第2話 特区管理局―ツルギ支部
結局徒歩で17分と表記されていた道のりは想像以上に過酷でほぼ倍近い27分というある意味ハイスコアをたたき出した。
現在は、空調のよく効いた室内で出された麦茶を一気に飲み干してやっと一息付いた所だ。
事務員さんが汗だくの僕を見てか、気を利かせ出してくれた麦茶はキンキンに冷えていて思いの外美味しかった。
「スイマセンお替り下さい」
と、ついお替わりをお願いしてしまう程だ。
ツルギ地区の事務員さんは素朴で人の良さそうな笑顔が印象的なおばさんで、いつも都内から来る僕をねぎらってくれる。
遠くからご苦労様だとか、今日なんかは暑かったでしょーって。
だから無遠慮にお替りなど言えるのだけれど。
こう言ったら何だけど、まるで田舎で会う親戚のおばちゃんみたいだ。
特区管理局で働いていると、こう言う普通の人と会う事は実は割と少なくてなんとなく癒やされている自分がいる。
僕は今回の目的である自分宛の荷物が届いているであろう事を事務員さんに伝える。
すると夕紙さん呼んできますねと、事務員さんは奥の扉へと消えていった。
―――――――特区管理局
特定の、物。
あるいは、者。
または地域を管理する有識者、その従者の集まり。
この場合の特定とは魔導、公的には
日本国に置いては国内に新たな
この部署が出来てから7年という月日が経過しており、組織されてからは初期のルナティックハザードの様な惨劇は未だ起こっていない。
長官曰く、こう言うのは初動が大事だ。
日々何かしらの報告を受け日本各地より受けるが、大体はガセ情報が多い。
ただ報告の時点で何かしらの対処の必要性があると判断されれば特派員と呼ばれるBHが派遣される。
今回のように。
ただそれでも行って確認してみて何も無い、そんな場合も多い。
気のせいならそれでいい。
そんな物だ。
だからか、旅行部署とか税金の無駄遣いとかよく揶揄されることが多い。
その他にも色々と優遇されては居るが、特に僕のような特区管理局のBHと呼ばれる特派員には危険手当と称された月12.8万円の手当がある。
ただ、本当に命の危険に在ったことも在るから、一概に高いとは思っていない。 だけど僕を含め数少ない同僚達も「口が裂けても他部署の人間には言えない」そう、口を揃えて言っている。
ガチャリと奥の扉が開き、三段に積まれた段ボールが入室してくる。
ふらふらと揺れる段ボールの向こうに台車を押す夕紙さんが見える。
夕紙さんは此方に気付いたようで台車を押す手を止め、一枚の紙を僕に差し出してきた。
「はいはい、アサヒさん。コレ預かり物です。受領書がこっちで――――」
「ああ、夕紙さん、重たいのに。言ってくれれば僕運びますから」
そう言いつつも受領書にサインを書く。
「裏借りても良いですか?」
「ええ、どうぞ」
何時もの様にバックヤードまで台車を押しそこで手早く段ボールを開けていく。
取り出した段ボールの中身をバックヤードの床に置いて並べていく。
安全靴、手袋1ダース、作業服、ハーネス付の背負い袋、LEDランタン、ヘルメット、寝袋、ペットボトル、コンバットナイフ、ロープ、ハーケン、非常用食料2日分、魔素記録装置、トランシーバー、エトセトラエトセトラ。
それを持参しているチェックリストと照らし合わせチェックをしていく。
別に僕が心配性とか性格が細かいとかそう言う事ではない。
これも業務の内で、このチェックが終わらないと僕の受け取りが完了しない。
僕の受け取りが完了しないと言う事は、荷物を受け取り、管理していてくれている夕紙さんの仕事が終了しないと言う事に繋がる。
僕の後ろから此方の様子をのぞき込んでいる夕紙さんに「もう少し時間が掛かるので終わったら声を掛けます」と断りを入れた。
そうすると夕紙さんは少しはにかみながら奥の部屋へと戻っていった。
夕紙さんがのぞき込んできた時にふんわり薫った匂いを、良い匂いだなと思った事は内緒だ。
装備に不備が無いか、賞味期限は切れていないか、電池の残量確認、動作確認を淡々とこなしていく。
装備自体は一見普通に見えるがその全てが特区管理局謹製で必ず特許管理局を示すSpecial.Zone.Administratorの頭文字のSをもじったマークが入っている。
もちろん手袋一つとっても必ずそのマークは入っており、その性能も折り紙付で見た目只の軍手が耐刃耐油防滑仕様となっている。
だから必ずマークの有無の確認も行う。
怠ってはならない作業なのだ。
そして一番下の一際大きな段ボールに入っていた1メートル程の長物を取り出す。
長物は段ボールにガムテープをぐるぐる巻きに梱包されており、その中身を出そうにもなかなか一筋縄ではいかない。
さっき在ったコンバットナイフを使いガムテープを丁寧に切断していく。
こうしておけば何処にガムテープの端部があるか探している間に梱包を解ける。
中から出ていたのは質素な銀色の鞘に入った一降りの
僕のメインウェポンである。
今回の依頼は帯剣を要請されていたので持ってきている。
それをすらりと鞘から抜き放つ。
うっすら緑色がかった両刃の刀身は美しく、柄はよく手になじむ。
刃の部分や刀身、柄その全てを点検するとゆっくりと鞘に収める。
チェックリストの最後の欄に良の部分にチェックを入れると装備全てのチック完了を証明する証明者の部分に僕の名前を書き込む。
「浅日宗一っと」
この証明書を奥の部屋に居る夕紙さんに渡す。
それと引き替えに今回の事前報告書を受け取る。
それをさっきのバックヤードに戻り軽く目を通す。
A4サイズの用紙に3枚と何時もの事とはいえ素っ気ない物だ。
一枚目の表紙を捲ると2枚目の題目の欄が黄色で塗られている。
これは今回の依頼ランクが『イエロー』だと言う事を表している。
こう言う事前報告書は予めその報告された内容事にランク付けされる。
依頼ランクは、ブルー、グリーン、イエロー、レッド、ブラックの大きく5ランクに分けられている。
ブルーは初心者研修用みたいな物だ。
危険は少なく、報告を受けた周囲の調査、聞き込みがメインになる。
そこで少しでも戦闘の危険なんかがあれば即グリーン以上にランクが変わる。
そしてグリーンも調査自体がメインだが、その後に続くBHの為の調査で在り、調査次第では戦闘の可能性無きにしも非ずって感じになる。
と言っても戦闘の可能性が在るのは下級ME程度なのでそう大きな危険は無い。
なので、グリーンランクの依頼は、隠蔽や気配察知が上手いBHの担当になることが多い。
イエローは戦闘の可能性が高い依頼となる。
その相手も既に確認されていて危険度もある程度ハッキリしている。
今回発見されたMEはゴブリン。
ゴブリンは単体だと危険度も低く脅威では無い。
むしろブルー扱いだろう。
だけど徒党を組むことで爆発的に危険度が増す事がある。
今回イエローと言う事はその数が最低でも10匹以上生息するであろうと推測される。
注釈にはホブゴブリンの存在の可能性が示唆されている。
レッド以上の以来になると高ランクBHによるパーティープレイが推奨される。
それ故僕は基本的にイエローランク迄の依頼しか受けない。
何故なら僕はソロプレイヤーだから。
危険の伴うBHと言う職業でソロプレイヤーとか正気の沙汰じゃないとかよく言われるが、致し方ないのだ。
僕には僕の都合という物があってソロでやると決めている。
そう言ったわがままを通すから未だに下っ端のままなんだけども。
特区管理局の中には正規雇用のBHがそれなりに居る。
けれども僕は彼らと食事行ったり酒を酌み交わしたりもするが依頼は共にしない。
彼らにはいつも何故かと言われるが僕の能力がソロ向きだからと言っている。
僕は僕の能力によって「日々のストレスを吐き出せる同僚」と言った意外に大切な人間関係が壊れてしまうのが嫌なのだ。
ちなみにBHと言うのは誰が言い出したか分からないがMEと戦う職の事を指している。
BH、正式名称は勇気ある者、所謂
流石に勇者と呼ばれるのは気恥ずかしかったのか英語のBraveheartの頭文字を取り略してBHと呼ぶようになったと聞いている。
MEは変異者――――――ミュータントエネミーの略称になる。
近頃ではもうMEをエムイーとは呼ばずにミーとだけ呼ぶようになっている。
ちなみに僕の所属はS.Z.A第2課BH特派員―――通称勇者係の所属となっている。
依頼書に目を通し終え今回の事前情報を叩き込んでいく。
結局今回の依頼内容はまとめるとこうなる。
1、ゴブリンの殲滅
2、原因の究明
3、苗床の確認・救出
難易度が高いかと言えばそうでも無い。
一つだけ文句を言えば、ゴブリンの住処が大体山の中って事だろう。
山登りはあまり好きじゃ無い、虫も多く出くわすだろうし。
最悪ゴブリンの住処が移動している事もある。
そうなると調査が必要となってくるので、一日二日は山ごもりも覚悟しなければいけない。
「ふぅ~」
ため息を付きつつ、コレも仕事と割り切って広げた荷物をリュックに詰め込んでいく。
ぱんぱんになったリュックを背負い受付に戻ると奥の部屋で夕紙さんは何やら受話器を肩に挟みながら忙しそうに仕事をこなしている。
暇しているなら車で送って貰おうかと思ったがそうも行かないみたいだ。
仕方ない。
受付に戻ると来たとき同様に事務員さんがそこには座っており、明日の朝から今回のミッションを開始する旨を伝える。
事務員さんからBHの身分を証明するクエストカードを手渡される。
クエストカードはミッション中、特殊な方面からの横槍や、フリーのBHの介入を抑制する為に作られた制度で、ある程度の越権行為が認められている。
その認められている越権行為には盗聴やストーキングといった犯罪行為等も含まれるし場合によっては銃火器の使用許可も下りる。
意外とそう言った事も調査等には必要となってくる。
僕にはそう言ったスキルは全くないのだけど。
エクスカリバーを出ると再び降り注ぐ日差しに晒される。
こんな事ならもう少し中で涼んで日が落ちるのを待てばよかった。
そんな事を思いながら、スマホでバスの時間を調べる。
相変わらずバスは少なくこのまま此処で待っても50分後になりそうだ。
運が悪い。
どうやらバスはさっき出た所らしい。
このまま待つのも時間が勿体ない気がして僕はまた夏の日差しの元、歩き出す。
歩きながら頑張って歩けばホテルに帰ってからのビールが美味しくなるから、そんな理由を後付けしながら結局徒歩でホテルを目指しすのだった。
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