第4話 ツルギ警察署
時刻は夕方6時を過ぎた頃合い。
夏の日は長いが夕方を過ぎると急速に闇が近づいてくる。
太陽と月の光が混じり合う、そんな黄昏時と呼ばれる時間帯に僕達はツルギ署へと到着した。
「思ったより掛かっちゃいましたね。すいません」
「ホームセンターと警察署は正反対ですからね。しかしアサヒさん何もそこまで虫除けの購入にこだわらなくても」
「いえ、これは絶対遵守しなければいけないアイテムですので。明日のミッションの成否に大きく係わる事案ですので」
急いではいたものの僕にとって明日のミッション時に虫除けが無い事の方が大問題だ。
だから訝しむ夕紙さんに真顔で答えてやった。
「そ、そうですか」
未だ夕紙さんに納得した様子は無いがそんな事いちいち気にしてはいられない。
僕は目の前に佇むコンクリート造の警察署を見上げる。
2階建の建物のその全ての窓には鉄格子が嵌めており、何だか物々しく感じる。
中央に位置する入口には『ツルギ警察署』と大きく掲げられており僕達はその入口目指して歩き出す。
何も言わずに歩き出した僕に、慌てて夕紙さんが着いてくる。
「取敢えず交渉はお願いしますね」
「・・・・はぁ」
夕紙さんの返事は自信なさげだ。
僕の専門分野は現場での脅威の排除。
所謂戦闘がメインだ。
交渉事や手続きなどは基本事務屋さんの仕事なので僕はあまり出張らない。
だからこう言う専門外の事は基本夕紙さんに丸振りする。
夕紙さんはこのツルギ地区に勤めるサポーターだ。
サポーターは文字通りBHのサポートを行う事で収入を得てる。
サポーターの仕事はざまざまで事前調査から買い出しまでBHが望む事を叶える為にある職だとも言われている。
そう言うと如何にBHが優遇されているかと思えるが実はそうでは無い。
それにサポーターがBHの望みを叶えると言っても所詮は会社勤め。
出来る事などそう多くない。
サポーターの多くは実は元BH経験者が多い。
BHは危険が多い職業だ。
それ故、怪我や年齢による衰えを感じてのサポーターに転職する者が多いのだ。
サポーターがBH経験がある人だと、BHになりたての者等を導いてあげることが出来る。
そうやって人間関係が構築されていくと日本人の悪い癖で、忖度しちゃってBHもサポーターに気遣いあまりわがままなんて言わない。
だけど僕の場合は別で、僕自身が結構長くBHをやっているから言いたい放題。
それに出来ないことを僕が頑張っても良い結果には成らないと今までの経験から分かってる。
だからそういうのは得意な人に任せるのが良いのだ。
「ええ・・・・はい・・・そうです。閲覧の許可を頂ければ。いえ・・・・そうですか・・・・いえ、そのままで結構ですので・・・・ええ、はい。分かりました。有り難うございます」
交渉は多少難航したようだがどうやら行けるようだ。
一応特区管理局は越法機関というか、多少の無理なら余裕で聞かすことが出来る。
それがお国の機関なら尚のこと融通が利きやすい。
半世紀前ならいざ知らず、今や誰かが亡くなった、行方不明者が出た等のニュースは大体の視聴者が「可哀相」と呟くと同時に忘れてしまう程有り触れているのだ。
ルナティックハザード以降満月の日に猟奇的な殺人事件が起こったり、気が触れた小学生が母親を刺し殺したなど衝撃的な事件が多くなったと言われている。
ダムから転落して落ちた程度のニュースは明日には皆が忘れる様な事件だ。
故に警察も忙しい。
その程度の事件の情報開示を意固地に拒否する事はあり得ないのだ。
Loonと呼ばれる不思議エネルギーが発見されてから人々は強くなったと言われている。
西暦2020年、Loonと言う新資源の発見に人類は狂喜乱舞した。
化石燃料の枯渇や温暖化問題に終止符を打てる可能性を秘めたLoon。
そしてLoonの利用により人々の文明は更なる進化を遂げたと言っても良いかも知れない。
だがそれと同時に日常生活にすら多くの危険をはらんでしまう様になった。
昨日Loonの過剰摂取により凶暴化した熊が北海道で暴れたニュースは記憶に新しい。
当時周辺に凶暴化した熊を討伐出来るようなBHは居らず、BHが派遣される間に二百を超える人が熊の手によって殺された。
熊の冬眠中、その直ぐ側にLoonが異常発生した事によるLoonの過剰摂取が原因だったと結論づけられたが、未だ何故異常発生したかは分かっていない。
Loonには謎が多く、未だその全ては解明されていない。
「アサヒさん」
「どうぞ、こちらへ」
夕紙さんに声を掛けられそちらを向く。
警察側の準備が終わったのか、スーツ姿の壮年の男性が立っており受付の奥の廊下へと移動を促してくる。
案内されたのは小さな部屋で、ドラマ等でよく見る取調室の様な部屋だった。
「すいません、此処しか今空いてる部屋が無くて。あ、どうぞお掛けになってください」
椅子に腰掛けるとスーツ姿の男性は市民安全係の山田と名乗った。
山田は権力に弱いのか、それとも元々そういった質なのか、常時低頭平身と言った様子でどうも此方の機嫌を伺っているように見えた。
同じ国家権力なんだけどな。
まぁいいや。
出された茶を一口含み喉を潤す。
「あの、それで本日はどう言った――――」
山田の話を遮るように僕は用件だけを話す。
「単刀直入に言います。本日ダムで見つかったご遺体、ええ、損傷が酷かったとい女性の。そのご遺体妊娠していませんでしたか」
「え?いや、妊娠ですか?・・・ちょっと私ではそこまで判りかねないのですが」
山田は困ったと言う顔をしながら頭をポリポリかく。
その様子に
「では、分かる方呼んで頂けますでしょうか?」
僕の隣に座る夕紙さんはそう言ってにっこり笑う。
拒否は受け付けないとその笑顔が語っているように見える。
案外この人も怖いね。
そんな印象を受ける笑顔だった。
「は、はぁ。少々お待ち下さい」
そう言って山田は部屋を出て行く。
なんだかんだ言っても警察もお役所仕事的な感じだな。
何となくそんな感想を抱きつつ山田の帰りを待つ間、夕紙さんが今回の事を疑問に思ったのか、ちょっと質問良いですかと話しかけてきた。
「アサヒさん。ご遺体がME被害を受けていたとして、もし、妊娠していたらどうなさるんですか?」
「ん?そうだね。状況によるかな」
「状況と言いますと?」
「うん。そうだね。もしそうだったとして、今回の被害女性が亡くなっている現状でも、お腹の中のMEが生きている可能性が在ると僕は思っているんだ。存外MEと言う生物はしぶといからね。それでね、お腹の中のMEの赤ん坊が死んでいたら別にそれはそれでいいんだ。ただもし生きてたら――――――」
がちゃり。
「すいません。お待たせしました」
そう言って部屋に戻ってきた山田は「それじゃあ付いてきて下さい」と言うと僕達をどこかへと案内し出した。
「担当の者がまだ捜査会議中でして、署長に相談したら遺体を直接見て頂いたらと言う話しになりまして」
「なるほど、手間が省ける」
「はは……それとですね、ご遺体はまだ司法解剖に送られていないので詳しいことは正直分かっていないのです。事件性が高いので明日には優先的に解剖に掛けられるはずなんですが――――」
そんな話しをしながら僕達はコンクリートの冷たい階段を降りていく。
階段を降りると長い廊下が一直線に続き、一番奥の部屋の前に連れてこられた。
薄暗くどんよりとした雰囲気に恐れをなしたのか、夕紙さんは「私こう言うの苦手なんで、待ってます」そう言うと少し離れた所にあるベンチに腰掛けた。
まぁ確かにこれから損傷の激しいご遺体とご対面するんだ。
普通の女性なら遠慮する所だ。
此処で夕紙さんが「私血とか観るの大好きなんです」とか良いながら嬉しそうに着いてきたらどん引きも良い所だ。
そんな事はあり得ないけど、僕まで遠慮すれば遺体の状態を確認出来なくなってしまう。
それはそれで問題なので仕方なく山田の後に着いていく。
それに僕はこう言った事は職業柄まだ慣れている方。
「準備しますので、少しお待ち下さい」
山田は僕を遺体安置所の前室に残し一人中へと入って行った。
中ではガラガラとキャスターが転がる音が聞こえるので、何かしらの作業を行っているみたいだ。
ご遺体を物のように台車に乗せて移動してする。
多少の慣れもあるだろうけど、なんとも因果な商売なんだな、警察というのも。
「どうぞ」
そんな感傷に浸っていると、中から山田の声が聞こえたので、僕も室内に足を踏み入れる。
全体的に白い部屋に壁一面にステンレスの棚が備え付けられた部屋。
すこし無機質な感じが漂う部屋は凄く寒い。
方を竦ませ思わずぶるりと震えてしまう。
「少し肌寒いですね」
「ええ、まぁ。腐ったりすると大変ですので」
「なるほど」
部屋の中央に位置する所に青い袋が置いてあった。
青い袋は中央にジッパーが着いていて真ん中辺りがこんもりと盛り上がっている。
「此方、ですか?」
「ええ、開けますね」
ジーーーーーーー
ジッパーを開けると中に入っていたのは、頭部が損傷し片腕が無い女性の遺体だった。
身体の至る所に囓られた様な跡があり、その跡の数だけ悲惨さを物語っている様に見える。
喰われ、廃棄された。
そんな風に感じる。
やはりというか女性のお腹は大きく膨らんでおりそのお腹は妊婦のそれと酷似している。
正直なところお腹の中のMEが自由気ままに動いてくれてたりすれば「このお腹の中のMEが生きている」とか断定できてある程度の指示が出来るんだけど、全くと言って良いほどお腹も遺体も動かない。
お腹を裂いて中を確認出来たら良いのだが流石にそれは僕の仕事では無い。
これ以上見ても一緒だな。
僕はそう判断する。
「有り難うございます」
僕はこれ以上の事は確認出来ないので、そう山田に伝えると一歩身を引いた。
「あ、もう良いですか?それじゃ片付けますので前室でお待ち下さい」
山田の言葉に頷いて、僕は前室へと退出する。
ガラガラとキャスターの転がる音が遺体安置所から聞こえてくる。
しばらくすると山田が戻ってきたのだけど、何だか不思議そうな顔をしていたので、僕はどうしたのかと聞いてみる事にした。
「いえ、たぶん見間違いだから大丈夫ですよ」
そう山田が返してきたので僕は深く追求しなかった。
それよりも僕は山田に告げなければいけない。
ME発生の危険があることを。
「少し話しがあるのでもう一度さっきの部屋、お借りしても良いですか?」
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