち、その帰りに寄るとの旨を伝えた。
サポーターの手伝いと行っていたが果たして現場は一体どんな事になっているのやら。
あの子が今行っているエクスカリバーがあるツルギ地区は
生息するMEも下級が殆どだし、定期的に他機関と共同で間引いている。
危険は無いだろうと判断しあの子を送った。
雑用に使っている様にも隊の皆には思われているかも知れないが、あの子一人にこれ以上の負担を強いるのは私は違うと思ってる。
何よりあの子の身体が限界に近づいているとの報告も久樂博士からは上がってきている。
これ以上の戦闘行為を行わせない様なるべく楽なミッションを選別して回している。
今回も確かイエローランクミッションだったはず。
戦闘行為の可能性も無い訳では無いがそれも低く、脅威となるMEのランクも低い。
そう言う物を回した。
だが私が早朝の新幹線の中で受けた報告は想像を遙かに超える物だった。
「ツルギ地区に『氾濫』の前兆を確認――――――――直ちに手隙のBH各員はツルギ地区へと向かう様に」
スマートフォンに入って来た一通の業務連絡。
文面を見たとき私は背中に冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。
あの子を思いやって行かせた場所でまたしても起こるのか。
きっとあの子の事だから1人で突貫してしまっているんだろう。
――――――氾濫。
その脅威を、たったその一言で言い表すには些か言葉が足りないように感じる。
18年前に起きた悲劇を我々は、いや、私個人は一ミリたりとて忘れてはいない。
西暦2022年10月24日午後2時28分―――――――あの時も穏やかな場所からの氾濫だった。
今のようにLoonの存在も国民には公には発表されて居らず、勿論MEの存在も眉唾、霊的な物と一括りにされる様な、そんな時代、私はとある団体の職員をやっていた。
特区管理局も今のような体制では無く、野良のBHを見つけては監視下に置き報酬を与え仕事を依頼する。
そんなNPO法人の勇者組合。
一言で言い表せばうさんくさい、信憑性も信頼も何も無いその程度の団体だった。
他人との繋がりも無く単独でそれぞれが動き脅威となるMEを駆除する。
その程度の連携で事足りていたし実際MEも今とは違い、当時は弱かった。
BHと呼ばれる勇者達は驚異的な能力を発揮しその力でMEを文字通り蹴散らしていた。
正直過信していたんだ、誰もが。
MEはBHに敵わないと。
そんな慢心が産んだ悲劇。
それが柳沢ゴブリンハザード。
一斉に溢れる出るゴブリンは全てを飲み込んだ。
人も、車も、ビルも、自然すらも――――文字通り何もかもを飲み込んだ。
結果柳沢という地名は日本から亡くなり一般人の被害者=村の人口、BHも47名戦死という甚大な被害をもたらした。
魔王ゴブリン。
巫山戯た存在が居たのだ。
最弱であるはずのゴブリンから生まれた魔王。
まるで赤子の手をひねるかのようにいとも容易く歴戦のBH達を葬っていった。
当時の戦闘映像を見た私は戦慄を覚えたのを今も強く覚えている。
柳沢ゴブリンハザードを最終的に止めたのがたった4人のパーティーだった。
そして、そのうち3名は戦死者の中に名を連ねている。
残ったのは一人だけ。
当時最年少BHだった13歳の少年、その血を分けた実の弟、浅日宗一のみだった。
あの子が居なければもしかしたら今の日本は無くMEに支配された島国になっていたかも知れない。
そんな英雄がいることは我々以外知るものは殆どいない。
あの柳沢ゴブリンハザードの後、あの子の言った言葉を今でも私は覚えている。
『僕は只の殺戮者―――僕の力では誰も守れないし癒やせない』
目一杯波を食いしばり涙を堪え彼は耐えていた。
13歳と言えばまだ中学生。
子供と言っても差し支えない年齢だ。
それなのにあの子は耐えていた。
悔いていた。
何があの子をそうさせたのかは私には分からない。
あの戦いの中であの子が何を見たのか分からない。
その後もあの子は数々の危機を救ってくれた。
18年、赤ん坊が大人になるほどの時間、それこそあの子は身を削るように働いてくれた。
本当は一線を退いて貰って後はゆっくり過ごして欲しかった。
結婚でもして子供でも作って一般人として過ごして欲しかった。
私が姉として出来る事はもう無いのだろうか?
私は特区管理局長官という立場でまた
『氾濫』の兆しを摘むようにと。
この苦悩は私が長官を辞任するかあの子がBHを辞めるかしないと無くならないのだろう。
恨むなら恨んで貰っても良い。
だけど私は戦わなくてはいけない。
死んでいった者の為にも。
生き残っている者の為にも。
そして人類の未来の為にも。
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