第8話 勇者 浅日宗一

「止めておいた方が良いよ。今から見るのは映画の中の話しじゃ無い。心ときめくラブストーリーでも無い。只の―――――――――――――――殺戮なんだから」

「BHアサヒ!!待って下さい!」

「ああ、追加ミッションはゴブリンパンデミック、ランクはレッドランクミッション受注制限はそっちで掛けて」


 それだけオペレーターに伝えると僕はヘルメットの顎の部分のボタンを押し通信を遮断する。


 久しぶりだな。

 この感覚。

 研ぎ澄まされる感じ。

 意識が戦闘に向くとかちりと僕の中の何かが切り替わる音がする。

 それに伴い体中にLoonが満ち溢れる。

 僕の胸の中心部にある核が青く、蒼く、碧く、輝き始める


「――――――――――ジョブ設定、霊子力封印――――――――限定解除

             モード『勇者ブレイブハートLV1』使用解除」


 力が身体の隅々まで満ちて行くのが分かる。

 そして、僕から溢れ出すLoonを感じてか、右手に持つショートソードから片言の機械的な音声が流れ出す。

 その剣身は淡く輝き、その表面にアラビア語のような文字が浮かぶ。


「キドウ・・・・キドウ・・・BHLoonカクニン――――――シヨウシャカクニン、BH001アサヒ――――シヨウシャニンテイ、オハヨウゴザイマス」

「ああ、おはようティル。見てよ、今日は最高の朝に成りそうだろ?悪いけど少し力を貸してくれ」

「ラジャー・・・・ジョウキョウカクニン・・・スリープカイジョ・・・・モードチェンジ――――スタンダード」


 そうティルが言うと柄の部分の中心が音を立て回転し出す。

 僕自身の中に内在するLoonと大気中に漂うLoonを吸い上げると先ほどショートソード程度の小ぶりだった剣身はロングソード程の長さになり身幅も倍ほどの大きさになった。

 薄い緑色だった剣身は中心が金色に輝きその刃は銀色に鋭く煌めく。


 それと同じくして薄い紫色の煙が周囲に満ちる。

 Loonの可視化。

 ミドルランク以上のMEが出現するときに発生すると言われている。

 所謂『瘴気』と言う奴だ。

 面白い。

 只のゴブリン狩りだと思っていたけど既にゴブリン系の中級以上が存在するとはね。


 僕の目の前で瘴気が蠢き始める。

 薄い煙が収束し、纏まりを持ち人型へと成っていく。

 瘴気が晴れたそこには、紫色したゴブリンが立っていた。


 目の前のゴブリンは、やれやれといった感じでゆっくりと此方に歩み寄ってくる。

 紫色のゴブリンは色が違うだけでその他のゴブリンと見た目は大きく変わらない。

 只その表情が他のゴブリンとは違う知性を感じさせる。


「ギャギャギャ、ニンゲンヨ、シヌジュンビデキタカ?」

「これは驚いたね。人語を喋るゴブリンか?だけどもう少し勉強した方が良い。初めて人と会った時の挨拶はまず『始めまして』だ」


 紫色のゴブリンは木の杖を持ち腰には恐らくトレーナーの様な物を三枚ほど巻き付けている。

 被害者の衣類か何かだろうな。

 紫色のゴブリンが杖を持つ手を上げると周囲のゴブリンが威嚇の声を上げながらじわりとその包囲を縮めてくる。


「ギャギャギャ」「ギャギャギャ」「ギャギャギャギャギャギャ」


 僕にプレッシャーを与えるつもりか?

 それにしても案外統率されているな。

 

 バイザーの表示画面に紫色のゴブリンの正体が表示される。

 ―――――――――ゴブリンミスティック

 ゴブリンマジシャンの上位亜種。

 幻術に特化しミドルクラス魔法も使用する事が可能だという。

 前回の目撃情報は―――――18年前。

 ゴブリンスタンピート時のみ存在が確認されている。


「キサマ、ユウシャノイチゾクダナ・・・オマエ、オレクウ!オマエ!ソノコアヨコセ!オマエラヤレ!!」


 ゴブリンミスティックが杖を高らかに上げると森の中からゴブリンが溢れるように這い出してきた。

 そしていつの間にかゴブリンミスティックはゴブリン達の後方に立っている。

 

「大きな口叩いた割には前には出てこないんだな」


 それとも元々後ろに居たのか。

 それにしても幻術か。

 ちょっと面倒だ。


「「「ギャギャギャギャー」」」


 甲高い声と共に迫り来る緑色の悪魔ゴブリン

 手には各々とがった木だったっり削った骨だったり、どこから取ってきたのか包丁の様な刃物を持っている者様々だ。

 只皆それぞれ思い思いの武装をしている。

 開いた口からは茶色い乱杭歯が覗き、既に勝利を確信し僕を食べることを想像してか涎を垂らしている者までいた。

 そしてその数は50は軽く超えている。

 僕の周囲を完全に包囲しているゴブリン達はジリジリと、ゆっくりとその包囲を縮めてくる。

 その余裕は完全に捕食者のソレだ。

 

 戦場の独特雰囲気が場を支配し始める。

 こう言うがっつり戦闘は久しぶりだ。

 

 普段は只の木っ端役人に過ぎない僕だ。

 能力も制限されていて封印解除しないと何にも出来やしない。

 だけど一度その能力を解放すれば常人には想像も出来ないような力が湧き起こる。

 獲物が低級MEのゴブリンだと言う事に不満はあるが、ただそれでも、身体が喜んでいるのが分かる。

 筋肉は収縮し、その溜めた力を爆発するのを今か今かと待ち構えている。

 体中を駆け巡るLoonはグングンとその密度を高め僕を人という枠から外してくれる。

 そして同時に僕の心のリミットも外れていく。


 人外。


 =勇者。


 ただ其処にこそ自身がある歓喜。


 勇者に成るという喜び。


 MEを殺せるという、ヨロコビ。


 嗚呼―――――――――――――チニクワキオドル。


 Loonを纏った人型の獣。

 ソレが僕、ファーストエイジ、古き勇者、始まりの勇者。

 色々言われるが結局只の殺戮マシーン。

 MEを殺す事に快感を覚える狂い人の部類さ。 


「さぁ――――――始めようか」


 僕は無造作にティルを構える。

 そのまま前に進むと、正面のゴブリンが僕に気圧されたのか口から涎を垂らしながら一匹だけ突貫してきた。

 それを見た他のゴブリン達も我先にと、食らいつかんと、大口を開け、僕を喰わんと飛びかかってきた。


真円舞踏サークルロンド


 僕は、僕を中心にくるりと回転する。

 それと同時に水平に刃を振るう。

 ただそれだけの剣技。

 手応えも無く、重みも無い。

 そも、ティルことティルフィングは起動すれば羽のように軽くなる。

 そしてその羽のように軽い剣には切れぬ物無しと謳われるほどの切れ味を同時に宿す。

 きっとゴブリン達には何が起こったかなど分からなかっただろう。

 飛びかかって来たゴブリン達はその全てが一振りの剣技によって両断されていた。

 それでも惰性で此方に向かってくる事切れたゴブリン達を僕は跳躍して躱す。

 さっきまで僕が居た場所には両断されたゴブリンの死骸が小山に成っている。

 山の下にはおびただしい量の青い血液が溢れている。


「くはっ」


 その様子が可笑しく見えた。


「良いね、やっぱりこうでなくっちゃ」


 ティルを振るい、剣身に付いた青い血を払う。


「ギャ、ギャギャギャ」


 近くにいたゴブリンが後ずさる。

 だけど僕には意味は伝わらない。

 だってそうだろ?

 ゴブリン語なんて習ってないんだからさ。


「何言ってるんだ?日本語で喋れよっ」


 歩き様にティルを振るいゴブリンの首を跳ねる。

 力なく、ぽとりと落ちた頭。

 頭を失った首は自らの頭を探すかのように青い血が吹き出てる。

 それを隣でぼけっと見ているゴブリンの腹にティルを突き刺す。


「あは――――――よそ見しちゃいけないよ」


 突き刺したティルをそのまま引上げると腹の中程から臓物をあふれ出しながらゴブリンは真っ二つに割れる。

 引き上げたティルをそのまま振り下ろし背後に迫っていたゴブリンを両断する。

 

 払い、切り、突き、薙ぐ。

 

 意味の分からないゴブリンの鳴き声と、汚物の匂い。

 青い血だけがこの世を支配する。

 どんどんどんどん腹の底からMEへの殺意が溢れてくる。

 

 死ね。

 死ね。死ね。

 死ね。死ね。死ね。

 死ね。死ね。死ね。シネ。死ネ。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。

 シネ――――――――――

 

「――――シネ、ユウシャ!」


 不意に僕の周りを大きな影が包みこむ。

 頭上を見上げると空中に大きな岩の塊が出来ている。

 数は減ったが未だ僕はゴブリンに囲まれている。

 そしてその大きな岩の塊が僕目掛けて落ちてくる。

 ちょっと雑魚ゴブリン狩りに夢中になりすぎて気がつかなかった。

 失敗失敗。

 サイズ的に今更躱せないので事にする。


魔導連斬ルーンスラッシュ!!」


 岩を真下から魔力の刃で切り刻む。

 ゴブリンミスティックの魔力で出来た大岩は僕の魔力で相殺され塵と成る。

 そして殺到してきていたゴブリン達をまとめて葬る。


真円舞踏サークルロンド


 再びゴブリンの死骸で山が出来る。

 僕の視線の先に悔しそうな顔をしたゴブリンミスティックが居た。


「グガガガ、キサマ――――ナゼシナナイ」


 死ぬ?

 僕が?

 この――――――――――――――程度で???


「ぶはっ」


 戦闘中だというのに、つい吹き出してしまった。


「あ~はっははっは・・・・ぶっぶっぶくっい~ひっひひ――――ああ、お腹痛い」


 そして一度吹き出してしまうと中々笑いは止らない。

 ツボったって言うのかな。

 いや~、まいった。


「キサマ、ナニガオカシイ!」


 ゴブリンミスティックが怒りの表情を露わにする。

 何が可笑しいって、そりゃね~?


「この程度で、この僕を殺す?これでも勇者22年やってるんだ。この程度窮地にすら入らないよ」

「キサマ、ナニモノダ?」

「何者だって?ゴブリンに名乗るのもおかしな話しなんだけど、まぁ笑わせて貰ったし、折角だから教えてあげるよ。特区管理局スペシャルゾーンアドミニストレーション特務隊員、ナンバー001浅日宗一、現存するBHで最も古い勇者。今は只の木っ端役人、だよ」

「フルキユウシャ・・・ダト、マサカキサマアノトキノ・・・・」

「あの時が何時か知らないけど、どこかで会った事があるのかな?MEで僕を見て生き残れてるんだ。君、中々運が良いんだね。それに僕こんなにゴブリンと喋ったの初めてだ。お礼に良い事を教えてあげるよ。僕を殺したかったら――――――――――――――――――魔王種でも連れてくるんだな。じゃあ君、面白かったけどそろそろおしまいにしよう。やっぱり僕、ゴブリンは好きじゃない。おまえらちょっと臭いんだよ」

 

 ティルを高く上げ周囲のLoonを吸い上げる。

 瘴気もLoonもお構いなしに吸い上げる。

 急激に一点に流れ込むLoonが可視化される。


「Loonジューテンカンリョウ――――アルティメットブレイクシヨウデキマス」


 機械的な、それでいて女性的な音声がティルから流れる。

 

「ナンナンダソレハ!!クソ!コンナバケモノアイテデキルカ」


 目の前のゴブリンミスティックはティルに集まるLoonを見て怖じ気付いたのか、背を向け慌てて逃げだそうとする。

 ハハハ。

 ゴブリンに化け物扱いされるなんて中々気の利いた冗談だ。

 まだまだ世の中捨てたもんじゃない。


「連れないな。そう言うなよ―――――オマエも同じ化け物だろ?」


 高く上げたティルを両手で持ち正眼に構える。

 周囲には未だ現存するゴブリンが20匹程度。

 指揮官が逃げ出したからか、残されたゴブリン達は戸惑っている様子だ。

 目の前には背を向け逃げ出したその指揮官、ゴブリンミスティックが居る。

 まとめて全部殲滅するために僕はティルで集めたLoonを自身に纏う。


「行くぜ!!―――――――究極奥義アルティメットブレイク!!!一・撃・剣・閃!『爆炎舞踏バーストロンド』!!!」


 力ある言葉と共に僕は僕自身を支点とし回転する。

 ティルを水平に振るい、刃の形をした魔力を周囲に飛ばす。

 只それだけだが威力は甚大だ。

 周囲の30メートル程の木々とゴブリンは跡形も無く消え去っている。

 僕を中心に放射線状に地表事えぐっている。


 周囲を見渡しその様を確認すると僕は一息ついた。

 恐らく被害女性だったも塵芥と化してしまった事だろう。

 少し済まない事をした気持ちになる。

 そしてそれもあるが、こう、なんて言うか僕は、戦闘の後必ずと言って良いほど憂鬱に成る。

 特に今日みたいに高ぶってしまってつい究極奥義アルティメットブレイクなんて使用した日には何時にも増して憂鬱に成るんだ。

 30過ぎたおっさんが、究極奥義アルティメットブレイクとか(笑)

 一撃剣閃!って何なんだよ!

 18年前にこのティルを初めて持った時。

 あの時に仕様として設定してしまっているので今更変えられない。

 究極奥義アルティメットブレイク(当時勝手に名付けただけだが)は声に出して技名を叫ぶこととティルにLoonを一定以上溜めること。

 この2つの条件がそろって初めて使用できる所謂必殺技の様な物だ。

 当時ティルが出来たとき、僕からこの仕様を提案し久樂博士に伝えた。


 博士はそれを聴いてこの剣の名前は「ティルフィング」にしようと言ってきた。

 当時の僕は「ティルフィング」を知らなかったのでカッコいい名前だね、と了承したんだ。

 今ならなぜ博士が「ティルフィング」と言う伝説の剣から名前を取ったか分かった気がする。

 ティルフィング――――呪われた聖剣ティルフィング。

 抜けばその使用者を必ず呪うと言う伝説の剣。

 僕はその呪いに今日も身もだえる。

 故に僕はいつまで経ってもソロのまま。

 中二病というに常に苛まされる日々を送るのだ。

 


 


 


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