第5話 ツルギ警察署ー遺体安置所

「妊娠、してましたね」


 部屋に戻ると山田は開口一番そう言った。


「ええ、この事に関して特区管理局としてお伝えしなければいけない事案が出来ました。出来れば署長かそれに準ずる方にも話しを聞いて貰いたいのですが」

「ああ~、先ほど丁度署長は退署しましたので・・・・それ以外も今の時間帯ですと望み薄です」


 管轄内で殺人事件が起きたかも知れないというのに警察という組織も案外ぬるいんだな。

 もっとドラマみたいに皆遅くまで署内に居るのかと思ってたよ。


「なるほど。では今から話す話しを山田さんから明日にでもお伝え下さい」

「分かりました。で、その話しというのは?」


 隣に座る夕紙さんがじっとこっちを見ている。

 丁度さっき此処で話していた話しの続きになる。


「あ~、まず、山田さんは特区管理局の事はご存じで?」

「ええ、それなりには……。洞窟ダンジョンを危険の無いように管理する省庁とぐらいにしか」


 その言葉に、どうやら余り知らない様だなと判断した僕はお決まりの説明を山田に行っていく。


「なるほど。ではまずMEに付いて説明しておきましょう。MEとはMutant Enemyミュータントエネミーの略称でその名の通りMEは人類の敵です。今回の被害者の女性はこのMEに襲われた可能性が非常に高い。そしてMEの苗床として利用されていたが、MEの住処から逃げたが捕まった。もしくは何らかの理由によりMEに廃棄された。と推測されます」

「え?え?」


 山田の目が点になっている。

 どうやら理解が追いつかなかったようだ。


「アサヒさんそれでは分かりませんよ。MEと言うのはですねRPGゲームに敵として出てくる化け物と考えて貰った方がわかりやすいです」

「ロープレの敵?スライムとかドラキーとかって事ですか?」

「いえ、ドラ○エ系ではなくどちらかというとファイフ○ン系です」

「どっちでも良いわ」


 夕紙さんの説明に、ついつい突っ込んでしまった。


「そうするとゴブリンとかそんな感じですか?」

「ええ、正に!」


 山田、お前もそれでわかるんかい!


「今回のMEはそのゴブリン種だと思われるのですよ」

「は、はぁ」


 理解して貰えたのが嬉しいのか夕紙さんが山田さんの手を取り、山田にぶつかりそうな勢いで身を乗り出す。

 その勢いに山田は若干引いてるけどな。


「一般の方、特に日本では報道規制等が掛かりあまり知られていませんが、Loonの発見以降確実にMEは着実に増え続けています。我々特区管理局は洞窟ダンジョンの管理も業務内容に含まれますが、どちらかというとMEの存在自体を管理する業務を主としています」


 夕紙さんの説明に被し僕が今回の問題点を山田に提議する。


「端的に申します。今回の被害女性はME、ゴブリン種に性的暴行を複数回にわたって行われた。その結果懐妊。普通なら拘束され、そのまま1週間ほどで7匹程度ゴブリンを産むはずだったのだが、女性は逃げた。そして逃げた女性をゴブリンが追ったがつい誤って怪我をさせてしまった。もしくは複数匹のゴブリンと取合いになった。そして何らかの理由でダムに転落。死亡。此処までが一連の事件の推測になります。そしてここからが問題。通常ゴブリンを出産した女性はそのまま自らが産んだゴブリンに喰われます。「――ええ!喰うのですか!」―――ええ、喰います。赤ん坊の貴重な栄養源なのですよ。そして女性を喰いきった子ゴブリンはものの1日ほどで大人のゴブリンへと成長します。今回の被害女性のお腹の中でもしゴブリンが生きていたら司法解剖時大変な事になる可能性が在る」

「大変な事・・・・?」


 目を白黒させているが、いまいちピンと来ていないようで山田は何時もの様に頭をポリポリとかいている。

 だからそんな山田に僕はわかりやすくその脅威を伝える。


「ええ、司法解剖で被害者女性の腹を割った時に赤ん坊ゴブリンが出てきてそこにいる可能性が在る」

「でもゴブリンって言っても赤ん坊なんですよね・・・?」

「ええ、でもMEです。人一人ぐらいなら7匹もいれば十分喰ってしまう恐れがあります。なにせMEですので――――」


 此方の言い分がある程度理解できたのか、山田はなんとも言えない顔をする。


「では………一体どうすれば?」

 

 山田がそう思うのも当然だよな。

 そうだなっと、僕は少し思案する。


 本来なら僕がその司法解剖に立ち会えれば良いんだろうが、そうは言っても僕は明日早朝からミッションがあるし、どれだけ早くミッションを片付けても一日は確実に潰れる。

 ミッションの開始を一日遅らしてME被害が広まっても困るし。

 そう言えば司法解剖は明日の何時なんだろうか?

 

「山田さん、明日の司法解剖は何時ぐらいに行う予定ですか?」

「え?いやまだ時間は決まっていません。早ければ明日中という程度しか」


 なるほど。

 だったら何とかなるか。


「じゃぁ間に合うかな。夕紙さん緊急ミッション発令して誰か呼んでよ」

「え?私にそこまでの権限は無いですよ」


 ジト目で僕を見る夕紙さん。

 まるでアホの子を見るかのように静かに僕を見つめてる。

 サポーターにそんな権限無いのは知ってるよ。

 一応これでも僕BH歴長いから、色々融通効くんだよ。

 それに長官とは


「大丈夫。僕から長官に言うから。夕紙さんは緊急ミッション発令手続きしてくれたら良いよ。発令者は僕で良いから」

「は、はい。分かりました」


「山田さん。明日のなるべく早くにうちの人間を寄越します。もし人が段取り出来なかった場合は此方の夕紙が立会ます。ですので特区管理局立会者が居ない状況で解剖しないで下さい」

「え、ええええええええぇぇぇぇぇ!!ちょっと何勝手な事言ってるんですか!」

「ん?いけないかった?夕紙さん元BH候補だし行けるでしょ」

「そ、そう言う事じゃなくて、私解剖とか、そう言う系、むむ無理ですからっ!」

「そう思うんなら誰か呼ぶ段取りして、ね?」

「ぐぬぬぬ」


 リアルでぐぬぬぬとか言う人初めて見たよ僕。

 その様子を可笑しそうに観ていたら突然夕紙さんが真っ赤に赤面しだした。

 そんな僕達のやり取りを山田は黙って視ててくれた。

 きっとこの人根は優しい人なんだろうなぁ。

 今日の明日とか言う無茶振りを夕紙さんにして少し満足げな僕は、この時大きな見落としをしている事に全く気付いてなかった。



 時刻は夜の8時を過ぎた所――――


 警察署を後にした僕は、夕紙さんの運転する車に揺られながら今晩のご飯をどうしようか考えているところだった。

 車内では先ほどから夕紙さんが不機嫌オーラを醸し出しており、正直話しづらい。

 車窓から流れる景色を視ているぐらいしか僕に出来る事は無かった。

 

「どうしてアサヒさんはああ言う事勝手に言ってしまうんですか!ねぇ?ちょっと聞いてます?」


 沈黙に耐えかねたのか夕紙さんが文句をぶつけてくる。


「ああ言う事とは?」

「もうっ!明日の立会の事ですよ」


 ぷりぷりと頬を膨らませている。


「ああ、別に良いじゃ無いですか。誰か呼べば良いんだし。あ、長官にメールしておくよ。電話してもこの時間じゃ、どうせどこかで会食中だろうし」

「よく無いですよ~今何時か分かってますアサヒさん。8時ですよ、8時。所謂20時なんですよ?分かってます?それを誰か明日の昼ぐらいまでに、それもこんな田舎にBHの方に来て貰おうなんて無理に決まってるじゃ無いですか!」

 

 夕紙さんの顔には悲壮感が漂っており、彼女の中では既に自分が司法解剖に立ち会うのがほぼ決定事項なのだろう。

 立ち会うと言っても、別に解剖してる所に一緒に居なければいけない訳でも無いのにね。

 何かあった時のために備えて室外に待機する。

 その程度に考えてくれれば良いだろうに。

 彼女はけして悪い子でもないし、能力が低いわけでも無い。

 ただ、少し人より抜けている所がちょっとある。

 そこが可愛いなとか僕は思うのだけれど、それは内緒だ。

 もし明日彼女が司法解剖に立ち会わなければいけないようになったら、その時に教えてあげよう。

 外で待ってれば良いよって。


「……アサヒさん?私の話聞いてます?」

「――――よし。決まったよ夕紙さん!!」

「決まったって?いきなり……何の話しですか?」

「勿論この後の夕食ですよ。丹雷軒のビリ辛いかづちラーメンのチャーシュー乗せと餃子にしよう。あ、夕紙さんも一緒にどうですか?奢りますよ」

「まーーーーったく話し聞いて無いじゃないですか!!」

「ええ~、ちゃんと聞いてるよ~」


 ぷんすかと言う擬音が聞こえてきそうな程ほっぺを膨らましながら怒る夕紙さん。

 涙目の横顔は中々可愛いらしく、何というか来る物がある。

 こう言うのが見たくて世のおっさん達は若い女性にパワハラするんじゃ無いか?

 夕紙さんの横顔を見ていると、何となくそう思えてしまう。

 


「――――――何ですか?」


 ジトッとした目で僕を見てくる夕紙さん。


「運転中は前見て下さいよ。危ないから」


 同僚を、それも事務方にあたる後輩を一瞬でも女性として見てしまった。

 何となくそれが気まずくて、僕は夕紙さんの視線をそらすべく前方不注意を注意してしまう。

 慣れた奴らは此処で「可愛いね」とか言うんだろうけど、そんな高等なスキルは僕にはない。


「まったくもう、アサヒさんは―――――――――味玉も付けて貰いますからね」


 膨らんだ頬を更に膨らませながら夕紙さんは丹雷軒に向かうべく幹線を逸れていく。

 少し小躍りする気持ちを抑えつつも早速長官へとメールを送る。


『親愛なる後藤長官様へ


 緊急招集案件――――イエローミッションに付帯する事例の警備

 明日13時スタート終了予定時刻未定

 ランクブルー セカンドからサードエイジのBH1名が妥当

 詳しい内容はエクスカリバー支部の夕紙氏に聞いて下さい


                   あなたのアサヒより   』


 送信っと。


「あ、替え玉も良いですよ」

「そんなに私、食べませんよ」

「嗚呼、お腹空いた~」

「絶対話し聞いてないですよね!」

「そんな事無いよ、聞いてるって~~ははは」


 僕らはそんなやり取りをしつつ夜のツルギ市内を車で走る。

 丹雷軒へと向かって。


「あ~腹減った~」

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