第6話 イエローミッション開始

 AM8:00 

 僕は山岳部に潜むゴブリンを捜索すべくお馴染みの特区管理局謹製作業服を着込み、パンパンに膨らんだリュックを背負いホテルを後にした。

 正直此処ホテルハーブインに泊まるのも10回目だが今回のようにフル装備でロビーに出るのは初めてだ。

 なんというか思った以上に、ちょっと……いや大分恥ずかしいわ。

 ヘルメットを被って出るか、被らずに出るかで迷ったんだけど結局外出時に受け付けの紙に氏名を記入しないといけない事が分かった時にヘルメットを被った。

 バイザー付の薄いグレーのヘルメットは工事用のヘルメットとかではなくどちらかというとトップガン宜しく飛行機乗りの人が被りそうなヘルメットなのだ。

 無駄にカッコいいヘルメットを被りダサい特区管理局の作業服を着る。

 この作業服ももう少し格好良くしても良いだろうに。

 今度長官に陳情を上げてみるか。


 ホテルを後にした僕は一人山岳部へと向かう。

 スマホにゴブリンの住処周辺のGPS情報は入れてあるので、ナビゲートアプリを起動しナビに従いひたすら山登りをするだけだ。

 便利なことにナビゲートアプリを起動するとヘルメットのバイザー部分に目的地への向きと距離、後上空からのデーターが表示される。

 耳の辺りにスピーカーも内蔵されており、音声ナビゲートもきちんと聞こえてくる。

 ブルートゥースでスマホ自体と連携しているので音楽アプリを使えば勿論音楽も聴ける。

 ちなみにスマホ自体は軍用の物を使用しており、独自の電波帯を使っているので例え海洋であっても日本国内なら何処でも届く。もちろん奥深い山岳部だろうと何処だろうとスマホのアンテナは常にバリ3だ。

 スマホ自体は優秀な道具だけど、スマホのGPS経由で僕の居場所も常に管理されているのが残念でならない。

 プライベートなんてあったもんじゃ無い。


 ホテルから程なく歩いた先に竹林が見えてきた。

 スマホのナビゲーターはこの竹林に入って行けと告げてくる。

 取敢えず僕はリュックから虫除けを出し火を点けると専用ハードケースの中に虫除けを放り込む。

 ハードケースを腰にぶら下げ僕は竹林へと入っていく。

 ヘルメットの顎の辺りにあるスイッチを押し本部のオペレーターに通信を飛ばす。


「此方、BH001――――アサヒ。マルハチヒトマルイエローミッションナンバーヒトフタナナ開始します」

「ジジッ――――此方エスゼットエー本部、BH001アサヒ―――イエローミッションナンバーヒトフタナナマルハチヒトマル開始確認しました。ご武運を――――」


 何時通信をしても答えてくれる本部のオペレーター、その優しい声に少しほっとする。

 オペレーターは24時間BHのバックアップを行う為、3交代制のシフトらしい。

 24時間戦えますか?を地で行くBHとしては、何とも有難い。

 只、何時だったか1勤と3勤のオペレーターの声が同じだったときには心が震えた。

 結局の所特区管理局は限りなく漆黒に近いブラック企業と言う事だ。

 ん?企業なのか?

 まぁいいや。


 『北東に進みます』


 少しの謎を残しながら、僕はナビゲーションのガイダンスにしたがって唯ひたすら山道を歩く。

 竹林を抜けるとその先には杉や松が生い茂る日本特有の山岳部に差し掛かる。

 花粉対策で紙のマスクをリュックから取り出し装着する。


 この山は山崎山といい上から読んでも山崎山下から読んでも山崎山でお馴染みのあの山崎山だ。

 その山崎山は知名度とは反比例し、あまり人の手が入っておらず、登山道は無い。

 周囲を探索し獣道らしき道を見つけ僕はそれに沿い山を登っていく。

 ゴブリンの住処とされる位置まではおよそ後3時間27分。

 どうせと言うか、きっとと言うか、この時間は平坦な道のりを歩く速度で計算されているんだろう。

 蝉は鳴きモスキートが飛び交うこの険しい山道。

 いくら僕が頑張っても予測時間通りにはたどり着けないよね。

 背にはリュックを背負い肩にはショートソードが入った袋を引っ掛け、何ならヘルメットを被り安全靴を装着、両手でトレッキングポールを地面にぶっさしながら登山。

 一体何処の登山家か!

 そう叫びたくなる僕の心に一欠片の清涼剤――――それはきっと今頃護衛のBHが来るかどうかとヤキモキしているであろう夕紙さんだ。

 彼女のこの後の事を思うとこんな杉林なんて事もない。

 雑魚よ雑魚。

 そう、昨日結局長官にメールしたこともその返事があったことも夕紙さんには伝えてない。

 「私すすれないんですよね」とか良いながらラーメンを丸めて口に放り込む夕紙さんを見ていたら何となく言わずにおこうと思ってしまったんだ。

 ちなみに後藤長官からの返事は『九州帰りに私が立ち寄る』と言うなんとも簡潔な物だった。

 時間は未定だがきっと夕紙さんは突如現れた長官を見てきっと驚いてくれるだろう。

 このプチどっきりが決まると思うと多少の労働は良しとしなければね。

 どんなリアクションを彼女が取るのか、そして僕になんて苦情を言うのか、想像するだけで今から楽しみになってくる。


 手に持つトレッキングポールをざっくざっくと地面に刺しながら山岳部を踏破していく。

 途中山岳部の浅い位置で、うりぼうを見つけたが、それ以外は何事もなく順調に山崎山を登っていった。

 登り初めて一時間ほど経っただろうか。


 「―――――――」


 不意に周囲の空気が変わった。

 さっきまで聞こえて来ていた鬱陶しいほどの蝉の声や、蚊の羽音、虫の鳴き声すらも一切が聞こえてこない。

 

 本能が感じる。

 BHとしてのか、人間としてのか分からないが。

 確かに感じる。

 大気中に混じるLoonを。

 Loonは一般的に目には見えない。

 見えないがBHなら誰しもLoonを感じる事が出来る。

 そして大抵の時Loonが濃い場所には多かれ少なかれMEが出現する。

 間違いない。

 この周辺に数匹

 僕は探知系のジョブでは無いけれどこれだけ長いことBHやってると流石にそう言う気配はもう分かる。

 

 手に持っていたトレッキングポールをリュックに直し肩に掛けてあった袋からショートソードを取り出す。

 それを左手に掴み周囲の探索を始める。


 (思ったより浅い位置で――――事前資料より大分手前だ。それだけ巣が大きいと言う事か、もしくは餌を求めて人里に降りようとして言うるのか。もしならばこの山にはゴブリンの餌になる生き物が居ないのか。そこまでの規模に成るまで気付かなかったとなると隠蔽されていた可能性もあるな。ただ・・・・誰が?――――いや、流石に無いか)


 風が吹く。

 柔らかな風と一緒に、生臭い香りと獣臭が混じったなんとも言えない香りが風に運ばれて来る。

 ツイてるな。

 偶然にも今風下に居るみたいだ。

 この風の吹いてきた先にMEが居るはずだ。

 僕はそっとリュックを地面に置きショートソードを鞘から抜き放つ。

 ミスリル製の薄い緑色の刃が大気中のLoonを吸って歪に煌めく。

 

 気配を消し足音を立て無いように気を付けながら下手から匂いの元に寄っていく。

 そっと身をかがめると僕は息を殺す。

 木々と茂みに身を隠し前へと進む。

 恐らくこの先に居るのはゴブリン。

 匂いから、経験から何となく判断する。

 だが気は抜かない。

 たかがゴブリン、されどゴブリン。


 Loonが現代に認知されMEが彼の歴史に現れたその時から、最も人類を殺したME。

 そして最も人類が駆除したME。

 それがゴブリン。

 雑魚なのは間違いない、だが最も意外性を発揮するのもゴブリンである。

 18年前のゴブリンスタンピートを僕は忘れていない。

 当時BH全員がまだ駆け出しだった。

 僕らファーストと言われる第一世代のBHのほとんどはそのブレイブハートと言う特異性から自らを奢っていた。

 そんなBHを襲った最初の悲劇。

 それがゴブリンスタンピート。

 BHが47名死亡した。

 一般人の犠牲者は少なく見積もってもその1000倍と言われている。

 ゴブリン自体は鉄パイプでも持った成人男性1人無いし2人居れば殺せる。

 それも実際には、殺せる覚悟があればの話しだが。

 

 危険性が低いからと放置し、危険度が高いミッションを優先した結果爆発的に増え当時の特区管理局の前身である勇者連合は所属するBHのその半数を失った。

 随行したサポーターも多く亡くなったと聞く。

 あの凄惨な出来事から、僕はMEを一切侮らないと決めた。


 ヘルメットのバイザー部分に赤い光が明滅する。

 光の数は3つ。

 この赤い光は、高濃度Loonの存在を知らしてくれている。

 高濃度のLoonを保持する唯一の外敵生物。

 それがMEミュータントエネミーだ。


 下げた頭を茂みからそっと出す。

 視線の先には緑色の小人が居た。

 視界の端で明滅を繰り返す光と同じ、数は3匹。

 絶対に人とは数えない。

 人型のMEでも匹と数える。

 意外と大事なことだ。

 それだけで人型の命を奪うという禁忌感がほんの少し薄れる。

 

 ゴブリン達はどうやら食事中のようだ。

 あつらえたかのように隙丸出しで此方に背を向けてる。

 まるで殺して下さいと言っている様に僕には聞こえる。

 くちゃりくちゃりと大げさで耳障りな咀嚼音を立て、3匹が3匹とも食事に夢中で此方には全く気付いている様子は無い。

 僕は音も無く忍び寄ると手にしたショートソードでゴブリンの首を跳ねる。

 一匹。

 二匹。

 三匹。


 壊れた水道みたいに青い血がゴブリンだった物から吹き上がる。

 粗方血が出るとゴブリンだった物はそのまま力なく倒れた。

 そしてその下には肌色をした棒状の物が転がっていた。

 間違いない。

 人の手だ。

 

 人間がコイツらにMEに喰われていた。

 周囲には白骨化した骨もある。

 コイツらは人間を喰うことを常習化していたと推測される。

 そう、このゴブリン共は人がと知っているのだ。


 そしてを餌と認知しているのだ。

 事態は僕が思ったよりずっとずっと深刻かも知れない。




 

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る