第7話 遭遇戦

 目の前に元は人間だった物体パーツが散乱している。

 衣類の類は周辺には無い事から何処か違う場所で襲い攫って来たのだろう。

 問題は、ゴブリンが人を攫って来て此処でソレを喰っていた事だ。

 基本的なゴブリンの生態は人間の女性を攫い、苗としソレを繰り返し使用する事で爆発的に同族を増やす。

 一度に妊娠する数は7~10匹程度。

 そして妊娠から出産までの周期は2週間程だったはず。

 大体3回目の出産で苗は出涸らしと成り果て自ら産んだゴブリンの栄養となる。

 そして母体を喰ったゴブリンはわずかだが上位種になりやすいと言われている。

 

 普通、人間女性を成長したゴブリンは喰わない。

 よほど飢えていたら恐らくその限りではないであろうが、基本女性は苗と成ることを最優先されるはずだ。

 だが今僕の眼前にはふっくらとした太股、引きちぎられた乳房等原型の分かる物が散乱している。

 ずっと昔だけど苗と成り、出涸らしとなった女性を見たことがある。

 目の前のに散らかっている欠片のように、健康的な身体をしていなかった。

 出涸らしという言い方は如何な物かと思うが、実際その通りで苗となった女性は全ての生命力を奪われていた。

 精も根も尽き果てたような、骨にそのまま皮が張り付いた老婆のようなそんな身体をしていたのを今もよく覚えている。

 枯れ果てた唇をなんとか動かした彼女は僕に向かって殺してと呟き涙を流した。



 浅いと言っても此処は山岳部にあたる地域だ。

 普通一般人はこんな所に来ない。

 一部の登山家でも実際はこんな場所には来ないだろう。

 登山するにも大した山でもないここ山崎山は登山家には少し面白みに欠ける場所である。

 恐らくこの被害者はゴブリンが喰うためだけに攫って来てそして喰った。

 それで、間違いないだろう。

 周囲に残る白骨からもそれが推測される。


 だけど様々な疑問が残る。

 その中でも最も大きな疑問は、何故こんな所まで連れてきてから喰ったか?に限るだろう。

 なんと面倒な事だろうか。

 しかもここに来るまで人を引きづった様な跡や人工物も見ていない。

 偽装工作までしているのか、もしくは全く別のルートから来たのか・・・・。

 普通ゴブリンにそこまでの知恵は無い。

 ならば上位種の存在が考えられる。

 それも知恵が回る上位種。

 そうなってくると妥当なのはゴブリンマジシャンかゴブリンシャーマン。

 もしくはゴブリンジェネラル。

 ジェネラルまで成ると統率者クラスだ。

 最悪増援を頼むしか無い。

 

 考えが纏まった所で僕はオペレーターと通信を行う。

 ヘルメットの顎の部分にある通信ボタンを押し通信を開始する。


「オーダー、此方BH001アサヒ」

「――――此方エスゼットエー本部、BH001アサヒどうしましたか?」


 いつもの事だけど、即座に通信が繋がった。

 これが24時間なのだからオペレーターにはご苦労様としか言いようが無い。


「現在地にてゴブリンを3匹駆除した」

「お疲れ様です。怪我はありませんか?」


 透き通った声で僕の身を案じてくれる。

 こう言う気遣いに癒やされるBHも多い事だろう。


「ああ、問題ない。ありがとう――――駆除したんだが、問題があってね」

「問題?手こずったのですかBHアサヒ?」

「いや、そうじゃなく、実はゴブリンは食事中だったんだ。その隙を突いて背後から一撃で葬ったから大した労力でも無かったし手こずりようもないんだけど、ゴブリンのその食事メニューが大問題だ。」

「メニュー?どうしました?」

「ん~・・・・・ゴブリンの今日の昼食は女体盛りならぬ女体丸かじりだったんだ」


 基本オペレータは女性で、その女性にこの猟奇的な現場をどう伝えれば良いか分からず僕は、なんの拈りも無くそのままを伝えてしまった。

 言った後に女体盛りは無いだろうと後悔したのだけど。


「え?それって・・・」


 そして僕のセクハラ発言を完全にスルーしてくれるオペレーター。

 こういう時、塩対応が実に有難い。


「ああ、わかりにくいよね。待って、説明しにくいし視界共有リンクを飛ばす。認証して貰えるかな?そこで確認してくれ」


 そういって僕は先程の発言を無かった事にし、ゴーグルの通信機能をONに切り替えオペレーターと視界を共有する。

 昔は認証とか必要なかったんだけど過去にこの視界リンクを悪用してオペレーターが性的被害、所謂セクシャルハラスメント被害にあった事があったらしく、それから相手側に視界共有の認証が委ねられる様になった。


「・・・・あまり見たい気がする物では無いような予感がヒシヒシとしますが、これも仕事です。リンク確認しました。視界共有リンク――――認証・・・ひぁっ」

「えっと・・・ごめんね」


 オペレーターの短い悲鳴が聞こえつい謝ってしまった。


「いえ――――しかしこれは・・・まさか・・・」

 

 これを見ただけで違和感を感じれるのか、このオペレーターよく勉強してるね。

 言いよどむオペレーターに僕は補足の言葉を告げる。

 

「ああ、この食い散らかされたソレは、健常者のソレだ。推測だが、この地域に居るゴブリンは趣向として人肉を好む傾向にある。それも恐らく女性の―――肉を」


 話しながら僕は昨日警察の遺体安置所で見た被害者女性の遺体を思い出していた。


 妊娠しているにも係わらず、体中を囓られた遺体。

 何だろう?

 何故ゴブリンは妊娠している女性を喰おうとしたのだろうか?


「何だか、嫌な予感がする――――今回のミッションはゴブリンの巣の掃討から、威力偵察に切り替える。申請をお願いします」

「ミッション内容変更――――――――了解しました」

「ありがとう。後、博士に今回の事例の検討をお願いして欲しい、もしかしたら上位種のそれも統率者クラスの存在も懸念される。博士には昨日の被害者のデーターも渡して下さい」

「了解です。久樂博士には情報の提供此方で行います」

「お願いします。後増援の準備だけはしておいて下さい」

「増援・・・ですか?あなたが?」

「言ったでしょ?嫌な予感がするって。それに準備はするに超した事は無い。徒労で終わるのが一番だけど」

「了解しました。増援の件承りま「あ、ちょっと待って」」


 僕はオペレーターの言葉を遮る。


「どうしました?」

「いえ、増援では無く追加ミッション発生でお願いしたい」


 突如視界の端で赤い点が猛烈な勢いで明滅を繰り返している。

 しかも凄い数だ。

 周囲にいきなりMEの気配が出現した。

 僕としたことが完全に油断した。

 完璧に包囲されているし。


 周囲を見渡すと木々の隙間という隙間に緑色の悪魔現れた。

 薄暗い森の中に百を超える赤い輝きが煌めく。

 赤い輝きはゴブリンの双眸。

 悪意ある視線その全てが一様に僕を覗いている。


「ちょ、何ですかこのME反応の数。40・・・50超えてますよ!」


 視界共有リンク繋げたままだったか。

 ちょっと鬱陶しいので視界共有リンクを切断する。

 

「BHアサヒ、何故視界共有切ったのですか!?」

「BH001アサヒ、これより戦闘に入る。殲滅モード使用許可を」

「ちょっとBHアサヒ聞いてるんですか!?」

「聞いている。OP、それより許可を、結構ヤバい」

「もう!待機状態セルフスタンバイモード終了、BH001アサヒ―――――武装限定解除、ジョブ限定解除」

「ありがとう。

「どう致しましてって、それよりBHアサヒ、視界共有リンク開いて下さい」


 心配してくれているのだろう。

 でも正直必要ない。

 それに見ない方が彼女のためだ。


「止めておいた方が良いよ。今から見るのは映画の中の話しじゃ無い。心ときめくラブストーリーでも無い。只の―――――――――――――――殺戮なんだから」

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