第3話 違和感
ホテルへチェックインするや否や部屋に荷物を置いて直ぐに廊下の一番奥にある自動販売機へと向かう。
そこには発泡酒と並んで銀色に輝くビールが売ってある。
勿論買うのは僕の名字と同じ銘柄のアサヒだ。
普通にスーパー等で買う倍ぐらいの値段はするがそれぐらいどうって事は無い。
今この瞬間にキンキンに冷えたビールを飲み干せる、そんな報酬に比べたらちょっとぐらいのお金などどうでも良い。
ゴトン。
風呂上がり用に飲むビールと合わせて2本購入するとそれだけで千円札が一枚飛んでいく。
気にはならないが、何時もの立ち飲み屋ならこれで4杯生が呑める。
そう思うとやっぱり割高だ。
部屋に戻ると同時に500ミリの缶を開ける。
プシュッという音が鳴ると、同時にもこもことした白い泡が立つ。
それをこぼさないように待ち構えていた口へと一気に流し込む。
ごくん、ごくん、ごっくん。
ぷっはーーー。
嗚呼、美味い。
「生きてるって素晴らしい――――」
冷えたビールを味わえる程度の喜びで僕の心は幸せに満たされる。
安い男だな、なんて思いながら、一心地ついた僕は備え付けのテレビを点ける。
少し早めにチェックインしたこともありこの時間帯で放送しているのはほとんどが情報番組ばかりだ。
一通りチャンネルを回してみたが僕の琴線に触れるような番組は無く、ひとまず日中大量にかいた汗を流すことにした。
ぬるめのシャワーを浴びながら僕は明日のミッションの事を考える。
エクスカリバーから去り際に夕紙さんから貰った今回のミッション用のGPSデーター。
そのGPSデーターをスマホのナビアプリと連携させる。
それだけでミッションの主要目的地、ゴブリンの住処にナビしてくれる。
ナビアプリによると、ゴブリンの住処が発見された場所はホテルから少し北に歩いた所にある山岳地帯を4時間ほど登山した先と指し示している。
ぶっちゃけゴブリンが多少出ようが僕にとってはどうでも良い。
ゴブリン程度何匹出ようが雑魚である事に変わりは無い。
それよりも虫だ。
片道四時間、往復八時間の間山道を歩くのだ。
どれほどの虫と遭遇する事になるのか正直想像も付かない。
肩に毛虫とか落ちてきたらと想像すると身の毛もよだつ。
こうなったら夕紙さんにメールして虫除け買ってきて貰おう。
塗るタイプでは無く、煙で燻すタイプの奴にして貰おう。
正直自分の肌に塗るタイプの奴はあんまり効果が分からない。
蚊除けには成るみたいだけど虫除けになるかは微妙だ。
それと煙が入らないようにマスクもお願いしよう。
そうと決まったら早めにメールしてしまおう。
夕紙さんが退社してしまう前に。
急いで身体を拭き僕は部屋に置いていたスマホを手に取り夕紙さんにメールを打つ。
『明日出勤時のついでで良いので虫除けをハーブインのフロントまでもってきてください。後紙マスクもお願いします』送信っと。
メールを送信すると風呂上がり用に取っておいた缶ビールを冷蔵庫から取り出す。
カシュッ。
ビールを開けると呑みながら点けっぱなしにしてたテレビに視線を向ける。
丁度ツルギ地区の事がニュースになってるみたいだ。
「―――ルギ市の山脇ダムの貯水施設で本日女性の死体が発見された模様です。発見者は近所の散歩に来ていた男性で、人のような物がダムで浮いてると警察に通報した模様。女性の身元は未だ分かっておらず、腕や足に囓られた様な跡が在り、遺体の損傷が激しかったことから警察は熊等による被害と事件、両方の面から捜査を始めるとの事です。それでは次のニュースです。本日―――――」
囓られた様な跡が在り、損傷の激しい遺体―――――か。
苗床のなれの果ての可能性もあるな。
MEは基本生物として劣等な種が多い。
思考力などもほぼ皆無な種だって居る。
そしてMEは男性しかいない種の割合が多いのだ。
種として不完全なのだが、一方でその強烈な種の保存力というべきか、生命力と言うべきか、そう言った種は子孫を残すため人間や女性種のみのME等を攫ってきて苗床として種付けを行う。
一度MEの子を妊娠すると、ゴブリンで例えると7匹から10匹ほどの子を産まされその後子供の滋養のためにその身を生きたまま囓られることも多いという。
そして母体を食べ尽くしたゴブリンは急速に成長すると言う。
仮にニュースの女性がMEの被害者だったとして、損傷が激しいと言う事は生きたまま逃げたのか・・・・もしくは・・・・何らかの理由で被害者女性が必要なくなったか・・・・だ。
「こうしちゃ居られない。夕紙さんに連絡だ」
僕は頭を過ぎった最悪の展開を電話で夕紙さんに伝える。
僕の話を聞いた夕紙さんは、急いで此方に向かってくれるとの事だ。
車で来ればエクスカリバーからならドアツードアで10分も掛からないだろう。
全裸の僕は慌てて身支度をする事にした。
最悪の展開を考慮して一応僕のメインウェポンの短剣も用意する。
この近代社会で短剣をそのまま持つと流石に悪目立ちしすぎるので革製の袋に入れて持ち運ぶ。
職務質問とかされると説明が大いに面倒なのだ。
一般の人からするとMEやBH所か特区管理局の局員すらそう見かける類の物では無いのだ。
僕らの職業などフリーメイソンの様な都市伝説の類として一般の人達からは捉えられているみたいだ。
だけど実際にはフリーメイソンは実在するし特区管理局も実在する。
唯、近年人里に数多くのMEが出没する様になってきてから第二のルナティックハザードが起こるのでは無いかと囁かれているみたいだけど。
日本はルナティックハザードではそう大した被害は受けていない。
ユーラシア大陸では未だに人類とMEの戦争が行われている地域があるとか言われているけど実際は報道規制が掛かり日本では、一般の人の目に触れる機会は皆無だ。
唯分かっている事があって20年前の2022年世界の総人口は75億人とも80億人とも言われていたが現在は40億人にまで減っている。
人類の総人口の半数に近い人間が死んだ、もしくは変異した。
当然仕事柄僕はそれが事実としては知っているが、日本人はまだまだその辺の認識が甘い。
そのせいで世界からは平和ぼけが国民性と言われるほどだ。
何故渡航規制されている国が近頃増えたのかちょっと考えれば分る事なんだけど。
ダサい作業服に着替え終えると編み上げの安全靴を履いてズボンの裾を安全靴に入れ込んでからヒモを括る。
ズボンの後ろのポケットに軍手を突っ込んで肩に短剣を担ぐ。
準備完了だ。
どこからどう見ても唯の市の職員のような服装だが一応胸元には特区管理局の英語の頭文字を取ったS.Z.Aと金糸で刺繍されている。
何故に金糸。
これをデザインしたのはきっと60過ぎのバーコード禿の課長に違いない。
いや係長かも。
どうでも良いか。
ちなみに|Special.Zone.Administrator《スペシャルゾーンアドミニストレーション》を略してS.Z.Aだ。
おっと、クエストカードを忘れてた。
これを忘れたら銃刀法違反でしょっ引かれてしまう。
そして飲みかけだったビールを一気に煽り飲み干していく。
よし行くか。
受付まで降りると手早く外出の手続きをこなす。
エントランスまで出ると白いバンが乗り付けられており、運転席では夕紙さんが両手でハンドルを握って背筋をビシッと伸ばして待ってくれていた。
そのまま車の助手席に乗り込むとシートベルトを着用する。
「こんばんは、わざわざ有り難うございます」
「いえ、大丈夫ですよ、それより早く行きましょう」
「ええ、それじゃお願いします」
目的地は――――――――ツルギ署、地下の死体安置所。
もし僕の予想が正しかったら、今日発見された女性の死体はゴブリンの被害者の可能性が高い。
発見された場所もハーブインの北側にあるダムだ。
場所も想定されているゴブリンの住処にほど近い。
十分に可能性がある。
そしてここからが最悪の予想。
もし死亡した女性が妊娠していたら、そして何らかの理由で廃棄されたとしたら。
もしくは隙を見て逃げ出した先で死亡した。
そうなった場合お腹の中のゴブリンの赤ん坊は?
生きているのか?死んでいるのか?
生まれてくるのか?来ないのか?
そこからは今ある情報では想像も付かない。
けれど違和感を感じてしまった。
だから僕は確認に行かなければいけない。
その違和感の正体がなんなのか。
BHとして。
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