S.Z.A―第2課勇者係 Episode1 ブレイブハート

黄金ばっど

第1話 エクスカリバー

 夏。

 今年の夏は暑い。

 今世紀最高の猛暑とか言われている。

 2000年位から常に取り沙汰されている地球温暖化の影響と言うのは明白だ。


 ミンミンミンミン―――――


 先人達のツケとも取れるこの猛暑。

 照りつける日差しの中、蝉がその命を削り、鳴く。

 


 もわっとした空気はまるでアスファルトが空気を焼いて膨張させているみたいで体中の至る所から熱が浸食してくる。


 僕は止らない汗を拭き続ける。

 繰り返し使うハンカチは、何時からかもう濡れていない場所が無い程だ。

 それでも汗は流れ落ち、その汗を絞ったハンカチで拭う。

 今日一日で一体どれほど繰り返したか分からないこの仕草。


「ふぅ~・・・・あちーな」


 全国的に今週頭から酷暑と揶揄されるほどの猛暑が続いている。

 昼は40°に近い猛暑日、夜は熱帯夜の繰り返しがここの所ずっと続いている。

 都内では体温より熱い気温の中に一日中さらされ、その気温に慣れることはまるで無く日本のサラリーマン達の体力と根性はそんな暑さにより日々削られていく。

 よく昔は高層ビル等を揶揄してコンクリートジャングルなんて言った物らしいが近頃は本当の熱帯雨林ジャングルより過酷で生きづらくなっている。

 そんな中で避暑地である山岳部への調査行為は他の同僚達から随分うらやましがられた。

 確かにここ特区である、ツルギ地区は昔で言うニュータウンの様な街並みで道幅は異様に広く取られており、車道と歩道の間にも緑地帯が施されている。

 山間部に作られた街で吹き抜ける風は心地よく、都会に比べれば数段涼しい。

 ただ、そういった関係でか少し昆虫等、多足系生物が普通の街より多い。

 それは別段悪いことでも無い。

 自然環境が豊富でとても良い事だ。

 但し僕以外にとって。

 僕も子供の頃は昆虫採集などよくした物だが、大の大人となった今ではそれも久しい。

 そして何より今は昆虫が苦手だ。

 あの足の多さ、動きの不気味さ。

 何処を取っても、僕には怖気しか出てこない。

 コオロギなど正直ゴキブリと大差ないと普通に思う。

 黒いし、足が多いし、こっちに向かって飛んでくるところも同じだ。

 子供の頃二階の扉に付着していた3匹のゴキブリに殺虫剤を噴霧していたら、最後の命を燃やすかの様に、刃向かってきたそのゴキブリ達に驚いて階段を転げ落ちたのを今でも思い出す。

 恐らくあの出来事から僕は昆虫嫌いになったと言える。

 たまたま階段下に畳んだ布団が置いてあったから大事に至らなかった物もあの布団がなかったら死んでたかも知れない。


 ――――――7歳の少年、ゴキブリに襲われ階段から転落死。

 そんな衝撃的な見出しが夕方のニュースなんかで飛び交う可能性もあったわけだ。

 笑うに笑えない。


 話が逸れたが、幾ら都市部より自然が多いからってヒッチコックの『鳥』の様に、このツルギ地区が昆虫パニックに陥るわけでも無い。

 そこら中に昆虫が居るわけでもない。

 ただ少し歩けばその辺にチョウチョが飛んでいたり、そこら中で蝉が鳴いている。

 運がよければ偶にオオクワガタが見られる事もある。

 そんな程度の物だ。

 緑は多く、吹く風の匂いは自然に溢れているように感じる。

 だが住戸はそれなりにあり人口も10万人弱と中々の物だ。

 自然と調和された都市計画と言うのを端に発し、それを目指した結果、居住エリア以外の建物も低層が多くほとんどが5階建程度にとどまっている。

 唯一高層の建物が今から僕が向かうエクスカリバーになる。

 エクスカリバーはこの街のランドマークでも在り、この特区ツルギを開発するに当っての中心的なカンパニー、TURUGI.COの本社ビルにもなっている。

 今となってはそう珍しくもないが18年前の建築当時は超高層の58階建てのビルは物珍しく、大きくメディアにも取り上げられていたりした。

 しかもエクスカリバーはその名の示すとおりに両刃の剣が地面に突き刺さっている様な様相を呈している。

 低層から中層の刃をイメージした部分は強化ガラスを全面に押出、銀色に輝いて見える。

 鍔のような部分が屋上となっておりそこから細長い一本の柄を模した円柱が伸びている。

 何時だったか、すこし仲良くなった名も知らぬ管理の人に聞いた話しでは、あの柄の部分は機械室になっているらしい。

 あの中でエクスカリバーの空調やら何やらを管理しているのだ。


 僕がこのツルギ地区に来るのも今回でかれこれ10回目になる。

 もうそろそろ勝手知ったるとか言っても良いぐらいには来ている。

 行き付けの担々麺屋も出来た。

 一度来ると1週間ほど滞在するし滞在先のホテルも何時も一緒だ。

 ラウンジの女性の方とも面識が出来ており、そろそろ食事でも誘ってみたり出来る程には雑談も出来るようになった。

 まぁ、そんな勇気、当然僕は持ち合わしていないが。


 ミンミンミンミン――――


 蝉が鳴く。

 僕はその声を聞きながら日陰の元を歩く。

 木漏れ日と強い日差しが肌に交互に刺さる。


「あちぃ~……」


 もう何回言ったか分からないお決まりの台詞が口を突く。

 言えば言う程暑さが増す様にも感じるのに無意識で言ってしまう。

 コレばっかりはどうしようも無い。


 それにしても歩けど歩けど、ほど遠く見えるエクスカリバーは一向に近づかない。

 そして歩く距離に伴う僕の発汗量も増加傾向の一途を辿って行く。


 緑地が多く住みやすいであろうと予想されるこのツルギ地区だが、唯一の欠点が交通機関の不足だと僕は思う。

 バスの便がもう少しあれば僕がこんなに歩くことは無かっただろう。

 今回電車の到着が遅れてバスの発着時間に間に合わなかったのがなんとも恨まれてしまう。

 ホテルまでは駅から徒歩で22分程掛かるのだが、今回荷物がエクスカリバーに届いているので受け取りの処理してからホテルへと赴く様に予定している。

 エクスカリバーへは駅から徒歩で17分、そしてホテルまで行くにはそこから更に18分。

 スマホアプリで見れば只の数字だが、歩いてみて分かったことがある。

 アプリの予想時間は平面で歩いての事だ。

 高低差は一向に考慮されていない。

 故に予想時間通りに僕は歩けず、実際には17分歩いた今でさえエクスカリバーは遠くに見える。

 アプリの予測時間と実際歩いた時間差が体力の無さを表してくれている。

 こんな事で自分の運動不足を痛感してしまうとは。

 能力を使えば一瞬とは行かないでもこんなに疲労する事も無いのに。

 けど、如何せんこんな事で僕らの能力の使用許可は下りない。


「歩くの疲れたから封印解除して下さいなんて流石にサポーターが怖くて言えないな……はは」


 基本的に特区は山間部や海岸沿いに見られる事が多い。

 そして僕のような経験が長いだけの下っ端は決まって山間部に行かされる。

 何故なら、ツルギ地区はまだマシだが、この間行ってきたタンバ地区など普通の田舎で、見渡す限り田んぼと畑と山と昔ながらの日本家屋。

 築120年とかざらである。

 後、豆と栗ご飯が美味しかった。


「僕は結構好きなんだけどな、栗ご飯」


 旅館で頂いた旬の栗が薫る黄色く染まった栗ご飯を思い出す。

 だけど山深いタンバ地区なんかは、女子や一部のエリートぶった男子達からは当然のように不人気スポットである。


 そう言ったように山間部は田舎、海岸沿いはリゾート地も多くホテルも小綺麗なの物が多い。

 僕は特区管理局という仕事柄、地方を渡り歩いてることから出張が多いく、ホテルや旅館に泊まる事も多々ある。

 海岸沿いのリゾート系ホテルは料理のクォリティも高くコストパフォーマンスも高いから人気が高く女性の特派員やエリートと言われる様な人々が行くことが多い。

 同じ値段では山間部の旅館はあまり無く、一ランクも二ランクも落ちる旅館等に泊まる嵌めになっていた。

 よって僕のようなうだつの上がらない下っ端は未だに山間部専門である。

 今回ばかりは異常気象のせいもあってか羨ましがられたが、普段ならご苦労さん物だ。 


 さっきから特区特区と言っているが、特区とは所謂、特定閉鎖隔離管理地区であり、その名の通り特定の地区を閉鎖、管理する地域となっている。

 特定の地域が表す特定とは、魔導の存在の有り無しで在り、その特性を持った物、もしくは者、あるいは地域そのものである。

 ここツルギ地区は日本有数の特区となり未だ踏破されていない「洞窟ダンジョン」が存在している。

 今回は「洞窟ダンジョン」に用事は無いのだが管理局の如何次第では多少潜らないと行けないかも知れない。

 憂鬱である。


 

 

 ふと見上げると未だ遠くに見えるエクスカリバーは夏の日差しをその身に受け、燦然と輝いて見える。

 この異常な暑さはお前が原因じゃ無いのかと訝しんでしまう程、燦々と輝いている。






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